「聞きなさい」
外に出れば異変は直ぐに分かりました。
赤紫色に染まる空に街の四方を囲むように建てられた四本の巨大な塔のような建築物。
他の人たちも異変に気づいたのかあちこちで慌てふためき始めていますね……このままでは大きな混乱が起こるでしょう。
「皆さん落ち着くであります!!小官はIGPの捜査官であります!今はまだ何が起こるか分からないでありますから丈夫な建物の中に避難してほしいであります!」
混乱を抑えようとソコロワ嬢が出てきて声を張りますが、誰の耳にも入っていないようで動きがありません……彼女の声は高いですからね、喧騒の中では上手く伸びないのでしょう。
もう一度声を張り上げようとする彼女を制し、私は大きく息を吸いました。
「聞きなさい」
少し上を向き、風に声を載せるイメージで話せば驚いたような表情で外に出ていた人達がこちらに注目します。
「このような状況になってしまって皆さんの心中の荒れ具合は痛い程に理解出来ます……しかし、ここで慌てふためいてしまえば無用な怪我人や諍いの種となってしまいます」
祈りの時と同じです……抑揚とさり気ない身振り手振りが言葉に力を与えて人々の心に入り込むのです。怪訝そうにこちらを見ていた人たちも今では私の言葉に耳を傾けて大人しくなっています。
「外からもこの異変は気づいている筈です。私たちに出来る事をしましょう……隣人に声を掛け、頑丈な建物に避難をして下さい。皆さんの善き行いこそが、事態の収束への近道です……さあ、お行きなさい」
最後の言葉を聞いた人々が動き始めます。
家に帰って家族に話を伝えている者や、移動を始めたご老人に手を貸している者など、先ほどの大混乱が嘘のように秩序だった行動をしていますね。
ふぅと一息つけば複雑そうな表情のソコロワ嬢に話し掛けられました。
「小官の言葉は聞かないのに……やっぱり小官が子供だからでありますか……?」
「私は人に言葉を伝えるのが一番の仕事ですからね、ソコロワ嬢もコツを掴めば私のように人を簡単に動かせますよ」
「流石は神聖制約教団の大司教と言った所だねー」
「アハハ……しかし、どうしましょうかねこれは」
今は一時的に混乱を抑えましたが、根本から解決しなければまた人々は荒れる事でしょうし……何より、もっととんでもない事態になるかもしれません。
「ソコロワ嬢、あの結界を破る事は出来そうですか?」
「結界でありますか……?うーん……あの建造物が結界の楔の役割をしていると思うでありますが、完全に結界の外に露出しているでありますからこちらからは破壊は無理であります……」
残念そうに言うソコロワ嬢の言葉にふむ、と口元に手を当てながら少し考え込む私……アポロさんはうーんと言いながらも、何かに気づいたようでキョロキョロと四箇所の楔の方を見比べていました。
「これ、綺麗な正方形になってるけど中心点は住宅街からちょっとズレてるね」
「ズレている……ですか?」
「もしかして、この結界は閉じ込めるだけが用途じゃないのでありますか……そういえば周囲から何かしらの力を集めて中心に注ぎ込む形式があると、教本に乗っていたのであります」
「確証はないけどね……ちょっと待ってて」
ミラージュに戻り、暫くしてから一枚の地図を持ってきたアポロさん。
それを地面に拡げたので、私とソコロワ嬢は二人で地図を覗き込みます。
「大体楔が打たれてるのはこことここと、後こことここ……で、それを繋ぎ合わせると中心になるのは……ここだね」
アポロさんが指差した箇所に、ソコロワ嬢はテーブルファイトの際に使うカウンターを一つ一つ置いていきます。
その四箇所は綺麗に正方形を描いていて、住宅街から少し外れているその中心には……雑木林があるみたいですね。
「この雑木林に何かあるのですかね……?」
「……ここはね、十年前に火事が起きた旧鏡富市神聖制約教団教会の建物があった場所だよ」
またその事件ですか……しつこい程に出てくるそのワードに、私は作為的な物を感じました。
…、何か重大な事件が起きていたからと伏線の為に念入りに押されているのですかね?
「白掟優義徒、正直に答えてほしいであります……この場所に何か、封じられているとかそういう話は聞いた事はないでありますか?」
「……残念ながら、ウチの神聖制約教団ではそのような話を聞いた事はありませんし」
【ルシフェリオン】は《《ウチの》》教会内では話題に出た事は無いのでノーカウントですし、私は今の今までここに旧教会があると知りませんでした。
訝しげに見つめてくるソコロワ嬢に私は微笑み掛けます。
「取り敢えず、行ってみましょう……何かがあるのは間違いありませんから。このまま助けを待つだけなのも私は嫌ですし」
話は決まりました。
体勢を変えた拍子にぼきりと骨が鳴ります……やっぱり体がなまっていますね。




