「私は貴方の息子でしょう?」
建物から外に出た瞬間に、寒さにぶるりと身を震わせました……あまりの寒暖差に何事かと辺りを見渡すと見慣れた人影が見えます。
「総主教様、大司教様、残党は全て狩り尽くしました」
そう言って指揮をしていたのであろうジュンくんはこちらに駆け寄ってきたかと思うと私たち二人に飲み物を差し出してくれました。
「先程までは火の海でしたが突然全ての炎が凍りついて……しかし、高温に晒されていたのですから水分の補給をお願いします」
……確かに、炎は何故か今は凍っています。炎の形状そのままの氷が立ち並ぶ森という、シチュエーションさえ違えば幻想的とも思われる光景でしたが……今はその光景に見惚れる心の余裕がありません。
渡された飲み物は少しぬるかったですが、今はそれが喉に酷く染み入ります……誰かいないかとずっと声を張ってい喉がて枯れるなんて経験、生まれて初めてです。
喉を潤し、何度か声を出してようやく少し違和感はありますが喋れるようになりました。
「ジュンくんは……何故、ここに?」
「神牙からの連絡です。その神牙はあの糸目の少女から教えられたと……いつの間に連絡先交換していたんだあの二人」
なるほど。マイバラ嬢が念の為にで連絡していてくれていたのですね……遠くを見れば何人もの恐怖連合と思わしき人物達がお縄についています……彼らはそのまま警察組織に引き渡されるでしょう。キョウマくんの姿が見かけられないということはこれには関わっていないか上手く逃げ切ったのでしょうね。
「……着いてこい」
一言そう言って歩き出す父……大人しく着いて行こうと思いました
微妙に距離が離れたまま歩く父と私。その並びのまま旧教会の敷地の外れ、比較的倒壊していない建物に入っていきます。
室内は下り階段のみで、先に行けと身振りで指示されたので私は降りて行きます。
来た事はない筈なのに見覚えがある……何度目かのこの奇妙な感覚に流石に慣れてきて今更混乱したりする事はありませんでした。
「ここは……」
地下の一室、金属の扉の先にはある意味では見慣れた景色が広がっていました。
今の教会の設備よりも古びている……というより《《使い込まれている》》という表現の方が正しいですかね。一度、私がミト嬢に対して使用したあの洗脳装置と寸分違わぬ物が目の前に存在していました。
重々しい音を立てて閉まる扉。
振り返れば父がいつもよりも険しい表情でこちらを見つめています。
「今更こんな物を見せて何なのですか?」
「……確かに、今更だな」
一歩ずつ近づいてくる父に嫌な汗が出てきます。
それでも、私はそんな父に聞かなければいけないことがあります。十中八九は聞かずとも分かりますが。
「……私が色々忘れているのは《《コレ》》のせいですか?」
「………………」
背後の装置に指を指せば父の足が止まります。重い沈黙、それを断ち切るように『そうだ』という言葉が吐き出されます。
「記憶の操作がメインですからねコレ…………どれだけの期間、どれほどの強さで私をいじくり回したのです?」
「……言って、どうなる?」
「単純な興味ですよ……ねぇ、教えてくださいよ《《おとうさん》》」
薄く笑いながらそう言ってやれば、殺意を孕んだ視線が私を射抜きます……苛つき始めたようで何よりです。感情が荒れている相手こそ手玉に取りやすい……いつもの父は反応が薄いからやりづらいです。
「何故そんな風に怒るのですか……私は貴方の息子でしょう?お父さんと呼んで何が悪いのですか」
「息子、息子か…………お前が私の息子だと言うのならば、しつけをしないといけないな」
「しつけ?そんな事をしなくても私はとても良い子ですよ」
そうニコリと微笑んでみせれば、父は懐から一枚のカードを取り出します……カード名は隠れていて見えませんがそのテキスト欄には王冠のような印が刻まれていました。
「それは……!」
「……【ルシファー】、やれ」
光がカードから迸ります。出現するのは見慣れた白い仮面を被った怪人。しかし、その仮面にヒビが入ったかと思うとガラスの割れるような音を立てて消え去ります。
紫色の長髪、血の気の無い白い肌、空と同じ色の瞳からは生気がない、ローブを突き破って広げられるのは焼け焦げたかつては色鮮やかだったであろうみすぼらしい黒ずんだ六対の翼。
見慣れた人物の見慣れない姿に息を飲んだ瞬間、ほんの少しのまばたきの間に目の前に出てきた彼は──【ルシファー】はもうこれ以上私に喋らせたくないのか首に手を掛けてくる。
「ガァッ!?」
「そのまま動きを止めておけ……」
万力のように締め上げてくる手は意識を失うギリギリの力加減で、圧倒的に足りない酸素を取り込む為に口を開いてしまいますが満足行く量は吸えずに苦しみに生理的な涙が滲みます。
暴れても向こうはモンスターですから地力が違います……手に爪を立てても寧ろこちらの爪が割れそうな程の硬さで歯がたちません。
「……これからお前に再度処置を行う。間違いなく耐え切れないだろう。だが安心しろ……面倒は最期までみよう」
妙に穏やかな声でした……記憶の底、まだ私が幼い頃に聞いた事があるような声……
──そう……あの時、父は小さな赤子を恐る恐る抱き上げていた。
腕の中の小さな命が本当に愛しい、今では信じられないような柔らかな表情を向けていて、横では母がそんな父の様子に苦笑しながらも心底幸せだというように微笑んでいた。
腕の中の赤子は桃色の髪をしていて、母によく似た《《エメラルドグリーン》》の瞳をめいいっぱい開けて楽しげな声をあげながら父に手を伸ばしていた。
『優義徒、お父さんに抱っこされて嬉しいわね』
知らない人の腕の中の赤子にそう言って微笑む知らない人。
おとうさん、おかあさん……?
目の前のあの赤子が私なのだとしたら、それを見ている今の私はなんなのです?
ふと自分の手を見れば、そこにあったのは黒い触手を束ねて人の手の形にしたようなナニカがあって……あれ?
「私は、誰でしたっけ……?」
記憶は私の名前は白掟優義徒なのだと言っています……でも、それは目の前の赤子の名前で……そもそも自分の名前なのだという実感が湧きません……まるで無理やりそう思い込まされているような?
目の前の赤子が私にも手を伸ばします……楽しそうに、無邪気なその笑顔を見ていると……何だかもう難しい事はどうでも良いと思えてきました。
「まあいいや……何して遊びましょうか?」
私もまた笑みを浮かべその伸ばされた手に触腕を伸ばして触れました。
──今なら、出来ると思いました。
力が溢れてきて、思いっきり目の前の【ルシファー】の腹を蹴飛ばしてやります。
くの字に折れる体、吹き飛んでいった彼は何度かバウンドしてから裁刃徒の背の壁に叩きつけられました。
「何が……」
「思い出せはしませんが……理解は出来ました」
立ち上がるも脚は蹴った衝撃で妙な方向に曲がりかけましたが、影から出てきた黒いナニカが無理やりに形を整えれば少し痛みましたが直ぐに元に戻りました。
その様子を見ていた父が警戒レベルを引き上げたのか複数のモンスターを実体化させようとしますがそれを手で制します。
「こんな狭い所でそんな危ないもの出さないで下さい……死んでしまうじゃないですか」
「お前を……解き放つよりはマシだ」
「酷いですね…………ねぇ、"ギアスファイト"しましょうよ」
父の眉が訝しげに跳ねますがクスクスと笑う私に何も言わずにただ睨んでくるだけです。
「負けたら……私は大人しくします。ええ、管理下に置かれる事にも文句は言いませんしどんな言葉にも従いましょう」
「…………お前が勝てばどうする?」
「……自由を下さい、良いでしょう?受けて貰えないなら盛大に暴れ散らかしてやりますがどうします?」
"ギアスディスク"を構えてみせればこちらが本気なのだと理解したようで向こうも"ギアスディスク"を起動させました。
「ふふふ……おとうさんとこうやって遊ぶのは初めてですね」
「……遊びか」
向こうは嫌そうな顔をしていますが、私はとても楽しみです……さあ、始めましょうか。




