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呪われ姫の秘密な絵巻 ~和風乙女ゲームに転生したのでこっそり推し活していたら、都の危機に巻き込まれました~  作者: 有路ちみどろ
 

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16. 星祭り 2

 鈴と榊を掲げた巫女たちが一斉に立ち上がる。それから、楽器を手にした演奏者たちが目配せをして、呼吸を合わせる。すると、穏やかでゆったりとした調子の音が流れてきた。


 豆千世は気配を消して雅楽を眺めているものの、私の筆を持つ手には力が入る。こうしているあいだにも人為的に妖異を呼び込もうとしている連中――悪役貴族たちが、どこかで活動しているのだから。

 とはいえ、その危険性を理解した上で豆千世を遣わせているわけで、「記録をしない」という選択肢は……ない!


「渾身の、撮影だー!」


 ひと思いに、えいやと筆を絵巻に押し付ける。これを撮らずにして何を撮る!


 ……と、陶酔感に浸るのも束の間、神聖な空間はいとも簡単に壊された。槍を持った武官の男性が、大きな声を上げながら神楽殿の一帯へと走ってきたのだ。

 ただならぬ雰囲気に音楽と舞は中断され、周囲は混乱の渦に叩き落とされる。


 わざわざ武官の声を拾わずとも、私はすぐに状況を理解できた。

 不審な式神の活動など些末なことに思えるような大事――大禍刻が発生したのだ。



「神社前の大路にて、大禍刻が発生したとの一報あり。警備の者は疾く現場へ向かい、鎮圧せよ」

「巨大な妖異の出現を確認。避難誘導を優先されたし。怪我人が出ているとのこと。容体は不明」


 辺りは騒然となり、武官による鋭い指示や怒声が飛び交う。陰陽師はいくつもの式神を飛ばし、連絡を取り合っている。


 この騒ぎに乗じて……もとい、邪魔にならないように豆千世は神楽殿を離れて、夜空に羽ばたく。

 そこでようやく見えてくる、周囲の現状。祭り特有の高揚感はあっという間に緊迫感へと変わり、大勢の人が慌ただしく走り回っている。その中で、曉と未明の姿が確認できた。二人とも、険しい表情で武器を携えていた。


 私は絵巻をにらみながら、唇を噛んだ。体はこわばり、心臓がばくばくと鳴っている。


「お願いだから、無事でいてね……」


 行き場のない祈りが、むなしく自室で響いた。机に置いていたお香は、すっかり燃え尽きて灰になっている。

 不意に布を切り裂くような声が聞こえて、反射的に顔を背けてしまう。式神を通して見ているだけとはいえ、今まさに起こっていることだ。……怖い、なんて思うのもおこがましいかな。


 首を振って気持ちを入れ替える。絵巻をしっかりと握って背筋を正す。

 大丈夫、私は平気。どこも痛くない。


 深呼吸を一つして、絵巻に視線を落とす。豆千世は拝殿の屋根に留まって、奔走する人々の様子を静かに観察している。近くで鳥型の式神がせわしなく飛んでいるようで、風を切る音が何度も耳に届いた。

 私の記憶が正しければ、大禍刻の発生源は神社前の大路だ。豆千世には、他の式神にぶつからないよう慎重かつ迅速に飛んで……うーん、できるか不安。


 悶々と思考を巡らせていると、場違いな鈴の音とともに、鮮やかな緋色の袴が視界に飛び込んできた。


「――真日流、危険だ!」

「わかっています! だから、向かっているんです!」


 あれは……真日流ちゃんと東雲だ!

 神聖な巫女装束を身にまとっていたはずの真日流ちゃんは、千早を脱いで白衣に紐をたすき掛けしている。大股で歩く彼女の後を追う東雲は、装飾が施された太刀を佩いて、少し焦った調子で声を張り上げている。


「尋常ならざる大禍刻だ。現れた妖異も、君が立ち向かえるような相手ではない」

「私だって式武科の端くれ。攻め時、引き際くらいわかります。それに怪我人がいるのなら、私の水行の術――治癒術師として、お役に立てると思います」


 ピタリと足を止め、まっすぐに東雲の目を見て、忌憚なき意見を述べる真日流ちゃん。その瞳に迷いや恐れはない。し、痺れる~!

 これには東雲も気圧されたのか、押し黙ってしまう。しかし、どんな返事をしても、彼女は一人で行ってしまうと判断したのだろう。苦笑しつつも歩みを早め、真日流ちゃんを追い越していく。


「……仕方ない。では、後方支援を頼む」

「は……はいっ! 任せてください!」


 駆け出す二人の背中を、豆千世が尾行する。皆、目指す先は同じだ。



 高速で飛行する式神や武装した人間との衝突をすんでのところで回避しつつ、じりじりと目的地へと近づいていく。

 逃げ惑う人々の声は次第に減り、代わりに剣戟の甲高い衝撃音、呪文を叫ぶ声に勇ましいかけ声が聞こえてきた。


 前を行く二人と豆千世がようやく大路にたどり着いたときには、すでに一帯は戦場へと様変わりしていた。


 武官が勢いよく薙刀を振り回し、黒い餓鬼のような妖異を真っ二つに斬る。

 一方、陰陽師は霊符を投げつけて妖異を消滅させている。どちらも見事な手際だ、と感心する前に別の妖異が現れるものだから、息をつく暇もない。


 どうやら一般人は退避したようだ。ここで立っている者は皆して得物を構え、一心不乱に妖異を屠っている。

 塀に寄りかかり負傷した腕を押さえている武官に、真日流ちゃんが駆け寄って治癒の術を施す。


「数が多いな……」


 軽々と刀を振り払い、小型の妖異を斬った後に東雲が呟く。

 強固な結界に覆われた常磐京で、ここまで大規模な戦闘が発生すること自体、まれなことだ。少なくとも、私の記憶の中では一度もない。初めての実戦、という者も少なくないかも。


 東雲と真日流ちゃん……それに私も、事の深刻さを身をもって理解しはじめた頃、ドカンと大きな地鳴りがした。その衝撃で、周囲の何人かが体勢を崩している。

 とっさに豆千世は上空へと離れ、大きな屋根の棟に留まった。


「デカブツの攻撃だ! 気をつけろ!」


 遠くで誰かが叫んだ。波のように緊張が伝播して、どこからともなく動揺や、疲弊した声が上がった。


 地湧き程度であれば、出現する妖異は中型以下だ。しかし、今回は人為的に引き起こされたもの。妖異の出入り口となる境界の歪みはそれなりの規模があり、当然のごとく大型の妖異が出てくる。


「挫けるにはまだ早いぞ。立ち上がれ、(つわもの)よ!」


 堂々とした、覇気に満ちた声が響き渡った。

 これは東雲の能力、霊力を使った士気向上――霊威による鼓舞だ。その威圧感に妖異の元となる黒い靄は霧散し、近くにいる味方の霊力は活性化する。


 霊威の力を享受した者たちは、感嘆したり驚喜したりと、さまざまな反応を示している。その中の数人は、東雲という高貴なる存在にようやく気づいたらしい。神妙な面持ちで一礼をしてから、再び妖異に立ち向かう。


 この世界の住人、特に原作ゲームの攻略キャラたちは総じて身体能力が高いので失念しがちだけども、そもそも東雲は学府では雅政科の所属。

 つまり、指揮官タイプの人材(バッファー)なのだ。自ら先陣を切って戦場を駆ける戦士ではない。


「若宮様、怪我人の治癒はあらかた終わりました」


 険しい表情の真日流ちゃんが、前方を見据える東雲に話しかける。東雲は小さく頷き返し、太刀を片手に走り出す。


「東雲と呼んでくれ。――先に進むぞ!」


 その言葉に応じるように神楽鈴を胸元に抱え、真日流ちゃんも駆け出した。

 もちろん、豆千世も一緒に移動する。こんな状況だからこそ、彼らの勇姿をつぶさに記録しなくては!


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