「私なりの解法です」
0以下のライフとはこのダメージが現実のものとなるファイトでは《《死んでないとおかしい》》状態です。
ちょうど0になるダメージを受けてようやく死ぬか生きるかの瀬戸際になる状態なのでそれを超えている今の父は……ファイト中に意識を失ってもおかしくはありません。
「何故……まだ立っているのです!?」
「【ルシファー】の効果により……私の場にいる限り、私は敗北しない……」
敗北回避効果……理解は出来ましたが正気の沙汰とは思えません。
もしもその状態で敗北してしまえば……確実に死んでしまいます。敗北せずにファイトが終了したとしても何らかの後遺症が残っても不思議ではありません。
「…………どうした、ファイトを続けろ」
「貴方はそうまでして……ターン終了です」
「私の……ターンだ」
息も絶え絶えに宣言をする父……そんな姿を見ていれば胸の奥がまた痛みます。
苦しげに眉根を寄せる父からは常のようなどこか非人間的な固さが感じられなくて、父もまた血の通った人間なのだと思えました。
「【ケルビム】を……封印から解放し、ドロー」
裁刃徒 第四ターン
ライフ:-3
手札:5 ターンカウンター:6
震える指先がデッキからカードを引き抜きます。
解放された【ケルビム】と自我の感じられない【ルシファー】はそんな父に一瞥せず、ただ指示を待つだけでした。
「【ケルビム】の効果を発動する……」
「私のターンカウンターを一つ取り除き、一ダメージ、そしてその点数分貴方はライフを回復します」
これ以上、父に負担を掛けさせたくなくてそのテキストを代わりに読み上げます。
……誤差のような回復ですが、父の体を少しでも生かす為には大事な一点です。
【レミュエル】の常時効果により、父はこれ以上のカード効果の使用は出来ませんが……まだ攻撃が残っています。
ユギト ライフ:11→10
裁刃徒 ライフ:-3→-2
「……バトルだ。【ルシファー】と……【ケルビム】でプレイヤーに、攻撃……」
ユギト ライフ:10→4
何度目かの爆風にあおられて体が吹き飛ばされます……気がつけば衣服もボロボロで、互いの足元には血溜まりが出来ていました。
「ターン終了……ぐっ」
苦痛の声を漏らして片膝をつく父に思わず駆け寄ろうとしますがその行く手を【ミカエル】と【レミュエル】が塞ぎます。
「退いてください……!!」
こちらを見て悲しそうな表情を浮かべる二体……【レミュエル】が首を横に振り、元の位置に戻るようにと促して来ます。
……スタンディングファイト中に相手プレイヤーに近づくのは、カード効果の処理以外では認められていません。
理屈は分かりますが……それでも、感情が納得をしません。
「……ファイトを、続けろ」
「ですが……」
「続ける気がないなら……放棄して負けを認めろ」
……正論です。憎たらしい程の正論を向けられて何も言えなくなりました。
放棄は出来ません……
「……私のターン、【カマエル】を封印から解放してカウンターブースト」
ユギト 第五ターン
ライフ:4
手札:1 ターンカウンター:8
……私が負ければ、父は死ぬことは無いでしょう。しかし、その代わりに私は……再び私である事を見失い、今度こそ精神が壊れるでしょう。
私は……自分勝手です。散々皆に迷惑を掛けて、犠牲にしてきたのに……この上でまだ、私を捨てるのが嫌だからと抵抗してしまうのですから。
「スペルカード【天魔襲来】を発動します」
【天魔襲来】
黒・白 コスト:8 スペル・使徒
自分の場のモンスター一体を破棄して発動する。
そのモンスターと同じ色を持つコスト4以上の使徒モンスター一体をデッキから場に出す。
自分の墓地に邪聖天または神聖なるモンスターが合計四体以上いるならばこのスペルのコストを4下げても良い。
ただでさえ薄暗かった室内から明かりが消え、霧が立ち込めます。
遠くから馬のいななきに似た声が聞こえたかと思うと、【カマエル】の腹部を何かが貫いてそのまま吸収して行きます。
「場の黒のモンスター【神聖なる大天使黒のカマエル】を破棄し、黒の使徒モンスター【邪聖天の憤怒サタン】をデッキから場に出します。そのサモン時の制約により黒のカードの【黒き神の印】を破棄します」
【邪聖天の憤怒サタン】
黒 コスト:8 悪魔・使徒
A:6 B:6
このモンスターをサモンする時に自分の場の黒のカードを一枚破棄しなければならない。
このモンスターがサモンに成功した時、または攻撃した時に発動出来る。自分のデッキからカードを一枚破棄し、その後墓地からカードを一枚手札に加える。
このモンスターがいる限り、元々の色が黒を含むモンスターをコントロールしていないプレイヤーは墓地のカードを効果の対象には選べず、墓地のカードの効果を使用できない。
一本角の馬の頭部を持った女性とも言うべき存在が【カマエル】の遺した大鎌を振り回していました。全身に黒いタイツのような物を纏っている姿は紛れもなく不審者です。
……カードのイラストには角のある黒い馬しか描かれていないのですが詐欺ではないですかこれは?
「……【サタン】の効果です、デッキからカードを一枚破棄して【神聖なる使徒ガブリリス】を墓地から手札に加えます」
気にしないことにしましょう。そういう空気でもありませんし。
地面を蹴りつけた【サタン】はヒビが入った地面に腕を突っ込むとそこから一枚のカードを引き抜くとこちらに投げ渡してきます。
「【神聖なる使徒ガブリリス】をサモンその効果で先ずは一枚ドロー……そしてターンカウンターが八個あるので覚醒させます」
微妙に【サタン】から距離を離しつつ、祈りを捧げる【ガブリリス】を青い光の柱が貫きます。
【神聖なる大天使青のガブリエル】
白・青 コスト:8 使徒・天使
A:6 B:6
このモンスターは【神聖なる使徒ガブリリス】の効果でのみ場に出せる。
このモンスターが存在する限り、自分の場のモンスターが攻撃する度にカードを一枚ドロー出来る。相手の場に青のモンスターがいるならば、自分の場のモンスターはカード効果で場を離れなくなる。
このモンスターは相手の青のカードの効果を受け付けず、青のモンスターとのバトルでダメージを受けない。
このモンスターが場に出た時、コストが8以下になるように相手の場の青のカードを封印する事が出来る。
青い翼を翻して降臨した【ガブリエル】ですが、相手の場に【ルシファー】がいる事に気づくと少しやりづらそうに顔を顰めます。
「バトル、【サタン】で【ルシファー】に攻撃です。その時に【サタン】の効果発動……もう一度デッキからカードを破棄して、今度は【邪聖天の色欲アスモデウス】を手札に加えます。さらに、【ガブリエル】の効果で一枚ドロー」
踊るように大鎌を振るう【サタン】の一撃に【ルシファー】は真っ二つとなりますが……切られたと思った【ルシファー】は霞のように消え去り、無傷の彼が立っています
「【ルシファー】は私のライフが四点以下ならば戦闘でダメージを受けない」
「……ターン終了です」
「それで終わりか……」
やはり戦闘でも【ルシファー】を排除出来ませんでした……まあ、する気もありませんでしたが。
彼を《《正攻法》》でどうにかするには父のライフを5点以上にまで戻さなければいけません……私のデッキには相手のライフを回復する類のカードは入っていないのでそれを狙う事は出来ません。
……もう一つの解法は既にキーパーツは揃っていますが、このままそれを実行すれば父は死ぬでしょう。
「何故、【ケルビム】を狙わなかった?」
「【ルシファー】が戦闘でダメージを受けないなんて知りませんでしたからね……そのまま攻撃で終われば良かったと思っただけですよ」
「まだモンスターは残っていた、【ケルビム】を追撃で倒す事は出来たと思うが?」
「…………」
何も言えなくなります……父の言う通りです。
【ケルビム】を処理しても構いませんでしたが……【ケルビム】の効果を使わせてライフを回復させる事で少しでも父の生存の確率を上げたかったのです。
「……気遣いのつもりか?」
「いいえ……そんなつもりはありませんよ」
するりと嘘を吐きながら柔らかく笑んでみせます。
こんな状況ですが、自分でも常と変わらない表情を浮かべる事が出来たと思いました……しかし、父はただ一言で切って捨てました。
「気持ちが悪い……いつもいつもお前のその表情には嫌悪感しか湧かん」
消耗して理性によって止められていた父の本音が零れます。
「優義徒の体でなければ……とうに殺していた。《《彼》》にも我慢を強いてしまったが……それも今日、ここで終わる」
「……随分、嫌われていますね私は」
「お前を好く者なんていない……化け物め」
……面と向かって言われると、流石にキマすね。
父からして見れば、大事な子供の体を好きに扱われているのですからこんな反応になるのは当たり前です。あの微妙な距離感も……この嫌悪感を出さない為のギリギリの距離だったのでしょう。
「なら、早くにこうしてしまえば良かったじゃないですか。何故今の今まで行動しなかったのです?」
「お前が大人しかったからだ……時折不穏だが概ね、優義徒として振舞っていたからそのままにしていた。だが……これ以上はダメだ」
「……そう、ですか」
恐らくは私がずっと優義徒らしく、心優しい大司教として振る舞っていればこんな事にはならなかったでしょう。
でも、それは無理な事です。だって……私は、楽しいと思った事を我慢出来ない。
心優しい大司教としての振る舞いよりも、悪の大司教として振る舞う方がずっと楽しい!だからこれは、いつかは必ず来る破綻だったのでしょう。
「私のターン……ドロー」
裁刃徒 第五ターン
ライフ:-2
手札:5 ターンカウンター:7
「……このまま長引けばお前は必ず負ける」
「……でしょうね」
「ゆくぞ……スペルカード【紅煉散華】発動、【ケルビム】を破棄する事でそのコスト8のダメージを与える」
流石にそれは聞いていませんよ……!?
発動されるのは赤の決戦火力……一ターンに一枚しかカードが使えない状況ならば間違いなく最大のダメージを誇るカードですが……【ガブリエル】を出して良かったです。
「スペルカード【白き制裁】!【紅煉散華】の効果を無効にし、【ミカエル】を破棄します」
「……次のターン以降も防げるか?」
「無理ですね……どこかで間違いなく止められなくなります」
だから……やるならこのターンしかありません。それは即ち……父を殺す事と同一の意味になります。
「ターン終了だ……」
「……私のターンです、ドローせずにカウンターブースト」
自分の意思を通す為に、父を殺そうとするなんて……
ユギト 第六ターン
ライフ:4
手札:3 ターンカウンター:10
私は
「【邪聖天の色欲アスモデウス】をサモンします、その制約で青のカードである【ガブリエル】を破棄します」
やはり
「【アスモデウス】のサモン時効果を発動します……相手の場のモンスターの、コントロールを得ます」
人でなしですよね。
「対象は【偽りの神聖なる邪聖天魔ルシファー】……」
青い肌を持ち、下半身がサソリの脚と尾に変じている中性的な印象の悪魔【アスモデウス】がその手を【ルシファー】へと差し出します。
ふらふらと誘われるように父を敗北から守っていた【ルシファー】が私の場に移動したと同時に"ギアスファイト"は終了しました。
これがもう一つの私なりの解法です……
──今度こそ、私は何者にも遮られること無く倒れた父の元へと駆け寄れました。
呼吸は浅く少しづつ冷えていくその体に、じわじわと死の影が忍び寄っている事が見て取れます。
「ダメです、ダメですよ……死なないで下さい、ここで死んでは。優義徒が悲しむでしょう?」
「ゆぎ……と…」
「そうです、優義徒です。頑張って……意識を保って下さい」
そうは言ってみるものの、明らかに父の意識は朦朧としていて呼吸も途切れ途切れとなっています……ここから病院に駆け込むのも間に合いません。
……人間は出来るだけ死なせたくないです。
このままの状態を維持し続ける……そのような手段があればと思った瞬間に、一枚のカードの存在を思い出しました。
それを使えば父は死にません……でも、それはつまり……
いえ、死ぬよりはマシです……後のことは、後で対処しましょう。
「…………起きてから、恨み言は聞きます」
ずっと持っていたそのカード──【永劫に留める】を父の体に触れさせました。




