31-9.宣言
肌触りの良いシーツ。
いつもより少し硬い枕。
空調の効いた室内は、加湿器を動かしているけれど少し乾燥している。
「…………寝れない」
原因は分かりきっている。昼寝のしすぎだ。分かりきりすぎていて本当に今更どうしようもない。
のそりとベッドから起き上がり、諦めて軽く服を着た。
お茶でも買ってこよう。自販機ってどこにあったっけ。エレベーターのとこにあったかな?
そろそろ日付が変わるホテルの廊下は人がいない。
照明が絞られ薄暗くなった館内をゆっくり歩いて。エレベーター前の自動販売機にはなんとなく欲しいものがなくて、お風呂の近くに自販機コーナーがあったなと思い出して足を向けた。
あったかいミルクティー……ほうじ茶……緑茶……うーん。ミルクティーかな。結局ミルクティーを買うなら最初の自販機にもあったなぁ。
小さなぬくいペットボトルを取り出して、そのまま手近なソファに腰掛けた。
休憩スペースには風呂上がりらしい人が数人いて、それぞれ飲み物を片手にスマホを手にしている。
うーん、お部屋戻ったほうがいいですかね。多分今いるのマネージャーさん達だとは思うんですけど、少し視線が来るのがちょっと気にはなる。
「――――セリス?」
思っていなかった声に振り返ると、リーダーさんと目があった。
「寝なくて平気?」
どうやらリーダーさんも飲み物を買いに来たらしい。ホットのほうじ茶を買って、ソファに腰掛ける。
並んで座って、小さな声で喋る。
「あー…………その、実は、ちょっとお昼寝をしてしまったら、寝付けなくなってしまって……」
「え、昼寝?」
「うっ……えと、今日結構早く着いたんですけど、電車移動で疲れてしまって。少しだけ横になろうと思ったら気付いたら2時間以上寝てて……」
リーダーさんはしばらくぽかんとして、それからくすりと笑った。
「セリスでもそういうことあるんだ」
「うぅ……本当にそんなに寝るつもりなかったんですよ……」
彼がくすくすと笑う声が耳に心地良い。
でも恥ずかしいので話題を変えたい。うーん……。
「そ、そういえば、グライドさん、来てましたね」
「あーあれね。俺宛のドッキリだったらしいんだけど本気で何も知らんかった。マジでビビった」
「私にも流れ弾が当たりました」
「ああ、セリスも知らなかった?良かったギルドごとグルだったわけではないんだ」
「今回は違いますね。BMS就職の件はご存知だったんですよね?」
「聞いて驚け――――何も知らなかった」
「えぇ……」
そんなことあるんだ。事務所設立の流れで流石に知っていると思っていた。
お部屋が綺麗で少し落ち着かない。もらった名刺をどうすれば良いのだろうか。ジンさんと少し話したこと。VR機器で初めて脚がすべった話。
リーダーさんは到着してからほとんどずっと喋り通しだったらしい。本当に今日はVR潜ってる余裕もなかったとか。
そんなとりとめのない事をぽつりぽつりとゆっくりおしゃべりをする。
気がつけば休憩スペースに人はもういなくて、手持ちのミルクティも空になっていた。
ゆっくり喋っていたせいか、少しだけ眠気が持ち上がってきた。
「セリス」
「はい」
「――――紬さん」
「っ………は、はい」
名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
リーダーさんも瞳を彷徨わせて、それからこちらをまっすぐに見てくる。
「その……、明後日、チャンピオン戦終わった後」
「はい」
「閉会式前に流石に休憩時間もらうことになってて。それで、あの」
「はい」
「少しだけ、時間をもらえないかな」
手が震える。心臓が耳元でばくばくと脈打っている。
「――――ぁ、えと」
「俺の部屋の方に、できれば来てほしくて。まあ別に、先に部屋で待っててくれても良いんだけども。702室だから」
「り……」
一瞬、どちらで呼ぶべきか迷う。
「リーダー、さん」
「うん」
「あの、時間は、いくらでも大丈夫です。進行に障りがない範囲でしたら」
「ありがとう」
「でも、すみません、お部屋で待っているのはムリです」
リーダーさんがそりゃそうかと一瞬苦笑する。
まあ、部屋主の居ないお部屋に勝手に入るのは、何も予定がなくてもちょっと気持ち的に難しいですけれども。
「明後日の最終試合」
でも、今回はそうではなくて。
「チャンピオン戦であなたの前に立つのは、私です」
宣言した言葉に、彼は少しだけ驚いて。
「…………そっか」
先程までの柔らかな微笑みがするりと消える。
「それは――――楽しみだ」
そうして本当に、心底楽しそうに、笑った。
31章ここまで、この後閑話が予約投稿済みです。
瑞穂の概算ではおそらく32章間に合わないです……また少しお待たせします。
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