「私は気に病んでいませんよ」
私、ソコロワ嬢、アポロさんの並びで雑木林を進んでいました。
昼間ですが鬱蒼と生い茂る木々に陽光は遮られていて薄暗く……どこか寂しい雰囲気です。
「地図によるともうすぐだけども……レジーナちゃんは大丈夫かい?疲れてはいないかな?」
「お子様扱いしないでほしいであります!」
そう吼えるソコロワ嬢ですが足取りは重たく、顔色も少し悪そうです。人の手があまり入っていない道はすごく歩きづらいですからね。
ちょうど良く、幾つかの切り株が有りましたので私はその内の一つに腰掛けました。
「ソコロワ嬢にアポロさん……ちょっと休憩しても良いですか?病み上がりなので……少々、疲れました」
「大人なのに情けないであります……が、仕方ないでありますな!無理は禁物なのでここで休憩するであります」
ちょこんと私と同じように切り株に座ったソコロワ嬢……ホッと息を整えているので内心は休みたかったのでしょうね。
アポロさんが口パクで『ごめんね、ありがとう』と伝えてきたのに微笑みで返しました。
休憩している間、ずっと無言なのは私がいたたまれないので話しかけにいってみました。
「入院していたので最近のみなさんの様子は分からなかったのですが……どうでしたか?」
「そうだねぇ……帰って来てからしばらくはやっぱり百火くんと水兎ちゃんは落ち込んでいたね。特に、キミを深く傷つけてしまった事に百火くんはだいぶ参っていたよ……被害者であるキミの様子がおかしかったとはいえね」
でしょうねぇ……私としては遊びで怪我したのはお互い様ですから気にしなくて良いと思うのですが。
そんな内心を読み取ったのかアポロさんが溜め息を吐きます。
「キミの事だから『楽しかったから別にいい』で済ませてるのかもしれないけども、死ぬかもしれなかったんだよ?」
「でも、死にませんでしたよ?」
「……そういう事じゃない。キミさぁ、死んだらもう終わりって分かってる?百火くんは何度か話をして何とか持ち直せたけども普通は人を殺したり、殺そうとしようとしたらそれぐらい気に病むものさ」
真剣な顔をしてこちらを見つめるアポロさんにバツが悪くなってその目を見ないように視線を逸らしてしまいます。
「キミの方ももしかしたら翠子ちゃんを殺しかけたのを気に病んでるのかもしれない……百火くんはそう思って、キミに彼女に対して謝れるように機会を作ったんだよ……まあ、流れは無理やりだったけどね」
「……でも、私は気に病んでいませんよ」
「知ってるよ。気に病んでたら、あんな言葉出ないからね……歳は離れてるとはいえ、百火くんにしてみたら友達が他の友達を殺そうとしたのに何も反省していないみたいなものだよ。そりゃ、あんな風に怒るし周りの人もキミを見限ってしまう」
「…………でも」
「でもじゃない。このまま仲違いしたままで良いのかな?キミの周りからどんどん人が消えていってるのにまだ気がつかないのかな?」
「…………」
「……小官も、口を挟ませてもらうであります」
幾つか反論は浮かびましたが、何故かそれを言葉に出来ずに黙った私にソコロワ嬢が言葉をつづけました。
「同志百火も、水兎少女も翠子少女も……帰って来てからどこか落ち込んでいる様子でありました。小官は付き合いは長くは無いでありますし、接点もそんなに無いでありますが……見ていられなかったであります。白掟優義徒、お前は彼らの信頼を裏切ったであります……しかし、まだ間に合うのであります。一言謝って……また、関係を一から作り直すでありますよ」
何も言えずに手を顔の前で組み、深く目を瞑ります。
信頼を裏切ったも何も……私は自分が彼らに信頼されているとは思っていませんでした。ただの遊び友達、ただの近所の大人、ただの知り合いのサモナー……そういう関係性と思っていました。
だから、私は彼らを傷つけても……特に何も思わないようにしていました。悪役が一々人を傷つける事を後悔するなんて振る舞いは相応しくありません。
だから……私の正しい行いは謝る事じゃなくて開き直る事……それを口に出してしまえばアポロさんもソコロワ嬢も完全に私を見放す事でしょう。
悪は独りになるものです。
ギシリと胸の奥が軋みました。
それが正しいのに、悪として正しいのに……感情が正しさに追いついてくれない。
「私は……」
自分でも笑えるくらいに声が震えていました。
言えばいいのに、喉元まで言葉は出ているのに……カラカラに乾いた喉に言葉が張り付いて離れようとしません。
不自然なまでに乱れる感情を皮膚一枚の下に押し留めて口元はいつものように笑んでみせていますが……やっぱり何も言えなくて俯いてしまいます。
「……後で謝ろう。いいね?」
「………………はい」
やっと出たその言葉を口にしてから、私は急に楽になった気がしました。
休憩を終えてから、痛い程の沈黙が私たち三人を支配しています。
チラチラとこちらを伺うソコロワ嬢に反応を返す気力もありません。
「ここ、だね」
ボロボロに錆びている門を押せば、耳障りな音を立ててゆっくりと開きます。
外見はどこからどう見てもお化け屋敷といった風で、昔はさぞや立派だっただろう正面玄関は植物に覆われていました。
どこからどう見ても建物に入れそうに無いのでソコロワ嬢とアポロさんは困ったように見ていましたが、私は何故かこの建物には見覚えは無いのに足が動きました。
「ユギトくん……?」
建物の裏手に回れば、そこには今は雑草が生い茂っていますが花壇のある中庭があります。
そこから見える奥の建物……教団に身を寄せる人達の生活スペースであるそこには入る事が出来ました。
迷うこと無く通路を進み、階段を降りていく私の後ろを二人が着いてきます。
「こっちに何かあるのかい?」
「……大聖堂と生活スペースの間を地下で繋いでいまして、そこからもう一つの聖堂に入る道が有るのです」
「地下聖堂……出火したのはそこからと事件記録には乗っていたであります」
……記憶には無いのに体が覚えている、おかしい。私はここを知らないのに道を知っている、おかしい。覚えていない……《《覚えていない》》。なのに知っているという違和感がすごく気持ちが悪いです。背筋を伝う冷たい汗が酷く不快でした。
気がつけば煤けた黒い木製の扉の前にいました……その中が地下聖堂です。
ゆっくりと扉に手を掛けて押し開きます。
当時のそのままなのでしょう……黒焦げの室内は所々、何かがぶつかったのか崩れたような形になっていて……部屋の真ん中に光り輝いている魔法陣のような物がなければただの廃屋と思ってしまうような状態でした。
「アレは……結界の始点であります!」
「つまり、アレを消せば結界は壊れると言うことですかね……なら!」
「っ!待つんだ、ユギトくん!!」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……あの魔法陣を見ていると心底気分が悪くなります。
アレは消さなければならない……腕を伸ばし、魔法陣へと触れた瞬間溢れ出たのは吸盤だらけの赤黒い触手。
一瞬でした、室内を埋めつくしたソレに全身を絡め取られて私は魔法陣の中へと取り込まれたのです。
ーーーーー
「俺は……ターン、終了だ」
……ぼんやりとした意識の向こうでヒャッカ少年の声が聞こえました。
重たい瞼をこじ開けてみれば、悔しそうなヒャッカ少年を嘲笑う顔色の悪い男性の姿が見えました。
「クヒヒヒ……そうだ、お前はそう言うしかない。結界の中の者たちを潰されたくなければな!クヒャヒャヒャ!!そこで黙って見ているがいい、我が神が降臨する様を!!」
興奮しきっている男性は気持ち悪い笑い声を上げて"ギアスモンスター"を呼び出しています。
「遠き海の底より甦れ!!我が神【水底の呼び声】よ!!!」
体が動きました。
言われるがままに腕を伸ばし、鏡の底から這い出ます。
生臭い水にまみれた体が気持ち悪くて、沢山ある腕で擦ればペリペリと皮膚が剥がれて生臭い水の臭いが薄れて行きました。
その感触が愉しくて笑い声が止まりません。
『アハ■ハ■ハハハ■■■■■!!!』
「なんだよあの気持ち悪いモンスター……」
「ち、違う……我が神のお姿ではない…なんだアレは!?」
耳障りな声が聞こえました。
矮小な人間……私の主人公に宛てがうには相応しくない存在です、貴方は嫌いです。
腕の一本を伸ばして、矮小な人間を摘みあげれば逃れようともがき暴れます……見苦しいですね。
四肢の一本ずつを丁寧に握り締めて潰してやれば面白い声を出しました。耳障りな声もこうしてやれば少しは聞いてやってもいいと思えます。
「おい!!やめろよ、お前を召喚した奴だろ!!何でそんな事するんだよ!!!」
ヒャッカ少年が怒っています……何故でしょう?
分からなくて彼に話しかけようと腕を伸ばしました。
すると炎の柱が私の腕を弾き、驚いて仰け反った瞬間に切り落とされました。
痛くて痛くて傷口を抑えた時に持っていたものを落としました……それを地面にぶつかる前に受け止めたのは私の腕を切り落とした【ゴウエン】
炎の柱から出てくるのは赤き竜【クリカラ】……ヒャッカ少年の二体のエースが揃い踏みです。
しかし……私を痛めつけてきたのは許せません。
『ア■アア■アア■■■■■!!!』
腕をやたらめったらに振り回せば、【ゴウエン】が必死の形相でヒャッカ少年とオマケを担いで走り回っています。
そしてうっとおしい炎を吐きかける【クリカラ】を薙ぎ払って掴んで【ゴウエン】に投げつけてやりました。
「うわあああああ!!!??」
もうもうと上がる土煙……やってしまいました。
ヒャッカ少年を殺してしまったかもしれません……そう思った瞬間に赤い光が土煙を貫きます。
竜を模した鎧を身に纏った女武者……炎のように髪の先が揺らめかせながら、背負っていた大剣を抜き放っただけで私の腕が何本も切り落とされました。
「【クリカラ】……?」
『違う、今の私の事はそうだな……【カルラ】とでも呼ぶといい』
【クリカラ】……否、【カルラ】は好戦的な笑みを浮かべると私に剣先を向けてきました。
【ゴウエン】と合体したとでも言うのでしょうか……面白い、やはりヒャッカ少年は退屈させてくれない!
痛みを忘れて、愉しくて愉しくて仕方が無くなった私は残る腕を全て束ねて【カルラ】へと叩きつけました。
『アハ■■■■■■■■!!!!』
『……五月蝿い子供だ』
その腕が全て断ち切られる感覚と共に私の視界が真っ黒に染まりました。
──気がつけば私は地下礼拝堂で立っていました。
全身が海水でびちょびちょで……すごく、生臭いです。
扉の開く音が聞こえたので振り返れば、ソコロワ嬢とアポロさんが駆け寄ってきます。
「白掟優義徒!無事でありますか!?」
「急に水が流れてきたと思ったら扉がしまったんだ……びしょ濡れだけど、怪我はしてなさそうだね」
妙な夢を見ていた気はしましたがよく覚えていません……とても愉快だったような気がします。
振り返れば魔法陣は跡形もなく消えていました……恐らくは結界も消えていることでしょう。
一歩歩く度にグチュリと嫌な音と共に染み込んだ海水が足跡となります。不思議と、水が流れてきたという話ですが私以外はどこも濡れてはいませんでした。
地下から外に出れば結界はきれいさっぱり消えていて、空は太陽が落ちかけて夕焼け色に染まっていました。
「終わったようですね……」
「だねぇ……ユギトくん、どうする?まだ夏だけど、流石にその状態は風邪引くよ?先に帰るかい?」
「…………いえ、あの三人に会ってから帰ります」
生ぬるい風が吹いてきて、私の背を押します……じとりと嫌な汗をかいている手を私は握り締めました。




