「大変な事になりました」/「忘れるな私」
──父が教会に来る。
その知らせを聞いたのは朝の祈りが終わった後、ユウゾウさんからの電話でした。
何か不手際をしたのか?それとも別の監査なのかと慌てている私に掛けられたのはただの休暇という言葉……この機会に少し話をしてはどうだ?という言葉で締め括られて電話が終わりました。
「…………大変な事になりました」
平日という事でレイカ嬢とオニマルくんは学校に行っていていませんし、タクミくんは事情的にあまり出せません……ジュンくんとはちょっと気まずいですし、誰に父の迎えに行ってもらおうかとぐるぐる自室を歩き回りながら考えていたら【ルシフェリオン】から声を掛けられます……ここ最近、自然に実体化してますけどそれだけ"サモンエナジー"溜まってきたという事なのでしょうか?
『召喚者自身が行けばいいだろう……父親で一番偉い相手なら、お前が行けば間違いは無いだろう』
「ですが……その、何を話せば良いか分かりません」
『召喚者よ……休暇で向こうは来るのだから好きな事を話せばいいだろう。最近嬉しかった事とか、美味かった物の話とか……兎に角、何でもいいから早く行け』
私の部屋なのに追い出されてしまいました……肩を落としながらとぼとぼと裏口まで歩きました。
いつもの外行きの格好に着替え、むにむにと口角がきちんと上がるように揉んでから外へ出ようと扉に手を掛けた瞬間、扉が開きました。
「…………」
「…………」
沈黙。
扉に手を掛けようとしている体勢の固まっている私と扉を開けた体勢のまま固まっている父。視線が合いますが……ふいっと背けられました。
「こ、こんにちは……」
「……元気そうだな」
スーツケースを引いている父は秋物のコートを羽織り、ボルサリーノを被っていてちょいワルオヤジといった見た目です……目付きが鋭すぎてちょいの部分が相殺されていますが。
咳払いをして改めて背を伸ばして、父に向き合います。
「……ごきげんよう、《《日本支部長様》》。本日は休暇との事ですが、泊まられる所は決まっておいででしょうか?こちらの宿泊施設には現在空きはありますがお気に召されるかは分かりません……こちらで別にお宿を用意する事も出来ますがいかがされますか?」
ニコリと微笑みながら、一息で一気に話します。
口元に手を当てて少し考えてから、父は淡々と答えます。
「宿は取らなくていい。ここで世話になる」
「かしこまりました……では、お荷物をお持ちしますのでこちらへ」
父のスーツケースを受け取り、そのまま案内を始めました。
通りすがるシスターの皆さんは私たち二人に、見慣れない者を見るような不審な目で見られますが……声を掛けられ無いので無駄にこちらから話し掛ける必要もありません。
食堂やリネン室などの場所が父がいた頃とは変わっていたので、案内については反論もなく大人しくついてきてくれました。
最後に宿泊する場所へとつきますと、スーツケースの持ち手を父に渡しました。
「こちらが日本支部長様のお部屋になります……後で専属の者を付けますので、しばらくこちらでお休みください」
「専属か……お前はずっとついてきてくれないのか?」
「は……?」
予想してなかった言葉に思わず、素の言葉が漏れます。
父は少し目線を下げると、ぽつりと零しました。
「……いや、いい。聞かなかった事にしてくれ。忙しいのだろうお前も……」
「…………」
この人は……何なのでしょうか。
父であり、上司という立場が無ければ目の前で溜め息を吐いていたことでしょう。
しかし、そうする訳にもいきませんので笑顔を向けて小首を傾げます。
「ご所望ならば、未熟者ではありますが私がお傍に仕えさせていただきます」
「!ああ……それで頼む」
それから、広げるのは自分でやるとそのまま目の前で扉を閉められました。
閉じられた扉の前で今度こそ溜め息が出ます。
正直気まずいですし、今更何の話をしたら良いのでしょうか……?父が何を望んでいるのかよく分かりません。
しばらくして、部屋から出てきた父は鞄を肩から下げていました。
「出掛けるが……来るか?」
「はい、お供させていただきます」
ニコリと笑ってみせればまた視線を背けられました……まあ、ずっと見られるよりは良いのですけどね。
改めて裏口から外へと出れば少し涼しく乾いた……秋の風が吹いていました。
赤や黄に色づいている木々の葉に目を細め、前を歩く父の背を見つめます。
記憶の中では父の背はとても大きく見えました……年齢を感じさせないピンと伸びた背と白い物が増えたとはいえ血のように濃い深紅の髪、そしてしっかりしたその足取りは全く変わらずに私の前を歩き続けています。
……私では未だに届かない人というのが父への印象です。
「……優義徒大司教、お前はいつもはどうしている?」
「どう……とは?日に二度の祈りはきちんとこなしておりますが……?」
質問があまりにも漠然としていましたので聞き返すしかありません。
父は『いや、そうではなくて……』と呟き、頭を少し振ってからもう一度言い直しました。
「休みの時は……どう過ごしているのかと思っただけだ」
「《《色々》》です」
「……色々?」
「はい、街へ降りて人々の暮らしを眺めたり、困っている方がいれば手を差し伸べたり……趣味に興じる事もありますね」
微笑みながらそう言えば、父は口元に手を当てて『ふむ』と何やら考え込み始めましたが、足は止めません。
しばらくして、住宅街から商店街の辺りに差し掛かった辺りで考えは纏まったようです。
「良かったらだが……その、お前の普段の様子を見ていたい。普段の通りに振る舞ってほしい」
「…………喜んで」
父の『良かったらだが』という言葉は命令と意味は同じになります。
本人にその意図が無かったとしても、彼の立場がそう言葉を変換させるのです。
そのまま先導をしようと少し小走りになった瞬間、視線を感じて振り返りましたが誰もいませんでした。
「……気のせいですかね?」
ーーーーー
「……危なかった」
直ぐさま電信柱の陰に隠れたお陰で見つからずにすんだが……いやしかし、思わず隠れたが隠れる必要はあったか……?
京都のあの一件以降、微妙に私と白掟……様とはギクシャクしている。
他の教団聖剣士の者達には気づかれているが、何かを言われる事もなく見守られているのが現状だ。
一応、仕事の話は出来ている……今日もまた、スケジュールの確認の為に白掟様のお部屋に向かった際に独り言が聞こえたのだ。
いや、独り言というにはおかしいものだったな……明らかに白掟様の声とは違う物が聞こえたのだから。
部屋を出ていった彼には申し訳ないが、こっそりと中を伺っても誰もいなかった……不思議だ。
閑話休題。
それから、お父上である裁刃徒日本支部長が来られてその案内をしている白掟様の様子を私は見守る事にした……裁刃徒日本支部長と白掟様が何事もなく過ごせるのか心配なのだ。
あのお二人は一応は親子だが……白掟様の方は中身が《《たまに》》違う。ここ最近は昔のような少しトロいが穏やかな気質の彼が強く出ている……このままその状態であり続けてほしいと思った直後に頭を振ってその不埒な考えを追い払おうとした。
「ダメだダメだダメだ!ユギトを取り戻すんだろう私……!アレは違う……ユギトが見たら寂しがるだろう……忘れるな、私」
「何してるんですか皇導さん……」
「ウオオオオオ!!!!???」
電信柱に頭を打ち付けながら言葉を染みつけていた私。そんな状態で話し掛けられればそれはもちろん飛び上がる程に驚くだろう。
振り返れば、いつぞやのリボンの少女と糸目少女、そして赤の英雄の所持者の少年が揃ってこちらを見つめていた。
「き、貴様らか……学校はどうした」
「今日は昼前で終わりっぺな……なんで頭ぶつけてたっぺ?」
「あれって……ユギトと、知らないおっさん?」
赤の英雄の所持者の少年が二人に気づいてしまったのでその視線を遮る。
「お前達には関係ない……さっさと家帰って勉強していろ小学生共め!」
「なんだよその言い方!つうかアンタ誰だよ!!」
確かに、私とコイツは接点がない……懐から西洋の甲冑を模した仮面を取り出し装着する。
「私について聞いたな?ならば名乗ろう!!我こそは教団聖剣士筆頭!!第一騎士、おうど「この人は皇導ジュンさん……ユギトさんの部下の人よ百火」う……おい、折角の名乗りを潰すな貴様!」
口上を作ったは良いが中々名乗る機会が無くて困っていたのだぞ……!
しかし、白掟様の部下である事を聞いた赤の英雄の所持者の少年は目の色を変える。
「ユギトの部下……まさかまたなんか企んでるんだろアンタら!!」
「はっ!企んでいたとしても貴様に言うと思うか?」
ちょうどいい……最近は中途半端なファイトやストレスの貯まる事ばかりが起きていたからな……コイツで発散させてもらおう!
「構えるがいい……ここを通して欲しくば私を倒すんだな!!」
「やってやるさ!アンタらの悪だくみ……俺がぶっ壊してやる!!」
"ギアスディスク"を構えた少年に向かい合い、私も自前の物を構える……さあ、八つ当たりの時間だ!!
「なんでこの人いっつもこんなんだっぺ……?」
「百火も別に乗らなくて良いじゃない……多分、何も悪いことしようとしてないわよ、ユギトさん」
あー!あー!聞こえない!!知らん、もう始めた事だ!!もう止められはしない!!!




