「彼らは善き人です」
「──というわけで最武野大司教、貴方には助餅元大司教の脱走の手引きと彼と共謀して白掟総主教を害した疑惑が有ります」
緊急で京都へと集められた十一人の大主教。
父の代理を決める為の会議だったそれは、今はただ一人の無実の罪人を裁く為の裁判となっていました。
……優義徒という楔から解き放たれた私は、以前までならしようとしなかった根回しというものを行いました。
《《一日で全国各地を回る》》のは今の私には不可能ではありません……なんというか、人間というカテゴリーから大分外れてきている気はしますが私自身の自認は一応は人間なのでセーフです、多分。
「ふざけるな!!何を証拠に……そもそも、貴様の管轄地で白掟総主教は襲撃にあったのだぞ、貴様が手引きしたのではないか!!?」
「私のような若輩者が白掟総主教を害せる訳がないでしょうに……助餅元大司教と貴方は親交がありました」
『そうですよね?』と他の大司教の方に問えば肯定の声が上がります。
彼らの罪や心暗い所をほんの少しつついて肯定してやれば皆喜んで私についてきてくれました。
『美酒を浴び、色に溺れ、惰眠を貪り、他者を陥れる……ええ、ええ、貴方にとっては愉しい事ですよね。ですがどれも過度となれば悪と見なされるのが悲しい所……私は知っていますよ、貴方の背徳を』
年齢を重ねれば人は理性で身を固めます……綻びを見つけて、それを起点に崩せば残るは長年蓄積した感情に押し流される人間です。
『ですがご安心を……私は否定しません、寧ろ好ましい。清廉潔白なまま生き続けるなんて聖人じみた真似を強制させません……人らしく善性を維持したまま時折行う背徳、甘美ですよね。良いのですよ、人間らしく生きる為には必要な事ですから』
そうして甘い言葉を囁き、ほんの少し邪聖天カードを触れさせれば……後はちょちょいのちょいです。
「……それが、どうした」
「どうしたもこうしたもありませんよ。貴方は友人の助餅元大司教が《《不当に》》排斥されたと思い、その原因となった白掟総主教を疎ましく思ったのでしょう?」
十一人の人間が詰められた会議室、ぐるりと円を描くように配置された机たちの真ん中で両腕を広げ、ニコリと笑う私はこの喜劇での役どころは裁判長でしょう。
最武野大司教はそんな私の前に立たされて糾弾される罪人であり喜劇の主人公でしょうか?
彼も他の大司教同様に懐柔したかったのですが…………人柄は悪い癖に、生真面目で清廉潔白な人だったのですよこの人。それで私は合点がいったのです。何故彼は私を目の敵にするのか……この若さで大司教に上り詰めた私への依怙贔屓が許せなかったのでしょう、ひいてはそれを行った父の事も許せなかった。
だからこそ私の至らぬ所を何度も指摘してきた、私が大司教に相応しい振る舞いをするように。父に私がまだ大司教には相応しくないと遠回しに伝える為に。
……素直に言えばいいというのに。
「そんな訳ないだろう!!第一、証拠はない!!」
「確かに。助餅元大司教は事件を引き起こしてから精神状態が芳しくなく今も入院されていますので彼から証言は取れません……でも、ならば誰が白掟総主教が私の管轄地に来たのを彼に告げる事が出来たのです?」
「それは……お前だろう!!」
「残念ながら、私は白掟総主教の付き人としてついていましたので、そのような暇はありません……それに、こちらに来られると聞いたのは本当に直前でしたから無理ですよ……私の管轄地に一番近いのは貴方ですよね?」
これは本当の事です。だからこそアリバイとして活用出来ますし、最武野大司教の勢いをさらに削がせる事ができます。
十人からの冷たい視線が最武野大司教を射抜きます……彼に味方はいません、だからここからは出来レースです。
「皆さまこのような行いをした疑惑のある方を神聖制約教団の大司教という座に就かせたままにするのはいかがなものかと思いませんか?」
『そうだ!そうだ!』『役職の返上をさせろ!!』『罪には罰を!』『断罪しろ!』『断罪しろ!』『断罪しろ!』
唱和される断罪を求める言葉には流石に最武野大司教も怯んだようで後ずさりをします……良い兆候です。
両手を広げてから手首の動きで言葉を止めるように合図をすればピタリと言葉は止まりました。
「最武野大司教、これが皆さまの意見です。正義の使徒たる神聖制約教団の大司教とはつまりは善き人たちの代表とも言えます……その全員から否定されているのですよ貴方は」
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!!!何が善き人の代表だ、貴様ら全員胸を張って善人だと誇れるのか?!」
「彼らは善き人です、私が保証します」
「何故お前が保証する、神様気取りかこのバチ当たりが!!」
感情の抑制が外れた最武野大司教が声を荒らげて近づいた所でタイミングを測ります。
最武野大司教の体で皆さんの視線が遮られた所で邪聖天カード──【邪聖天の憤怒サタン】を触れさせます。
邪聖天カード達にも個性がある事に気づいたのはそれを他者に対して使用した時でした。【サタン】に触れさせれば……相手は少し怒りっぽくなります。
そうすれば……後はまあ、この通りに
「ああ本当に腹立たしい……お前たち親子はいつもそうだ!!!」
私の体を突き飛ばし、そのまま馬乗りになったかと思うと拳を振り上げてきます。
一撃、二撃と顔面を何度も殴られますが痛みは全くありません。その事も相俟って、必死の形相の彼と画面越しに行われているような現実感の無さが面白くて笑ってしまいます。
それがまた気に食わないのかさらに殴ろうとした所に赤い影が走り込みます。
「てめぇ、白掟様に何しやがんだ!!!」
見事なまでの飛び蹴りが最武野大司教に突き刺さり、そのまま吹っ飛ばして行きます。
それを行ったレイカ嬢はまだ気が収まらないのか追い掛けて近くにあった椅子に手を掛けます。
「レイカ嬢、それはやり過ぎですよ、ステイステイ」
「白掟様をあんだけ殴ってたんすよ!?骨の五、六本は叩き折らねぇと……舐められたままはダメっす!」
「五、六本は本当にやり過ぎだからやめなさい」
気炎を上げているレイカ嬢をなだめつつ、他の大司教の方たちに目配せをします。
吹っ飛ばされていた最武野大司教の周りに人だかりが出来ます……そのまま、暴力沙汰を起こした彼がどこかへと連れて行かれました。
そしてアレだけの騒ぎでしたから他の護衛の方たちも室内にぞろぞろと入ってきます。
もちろん、最武野大司教の護衛の方たちもいます……その最武野大司教が連れて行かれようとするのを阻止していますが、他の護衛が止めていますね。前もって言っていたのでしょう……教育が行き届いているようで何よりです。
「それでは……他に候補者もいないということで私が総主教代理というわけでよろしいですね?」
返答は全員からの拍手……これにより、一時的にですが私がこの神聖制約教団の日本支部を統べる立場となりました。
しかし……思ってた以上に簡単に事が運びました。
簡単すぎてつまらない……これからの楽しみの為にはそんなつまらない謀もしなければいけません。ええ、ええ、そうですね……使える物は全て使わなければいけませんね。
私に少し強い言葉で窘められた事に落ち込んで俯いているレイカ嬢を見下ろし、常に浮かべている微笑を少し深めました。




