「そういう趣味ってなんですか」/「私は正気だ」
……それから、その日は父と顔を合わせる事はありませんでした。
次の日、様子を見に宛てがわれている部屋に行きましたが父はいませんでした。
『外に出る、明日には京都に帰るつもりだ。色々すまなかった』
と書かれたメモだけが残されていて、こめかみがひくつくのを感じました。
「あの人は本当に……」
メモを捨てようとして、結局捨てられずに手帳に挟みました。
別に探すつもりはありませんが、いつもの外出姿で街へと降りていきます……途中で振り返りましたが、今回は誰も着いてきてはいませんでした。
「何処へ行ったのですかねあの人は……」
父がこの街を離れたのは確か六年ほど前……それ以前からあるお店を手探りに探し歩いてみましたが父の姿は見つかりません。
……結局、父を探している自分に溜め息をつきたくなります。
気づけばお昼はとっくに過ぎていて、朝から歩きっぱなしだった私は疲れたので公園のベンチに腰掛けました。
学校も終わったのか小学生くらいの子供達がキャイキャイと楽しそうに遊んでいます。
ボーっとその様子を眺めていると後ろから声を掛けられました。
「子供をジーッと見て……やっぱりそういう趣味の不審者でありますか」
「これはこれはソコロワ嬢……って、そういう趣味ってなんですか……違いますよ」
黄色い帽子と真新しい真っ赤なランドセルを背負い、ソコロワ嬢がじっとりとした目で私を見ています……ふむ。
「しかしその格好……転校してきたのですねこちらに」
「不本意ながら……であります。この度、追加の捜査案件が増えたので長期にこの国に留まる事が決まったのであります。その為、仮の身分としてこの国の学生になったのでありますが……なんで小学校に入らなければいけないでありますか……!!」
心底納得がいかないという表情のソコロワ嬢ですが、どこからどう見ても小学生にしか見えないのでそれは当然ではないかと思いました。
「そちらのお国では飛び級をしていたのですか?」
「もちろんであります!こちらで言う所の高等学校卒業程度の学力はあると認定されているであります」
えっへんと胸を張るソコロワ嬢が微笑ましく、目を細めます。
「それはすごいですね……それ程賢いのならば、確かに小学生として振る舞うのは些か退屈でしょうね」
「そうであります……会話のレベルが低くて、話が全然合わないであります」
しょんぼりと俯く彼女に察してしまいました……つまりは友達が出来ないのだと。
「それは……寂しいですね。何か共通の話題とかはないのでしょうか?例えば……【ドレッドギアス】とか?」
「……クラスに一人とんでもなく強い子がいたらしいであります」
「《《いた》》……ですか」
ふむ、何だかちょっと心当たりがありますよ。
「その子があんまりにも強過ぎて、誰も相手にしなくなって遂にはイジメに発展し、その子は引きこもりになったそうであります」
「…………」
やはりそうですか……十中八九タクミくんの事ですね。
彼はそれこそ、全国大会の小学生の部決勝まで勝ち上がった事がありますが……そこから、クラスメイトのやっかみを受けてイジメられたと聞きました。
その体験から、自分本来のデッキは使わずに大抵は誰かのコピーデッキやメタデッキを組むようになったそうです……まあ、四天王の面々からはそのコピーデッキやメタデッキは好評なので教団聖剣士に入ってからは結構楽しそうにしていますが。
「まあ、そのイジメっ子は引っ越したでありますが……見て見ぬふりをしていた同級生達は気まずくて【ドレッドギアス】の話が禁句みたいになっているでありますな」
「なるほど……」
まあ、それならば当時の事を知らないソコロワ嬢以外の方は確かに気まずくて話せないですね。
しかし、そうしていても状況は変わりません。
「敢えて、【ドレッドギアス】の話を皆さんとしてみませんか?」
「敢えて……でありますか?」
「ソコロワ嬢は言うなれば外から来た風です。【ドレッドギアス】の話が禁句との事ですが何人かは話そうとしていたのではありませんか?」
「あっ!そういえば話そうとして止められてる子が何人かいたであります!」
「ならば、話は早い……その子たちと【ドレッドギアス】について話をしましょう、禁句にするから話しづらくなるのです。【ドレッドギアス】はただの娯楽の一つなのですから、その話を場の空気でしないというのもおかしな話でしょう?」
「なるほど……」
「それに、その引きこもった子が帰ってきた時にみんなが【ドレッドギアス】の話をしないように気をつけているのを見たら、嫌な気持ちになるでしょうね……自分のせいで、みんなが自由に話せなくなったのだと責めるでしょう……それはとても、悲しい事だと思いませんか?」
「小官もそう思うであります!よし、明日からガンガン話し掛けていってやるであります……白掟優義徒!感謝するでありますよ!!」
自信満々の表情になったソコロワ嬢が意気揚々と公園を出ていくのを笑顔で見送りました。
……こういう相談を受けるのも久しぶりな気がします。
教団聖剣士の面々が加入した経緯は、ジュンくんを除けば私に相談をしてからというのが始まりです。
レイカ嬢は自分の好きを押し付けられる事を。
オニマルくんは色んな人から暴力を振るうように強要される事を。
タクミくんは他人が怖い事を。
……当時のみんなはそれこそ、私が一歩後押しすればそのまま転がり堕ちて闇のサモナーの一員となっていたかもっと酷い事になっていたかもしれません。
ですが、そうはしませんでした。
肯定して、手を差し伸べて、ただ静かに隣にいて……踏み留まらせることが出来ました。
彼女、彼らの私への信頼はその経験があるからでしょう……それを利用することになったのは心痛いですけどね。
「まあ、私は悪役ですから仕方ないですよね……おや?」
公園を出てすぐ近くの人通りの少ない横道の真ん中に黄色い帽子が落ちている事に気が付きました。
近づいてそれを拾い上げれば、裏にはレジーナ・K=ソコロワと書かれています。
「ソコロワ嬢の帽子……落としてしまったのでしょうか?」
届けようと思い、振り返ろうとした瞬間に、首元に何かが刺さったような感覚とバチンという音が響き、何も分からなくなりました。
ーーーーー
──この日は、妻の命日だった。
毎年この日には一日だけ……ほんの短い時間を作り墓参りをしてそのままとんぼ返りが常で、優義徒に会う時間は取れなかった。
綺麗に掃除をし、持ってきた花を供えてしゃがんで手を合わせる……そのまましばらくすれば人の気配を感じた。
「裁刃徒、早いですね」
「"カタル"か……ちょうどいい。お前には言いたい事があった」
立ち上がり、彼の方を見ればメガネの鼻あてを中指で押し当ててどうせ分かっているといういつもの顔で見つめ返してくる。
「優義徒くんの事でしょう?ボクが彼の怪我を黙っていた事を知ったようですね」
「何故だ……?」
「何故?決まっているでしょう。ボクの友人をあんな化け物に関わらせたく無いからですよ。"タクミ"だって……本当は彼の下にいさせたくはありませんし」
『化け物』というカタルの言葉に眉が吊り上がる。
「……あの子を化け物と言うな」
「化け物でしょうアレは、だから色々と手を加えている……ガワだけが息子だからと中途半端な対応をしているんじゃありませんよ」
「中身も、私にとっては息子だ」
「息子?怯えているじゃないですか。いつ爆発するか分からない得体の知れないモノってキミも思っているからでしょう裁刃徒」
……確かに、あの子が恐ろしい。
私はあの子が分からない。正確には《《理解しないようにしている》》。
『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』
この言葉の通りだ、彼を理解すれば私もそちらに堕ちてしまう。
だからずっと踏み留まっていたが……もう、そうも言っていられない。
目をつぶり、深呼吸をしてからカタルの目を真っ直ぐに見つめた。
「今日、あの子にもう一度《《処理》》を行う。協力してくれ、カタル」
「…………既に最高強度の処理をしているのにそれを重ねるのですか?正気ですかキミは」
「正気だ。それであの子の精神を完全に破壊する事になっても仕方がない事だ。あの子を今の地位から降ろし……引き取って最期まで面倒を見る」
返答は溜め息だ。
どこか憐れんでいるようなカタルの視線……それを受け止めて私の意思が変わらない事に彼は諦めたようだ。
「変わりましたね……美禍が知れば悲しみますよきっと」
「彼女も分かってくれる筈だ……それに、家族で共に過ごすようになるのだから喜んでくれるさ。カタル、協力してくれるな?」
「……終わってから、キミがカウンセリングを受けてくれるなら」
「……私は正気だ」
「正気な人はそんな事言いませんよ……」
やれやれと額に手を当てるカタルにムッとするも、協力してくれるのならばとその気持ちを飲み込んだ。




