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呪われ姫の秘密な絵巻 ~和風乙女ゲームに転生したのでこっそり推し活していたら、都の危機に巻き込まれました~  作者: 有路ちみどろ
 

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20. まつろわぬ者 3

 くすんだ錫色の長髪を無造作にまとめ、色褪せた墨染めの狩衣に身を包む。他の陰陽師や武官と違って、武器らしい武器は持っていない。

 大陰陽師と呼ばれるだけあって、「与須殻」にとってはあらゆる事象が武器となる。


 周囲のざわめきが聞こえる。際限なく湧き出ていた小型の妖異のほとんどは消え失せ、驚いた様子の兵士たちが武器を下ろして一点を眺めていた。

 拘束されては暴れて解かれ、という遅延行為を繰り返す牛鬼――そこに立ち向かう、謎の陰陽師っぽい誰か。この場では数少ない、その正体を知る身としては、先の展開は読めてしまう。


 せめて、真日流ちゃんにだけは避難を促したほうがいいだろうか。そう思いかけた矢先、私の目の前に上空から何かが降下してきた。

 情けなく「ぎゃー」と叫んで頭をかばうも、懸守が反応しないので襲撃ではなかったらしい。


「……な、何これ?」


 地面に立っているのは、これまで何度か目にしたことのあるハヤブサ――というか、ハヤブサの見た目をした、式神だ。式神は私の顔を見るなり小首をひねる。それから、足で掴んでいた丸まった紙をポイと置き去りにして、再び空へと飛んでいった。

 その紙を拾い上げて手のひらに乗せたところで、ようやく気がついた。くしゃくしゃだけど、これは形代……豆千世だ! おそるおそる紙を広げてみると、足環の元となる小さな金の粒が出てきた。


 頭の片隅に潜んでいた疑惑が、ここにきて確信に変わった。……あの式神、師匠の式神だな? 私に黙ってスチル撮影を監視していたな!?

 たしかに、原作ゲームでも与須殻のそばにはいつも式神がついていたけど!


 私の混乱をわかっているのかいないのか、与須殻こと師匠はカラカラと高らかに笑っている。そして、近くにいた陰陽師から呪符木簡を奪い取り、姿勢を低くして疾風のごとく牛鬼に接近する。

 その気迫にひるんだ牛鬼が、大きな体をよじらせ鋭い爪を振り下ろした。――が、しかし衝撃はこない。砂埃が消えたところで目を凝らして確認すると、師匠が木簡を剣代わりにして攻撃を受け止めている。……木簡って、そんなふうに使うものだっけ?


 予想どおりのスタンドプレー、独走状態だ。騒然とする周りなどお構いなしに、師匠が叫んだ。


「出でよ、実弥間(みやま)!」


 師匠の狩衣、その大きく開いた袖の中から、黒いものが勢いよく飛び出した。おそらく、アレも師匠が従える式神――黒犬だ。

 黒犬は体をしならせ、うなり声をあげながら牛鬼の顔面に食らいつく。牛鬼が苦痛でよろめき、黒犬の双眸がゆらりと黄色に光った。


 なおも師匠は攻勢をかける。片手で刀印を結んで呪文を唱え始めたのだ。その呪文を聞き取った未明が弾けるように顔を上げ、近くにいた兵士たちへ退避を呼びかけた。


「師よ、状況を考えてください! この通りには神社があり、貴族の屋敷も近く……」

「四の五の言っている場合か? さっさと片をつけるんだな!」


 未明の懸命な説得もむなしく、師匠の術が牛鬼の真下に向かって発動する。

 メキメキと乾いた音がして、術の起点――地面にヒビが入る。すると、そこに押しつぶされる、あるいは下から吸われるように牛鬼が倒れ込んで、身動きがとれなくなった。


 強烈な術の余波を受けて、近くの兵士も倒れて起き上がれず、かろうじて形を保っていた塀が音をたてて崩壊していく。一帯には土埃が舞い、人々は視界不良に陥る。



 とてつもない状況を目の当たりにしながらも、私の思考は別の方向へと働いていた。

 私の仕事は終わった。もう目立つ行動は避けて、長居もしない。慎重に一歩、また一歩と後ずさる。なるべく音を立てないように、ゆっくりと戦場から遠ざかろう。


 前方では視界が晴れて、束縛の術に抵抗して小刻みに震える牛鬼の頭部に、師匠が足を乗せている。さながら、邪鬼を踏みつける仁王像のようだ。

 呆気にとられていた近くの兵士たちも徐々に我に返り、武器を構えて参戦していく。長引いた牛鬼との戦闘も、じきに決着がつくだろう。


 よかったよかったと、胸をなで下ろすのはまだ少し早い。周囲の人々が師匠に気を取られている間に、しれっと姿を消す。そう、しれっと……とっ!?


 ドン、と不意に私の肩に衝撃が走った。衝撃と呼ぶには優しい感触だけど、気分的にはかなりの衝撃だ。落ち着きかけていた心臓が再び高鳴る。

 この感触……男性的な大きな手で、私を押し止めようとしている。怖すぎて、振り返りたくない。


「――なるほどな。その懸守、永原の親父殿がこしらえたものか」


 私が振り返るより先に、声が降ってきた。……いや、この声、さっきも聞いたヤツ!?


「し、しし――!」


 師匠が、なぜここに!? ……と、叫ばないようにと、師匠が顔の前で人差し指を当てて笑っている。私はどうにか悲鳴を飲み込んだ。ひええぇ!!

 実は師匠って、双子だったんですか? そんな、しょうもない質問をぶつけようにも声が出ない。私が口をパクパクさせていると、師匠は頷いて小声でしゃべり出す。


「あぁ、向こうは幻術だ。念のために式神をつけているが、未明には見破られるだろうな」


 ははぁ、なんという無法。到底、理解が及ばない。急展開に次ぐ急展開で、思わずめまいを起こしそうになるも、グッと両足に力を入れる。


「むう、あまり驚かないのだな。もしや、すでに見通していたか?」


 私が見通していたのは大禍刻の発生までで、それ以降は無計画に走り抜けただけ。

 ていうか、そういう師匠はなんで少し嬉しそうなんです?


「お、驚いてますよ。それはもう、十分すぎるほどに」

「ふふっ、そうか。思いのほか、靜が元気そうで何よりだ」


 これ見よがしに肩を落とす私を見て、師匠はまた笑った。雑面のような独特な模様の布で顔を覆っていても、口元だけは垣間見える。

 ひょっとして、師匠は私が家出したことに気づいて、追いかけてきたのかな。そうだとすると……うーん、なんのために?

 疑問を口にしようとする前に、なぜか体勢がぐらついた。悲鳴を上げる間もなく、地面から両足が浮き上がる。師匠が急に私を抱きかかえたのだ。


「……では。早いところ、ここから逃げるとするか!」


 師匠は私を抱えたまま地面を軽く蹴り、いとも簡単に宙へと飛び上がった。


「逃げるっていうのは、飛んで移動ってことですかぁ!?」


 私が目を白黒させているあいだにも、ぐんぐん上昇していく。その高さは二十メートルを超えて、ほとんどの建物を見下ろせるほどになった。大禍刻を完全に消滅させようと、大路で動き回る人々が小さく見える。


 不思議と恐怖や羞恥よりも好奇心が上回っていく。浮遊しているのに安定感があるのは、飛び慣れているであろう師匠のおかげか。私は師匠の狩衣を掴みながらも上半身をひねって、周囲を見渡した。

 夜景のようなきらびやかさはないけど、非常事態であっても都は柔らかな光に包まれている。豆千世はこんな風景を見ていたんだなぁ。


 師匠が深呼吸をして体に霊力を纏わせた。そのまま宙を蹴って、暗い空を音もなく漂う。

 頬を撫でる夜風が、たかぶった気分を静かになだめてくれる。ほどよい温もりのおかげか一定のリズムのおかげか、なんだかとても心地がよい。

 きっと、行き先は我が屋敷のはず。そんなふうに考えていると、はたと眼下にのぞむ家並みに違和感を覚えた。


「あのー……師匠? 屋敷(うち)、通り過ぎました」

「――えっ」


 その反応……無意識だったかー。話の流れ的に、屋敷まで送り届けてくれるのだと思い込んでいたので、若干、気まずい。そもそも、屋敷の位置を知らない可能性もある。

 師匠はバツが悪そうに苦笑して、丁度よく目についたご神木に向かって降下した。


 ふんわりと着地すると同時に、師匠は腕をほどいて丁寧に私を降ろす。私はつい「ど、どうも」と間の抜けた返事をしてしまう。

 相変わらず周囲は閑散としている。いろいろと聞きたい気持ちを飲み込んで、まずは師匠の出方をうかがうとしよう。


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