14. 夏越の大祓 3
暗がりに潜んだ豆千世のつぶらな瞳に、形代が入った木箱を持って並び立つ人物が映る。
彼らが今回の目的――東雲と、未明だ。
今日の彼らは裏方として祭事を取り仕切り、要所の警備をしていた。
そして、今は都の民が納めた大量の形代を神聖な川へ流す前に、その状態を確認する儀式「形代改め」を行っている。これにより、都に溜まった穢れの総量や、危険な呪いの兆候などを把握する。
この形代改めのシーンは、原作ゲームでは軽く説明が挟まれただけで、大した尺は割かれていなかった。
しかし、今後の展開には欠かせない重要な描写だ。原作ゲームでも、ここから少しずつ都に不穏な空気が蔓延していく。
私は豆千世にさらに霊力を送り、集音機能を高めた。もちろん、認識阻害や迷彩といった、隠密機能も切らしてはいけない。
「――おかしい。例年よりも穢れが多い」
懸念の声を上げているのは、難しい表情をした東雲だ。
その傍らで木箱をのぞき込んでいる未明が、閉じた扇子を下から上へ、すくい上げるように動かし、数枚の形代を宙に浮かせる。
ふよふよと優雅に空中を泳ぐ形代には、黒や灰色といった穢れが付着しているのが見える。
「ふむ。何かが都で暗躍しているのかもしれないな」
さらりと、こともなげに言いのける未明に、東雲は眉をひそめる。
「外部からの攻撃によるもの、という可能性はないのか?」
東雲からの問いに対して、未明は溜息まじりに首を振り、形代を木箱のなかへと戻した。
「都の天蓋や要所の結界は、僕を含めた腕利きの陰陽師たちが維持、管理している。……とはいえ、霊脈の点検はしておくべきだろう。次の星祭りで念入りに補強するよう、進言しておこう」
「そうだな。現状、打てる手はそれぐらいか」
二人の会話を盗み聞いていた私は、首をかしげてうなった。
未明が触れた「星祭り」について。私はここで何が起きるのか、当然ながら知っている。原作ゲームどおりであれば杞憂で終わる話だけど……どうしても違和感が拭えない。
重々しい静寂を破るように、松明の薪が爆ぜる音が響いた。
暮れなずむ空を見上げながら未明が扇を開き、口元を隠す。そのまま切れ長の目を細めて、近くを警戒している。
「このところ、僕らの周囲を嗅ぎまわっている奴がいるようだ」
「……と言われても、思い当たる輩が多すぎてな」
「邪気ある者の侵入であれば、結界によって防げる。問題は内部――民のなかから発生した穢れや、境界の歪みへの対処だ」
私は縮み上がった。この口振りでは、近くに潜んでいる豆千世の存在もバレているのかも。冷静な未明のことだから、あえて泳がせている可能性すら感じる。
ここはおとなしく退くべきか、あえて留まるべきか。私が決めあぐねていると、どこからか慌ただしく走る足音が聞こえてきた。
「――若宮様! み、見てください! この形代……」
神職らしき男性が、息を切らして二人の元へ駆け寄ってくる。その手には形代が入った木箱があった。
東雲は険しい顔つきで、未明は億劫そうな態度で、男性から差し出された木箱をのぞき込む。
「なんと、これは……酷いありさまだ」
東雲が息をのんで、絞り出すように呟いた。その言葉には、嫌悪感がにじんでいた。
続いて、未明が扇子を動かして一枚の形代を浮かび上がらせる。それを見て、私もようやく状況が理解できた。
「信じられない。ここまで濃い穢れを含んだ形代は、僕も初めて見た。これはもはや、呪詛と呼ぶべきか」
それは、先ほどまで二人で眺めていた形代とは比べものにならないくらい、真っ黒に変色した形代だった。
未明は目を細めて、こわごわと観察している。絵巻を通して見ているだけの私の背筋にも、冷たいものが走った。
異常、としか言いようがない。原作ゲームでも、こんなに深刻なシーンではなかったはず。
宙に浮かんだ黒い形代に向かって、未明がフッと息を吹きかける。すると、一瞬にして形代が火に包まれて焼失する。
それから、疑うような眼差しを東雲に向ける。
「これで外部からの攻撃、という線はなくなったな。貴族同士の揉め事であれば、僕の守備範囲外だよ」
「……今の私にできることは限られているが、黙って見過ごす気もない。こちらも、宮中の動きに目を光らせるとしよう」
東雲が手を振り、神職の男性を下がらせる。その際、持ってきた木箱をすべて預けて、しかるべき場所に片付けるよう注文をつけた。
私もそれなりに霊力を消費していたようで、少しまぶたが重くなってきた。
帰還のための霊力は残しておきたいけれど、二人の会話も聞いていたい……!
「一つ、策がある。次の星祭りで、彼女――真日流の力を借りる、というのはどうだろう。彼女ほどの浄化の力があれば、悪しき穢れでも祓い清めることが可能なはず」
――ん? 今、真日流って言いました?
東雲の口から気になるワードが飛び出してきたことで、私は目を見開いて、耳をそば立てた。
未明がわざとらしく閉じた扇子を顎に当て、肩をすくめる。
「たしかに。彼女の浄化の力は、目を見張るものがある。しかし、彼女は平民だ。身を守る『肩書き』がなければ、またいらぬ反感を買うぞ。彼女も、君も」
「……身分はともかく、星祭りでの肩書きであれば、相応しいものがあるだろう。神楽舞を奉納する『巫女』だ」
二人の会話を受けて、私は感嘆の溜息をついた。
なるほどねぇ。裏でこういうやり取りがあったから、真日流ちゃんは急きょ、巫女舞の練習をすることになったんだ。多角的に原作ゲームの深掘りができるなんて……嬉しくて、ニヤニヤしちゃう!
あと、真日流ちゃんの話をすると、二人の雰囲気が少しだけ和らぐのも、オタク的にキュンとくる大事なポイントだよね!
それにしても、どんなに豆千世に改良を重ねても、隠れて記録活動を続けていくのは、回を追うごとに困難になってきている。
さすがは攻略キャラというか、学府に所属している人々は秀才なので、当然と言えば当然だけど。
私はタイミングを見計らって、豆千世に帰還指示を出した。それから絵巻と筆を手放し、ごろりと床に寝転がりながら思案を巡らせる。
とりあえず、行儀作法は放っておこう。だってこれが一番、落ち着くんだから!
私は文机の上で静止している木霊の文を一瞥する。あの警告のあと、師匠からの連絡は届いていない。
「潮時……って言えるほど、簡単には退けないんだよね」
また師匠の警告が飛んでくるかもしれないし、次こそ未明によって豆千世が排除されるかもしれない。
それでも。
「次のイベント、『星祭り』だけは見逃せない!」
天の川を背景に、巫女装束の真日流ちゃんが舞い踊る、幻想的なあの光景。絶対にこの目に焼き付けたい! ……というのが、一つ目の理由。二つ目の理由は、もっとシリアスなものだ。
「そのとき、大禍刻が発生する。残念ながら、絶対に」
星祭りの最中、会場内で大禍刻が発生して、多数の妖異が都に放たれる。その規模は先日、私が遭遇したようなものではない。
とはいえ、それは原作にもある展開。優秀な攻略キャラたちと真日流ちゃんの活躍によって妖異は鎮圧、浄化されるはず。
暗い中庭から自室へと、風に乗って豆千世が飛んできた。迷彩機能によって黒い羽毛になった豆千世は、私の頭の近くに着地して、「チュリリ」と鳴いて首をかしげている。室内に入ったことで、次第に羽毛の色が明るく変わっていく。
「私はただ……記録する、だけなんだから」
霊力の限界が近づいている。視界がぼやけて、体が鉛のように重い。頭も回らなくなってきた。
来たる星祭りのために、霊力を補う食物や道具を集めておこう……。そんな考えが浮かんだが最後、私はまどろみへと沈んでいった。




