09. 曲水の宴 3
いよいよ、読師の指示によって披講が始まった。複数の朗詠役たちが、独特の節回しで歌人たちの和歌を披露してゆく。
和歌センス皆無の私には、歌の良し悪しがわからない。それでも、言霊が織りなす美しい幻影の数々には、自然と感嘆の声が漏れた。
咲き乱れる花、躍動する動物、輝く文様。いくつ和歌が詠み上げられても、同じものは一つとしてない。
この世界で生まれて初めて歌会に参加して、その醍醐味を体験した……ような気分になる。実際には、ただの覗き見だけど。ふふっ。
用心のために、このタイミングでの撮影は控えておく。今は言霊によって一帯に霊力が集中していて、豆千世の機能にどんな影響が出るかわからない。
今後は多様な環境にも対応できるように、式神の複数使役も検討してみようかな?
渦中の人である真日流ちゃんは、華やかな披講の最中にも懸命に和歌を考えている。
実は、彼女には助っ人がついている。私はここぞという場面で、気持ちよく撮影するだけだ。
ちなみに、内心では憤慨していたであろう東雲は、すっかりおとなしくなっていて、手にした新しい短冊を悩ましげに見つめていた。
そしてついに、最後の和歌が詠み上げられる。周囲はにわかに緊張感が走った。その幻影が儚く消えかかるタイミングで、真日流ちゃんが動き出す。
彼女は意を決して小川に近づき、寄ってきた羽觴の背中から盃を取り上げる。手が震えているようにも見えたが、甘露を飲み干した瞳には強い光が宿っていた。
悲しいのは、真日流ちゃんの浄化の力が怖い、かつ豆千世の機能がまだ治りきっていないせいで、かなり距離を置かなければ撮影できないということ。つまり、彼女の和歌が聞こえない。
どんな内容かは知っているけど……やっぱり生で聞きたかったー!
貴族たちが真日流ちゃんに向ける視線は、好奇、冷笑、無関心といった、ネガティブな印象のものが多い。
真日流ちゃんはそれすらはね除けるように、背筋をピンと伸ばして、歌を詠み上げた。
「――それでは。ここで一枚、いただきます!」
真日流ちゃんが和歌を詠み上げる前のわずかな瞬間。私は筆を押し当て、限界まで拡大した画角で彼女の晴れ姿を撮る。
カシャリ、とどこからか音がして、絵巻に映像が固定されていく。
川辺に堂々と立つ真日流ちゃんと、言霊による幻影。「光」という題を素直に受け止めた、彼女らしい純朴な歌――そのものの発現だ。
あぁ……神々しさを感じる美麗スチル! ここまで頑張ってきた甲斐があったよ!
私が恍惚の表情を浮かべていると、今度はどよめきが聞こえてきた。豆千世が周辺の音を拾っているのだろう。
「はて、今のが?」
「なんと、つたない……」
「……しかし、言霊は確かなものでした」
どうやら、貴族の中でも歌そのものを稚拙だと笑う者と、その清らかな霊力に感心する者の両方がいるようだ。
まだ、どちらに転ぶかはわからない。ということで、ここでもう一押し――東雲の力が必要になる。
「私だって二枚目、いただいちゃうんだから!」
うきうきと筆を構えてもう一度、すみやかに撮影をする。
絵巻に映し出されるは、決意に満ちた表情で立つ、東雲の若宮。彼もまた、真日流ちゃんのために、もう一つの歌を作っていたのだ。
どよめきを打ち破って、朗々と詠み上げたその歌は、新しい「光」を敬い、その真価を正しく受け入れるべきだという、一部の貴族への静かな反論になっている。……と、原作ゲームでは説明が入っていた気がする。
これには、さすがの貴族たちも口をつぐんだ。真日流ちゃんとは対照的に、教養ある彼らしい格調高い歌なんだそうで。
それ見たことかと、無関係な私がふんぞり返っていると、不意にあくびがこみ上げてきた。
「くぁ……緊張が解けたせいかな。また、眠気がぶり返してきた」
まだこのイベントは続くはずだけど、私はここらで席を立とう。他に狙うイベントがもう一つ控えている。それまで、体力を温存しておかねば。
最後に、扇動者である紋子姫の様子だけ確認しておこうかと、豆千世の視線を動かす。
彼女は檜扇で顔を覆っていたものの、悔しさか恥ずかしさのあまり肩を小刻みに震わせていた。予想どおりの反応すぎて、もはや安心感すら覚えるね。
問題は彼女の父親のほうだ。彼の策動は、まだ予想できない。
今の私にわかるのは、徐々にその目論見が表面化してくるだろう、ということだけ。用心はしておこう。
しかし、いくら探しても紋子姫の近くに父親の姿はなく、豆千世が会場から離れていく合間にも、見つけ出すことはできなかった。
娘を差し向けておいて、自分だけ帰宅したのだとしたら、かなり薄情というか身勝手というか。言いたいことはいろいろあるけど、今は眠気が勝っている。
「一日で頑張りすぎた……ちょっと休憩、させて……」
今回は私も豆千世も体力を消耗しながらの、長丁場になりそうだ。
広い庭園の端、最も人通りの少ない出入り口付近を目指し、豆千世を移動させる。そこが次のイベント発生場所の近くなので、前乗りしつつ、休憩を挟むとしよう。
日も傾いてきて、過ごしやすい気温の中で、私と豆千世は静かに目を閉じる。ほどなくして、まどろみへと意識は落ちていった。




