閑話 気の抜けない相手
矢野(水無瀬ジュンマネージャー)視点
ホテルの上階側にある、明らかに他と調度の異なるラウンジルーム。
スイートルーム宿泊者専用ということになっているこのラウンジは、この大会中は全員に解放されている。
とはいえ、今日ここに来る人は少ない。明日はチャンピオンの二名を除く全選手が試合があるので、前夜にVRに潜らず酒を飲む人はいない。VRルームは安全のため飲酒後一定時間利用禁止になっているので、今日ここを利用するのはマネージャーだけだからだ。
明日からは、選手を優先してマネージャーは席に空きがない場合は遠慮するようにという通達が来ている。
セルフバーからビールを取り出して窓際のソファに腰掛けると、窓の下にはまだ寒々とした森が見える。もう少ししたら桜が見れるらしい。
少し遅れて待ち合わせの男が、ワイングラスを片手にやってきた。
「よぉお待たせさん、矢野君」
「いえそれほど待ってないですよ、松本さん」
「どうよ、最近は」
「はは、ぼちぼちです」
後で話そうと誘ってくれた、本人曰く「標準語になってまった」松本さん――今日は蜻蛉さんのサポーターとして来ている彼は、昔と変わらずニコニコと座る。
この笑顔と程よい関西弁に引っ張られて情報をズルズル持っていかれたことがあるので、なかなかどうして気の抜けない相手だ。
「いやー、すげえ場所よな」
「そうですね。規模も、かかってる金も、ちょっと考えたくないレベルです」
「そっちは予約取れたんか?」
「はは、秘密ということで」
「お、ってことはええ返事もらえたっちゅうことやな」
「ナイショですよ、な、い、しょ」
一年半後に、いくつかのグループ合同のイベントを差し込めた。このイベントが終わったら激務が決定している。
この大会中は出来ることが限られるので、最後の休暇くらいのノリでのんびりしている。
それはそれとしてこういうところが気が抜けない。言葉尻の一つくらい気を抜かせて欲しい。
「そういう松本さんはどうなんですか?」
「むーりむり。長期の合宿はキャンセル待ちや」
「早く二号店ができてほしいですね」
「ほんまに」
ここまで全てのVRマシンを網羅しなくとも、国産三社くらいに絞ったものができてくれないものか。そうすれば客層も分散するし、単純に部屋数が増えれば予約も取りやすくなるだろう。
「で、どうなの、彼女。話しとったろ」
「あー」
彼女ね……。
「駄目ですね」
「さよか~」
「アイドルもモデルも興味なし。モデルの方は、サザンクロスを経由したらもしかしたら一回くらい呼べるかも、程度ですね」
アイドルにご興味はと聞いたら、見る方の興味だと思っていたレベルだ。あの顔でアイドルはって言ったらやる方に決まっているだろうと思うのだけど、彼女にとってはそこがそもそも繋がっていないらしい。
「ってか自分で聞いてくださいよ」
「いやいや、矢野君が突っ込んでくれたんやから、屍の方を漁るべきやろ」
「屍だって分かってんなら聞かないでください」
「ワンチャンいけるんやったら、ウチはほら、アイドル寄りのチームもおるんでな?」
「プロチーム的にはどうなんですか?」
「ん~~~…………」
「――――なるほど」
松本さんは微妙な顔をして笑った。
なるほど、ジュンもプレイングに対して「上手いのか?」と首を傾げていたし、ゲームが分かる人にとってはそのくらいらしい。
「おもろい子やし、理解力は高めっぽいし、解説枠にはええと思う」
「やっぱりそうですか。うちも欲しいんですけどねー、頭のいい可愛い枠」
「ま、無理なもんは無理やな」
「サザンクロスが事務所化って話は聞いてますか?」
「CRUCISやろ。前日に持ってきよってからに。調べんのに苦労したわ」
「おるくんは?」
「おるくん個人化ってのは本人の切り抜きに上がっとったからな……あいつ誤魔化すけど嘘は言わんから、別枠じゃねえか?」
「ラスイチ誰かって目処ついてます?」
「わぁらん。時間も足らんし、あと多分プロ系とはちっと方向性ちゃう気がしとん」
「それはそうですね」
新事務所――CRUCISだったか。アイドル寄りでもプロ寄りでもない、普通のゲーム実況系事務所だという認識だ。一緒に配信している車椅子のニンカさんと、あとセリスさんの所属が決まっているらしい。チラッと調べた感じあの二人は元々ファンレターの募集をサザンクロスでやっていたらしいので、そこまで来るときちんと事務所化した方が楽だったというだけで、それほど真面目に売ろうという気持ちはないのかもしれない。
ラスト一人のシルエットが把握できなくて、ファンの間でも話題になっているらしい。
トラ君……だけは、ないかな。流石にないか。
「ったく、話題の絶えねえやつらやな」
「あまり燃えない人たちで、そこも羨ましいことです」
チャンネル開設前から一年以上の男女ペア、最初からカップルチャンネルでやっていて、今日も抜け道のような形でグライドがスタッフ参加。それでも燃えないのだから本当に羨ましい。
初戦相手とのツーショットで色々言われているうちの界隈とどうしても比較してしまう。
「っし、じゃ、もう行くわ」
「ほんっと、いつも急ですよね」
「この後も仕事やねん」
「はは、お忙しいのも、羨ましいですよ」
「なんや、お前もこっち来るか?」
「冗談です」
笑い合って、軽くグラスを掲げて。そして松本さんは席を立った。
ジュンは練習が終わったら連絡をくれると言っていたけれど、今の所まだ何も来ていない。
ならば少し仕事でも、とタブレットを広げたら、同じようなマネージャー達が挨拶に立ち寄ってくれて。
結局ラウンジの閉店時間まで、酒を交わすことになった。




