31-8.side_L
「セリスが到着したらしい」
「そうなの?大分早いな」
ロイドの言葉に会場内の時計を見上げれば、時間はまだ14時にもなっていない。まあ彼女のことだから「遅れてもいいように少し早めに」が玉突き事故を起こしてものすごく早く着いたのだろう。
15時を過ぎると到着ラッシュの時間になってしまうから、今このタイミングで来てくれれば少し喋れるかな。
――――全然来ねえな。
会場より先にVRマシンの方行ったやつか。まあ、仕方ないんだけどちょっと残念だ。
ニンカも無事に到着して、西生寺側のスタッフとBMS側のスタッフが何か喋りつつニンカを押している。
グライドも真剣に話していて、本当に車椅子会社に入るんだなぁと妙に感心した。
到着ラッシュに挨拶ラッシュ。久々にリアルで喋り通しの時間が続く。
サザンクロスの動向を知っている人からは「まだ事務所じゃなかったんだっけ?」なんて軽口を言われつつ。
それなりに長くゲーム配信なんてものをやっていて、それなりに色々な大会に顔を出して生きてきたもので、今日来ているのも大半知り合いか、知り合いのチームメンバーだったりする。4,5年ぶりなんて人もいて、気分はちょっとした同窓会だ。
「Hi, Rihito」
「ん――――っと、Hello, Avant. Call me Leader, I said before.」
「Then you’d call me Garde, don’t you?」
「Okey, Mr.A_Garde?」
「Hahaha! I'd rather you call me Avant!」
背後の英語に振り返れば、立っていたのは前衛のA_Garde、今回唯一の海外勢だ。急に英語で話しかけられると脳内を英語にするのに少し時間がかかる。
……これ、日本語だと「前衛芸術」と「前衛アタッカー」の「前衛」が同じ字だってずいぶん前に教えたら、ふざけて名前を「Avantgarde」にしちゃったんだよな。なんでEFOではA_Gardeなんだろ、CCOではそのままAvant-Gardeだったのに。
「By the way, I saw SnowWhite over there.」
「白雪姫? Ah, Maybe that’s Seris. She's a member of our guild.」
マネージャー枠までは完全には把握してないけど、白雪姫と呼ばれそうな白肌黒髪はセリスだけのはずだ。ちゃんと開始前に来てくれて良かった。まあ、VRの方に入ってたならギルメンが時間を教えてくれるだろうけど。
「Are you serious?」
「Yeah」
はいはいマジですよ。
なんでそんな急に背中バシバシ叩くのよ。痛いって。ちょっと痛いってば。
「セリスさん、会場に来てたね」
しばらく他の人と話していたら、トシさんがやってきた。
「ああ、聞いてる。ちょっと見に行けてないんだよね、大丈夫そうだった?」
「囲まれちゃってたから救出しといたよ」
「まじか、ありがと」
「うちのジンに、ニンカさんのところまで送らせた。おせっかいだったかもしれないけど」
「あー、助かる。彼女こういう場所に慣れてなくて」
「うん…………そう、なんだね」
トシさんの言葉尻が下がる。
「え、なんかあった?」
「いや……ごめん本当に一回だけ聞きたいんだけど」
「うん」
「本当に顔採用じゃないの?」
「セリスの実力知っててそれ本気で言ったんなら、少し怒るよ」
「…………うん」
「顔を初めて見たのはサインの直前だよ。前にも言わなかったっけ?」
「言ったかな……聞いた気もするけど、それはそれとしてだよ」
あれ、これ言ったのトシさんだっけ、おるだっけ。どっちにも言ったんだっけ?まあいいか。いつも言ってるしな。
「大会直前にティザームービー出してきたなと思ったけど、正解だったかもね」
「そうかもねえ」
やっぱ囲まれちゃったかという気持ちはちょっとある。
言い訳のしやすい立場にしたのは、確かに良かったかもな。そのせいでドリアンとびっくり箱は完全に他のマネージャー達に囲まれて身動き取れてないけど。
「リーダー」
席を外していたロイドが小走りに戻ってきた。
「おう」
「明成さんが到着した。挨拶にいけるか?」
「お、いけるいける。どつきに行くか」
「……どつくのか?」
「ドッキリの仕掛け人はどついてもいいって法律なかったっけ?」
「ないな」
「えー絶対あるって。ちょっと調べといて」
「決闘を禁じる法律と暴力を禁じる法律ならあるが」
「硬いこと言うなって」
けらけらと笑いながら、とりあえず諸悪の根源のところへ顔を出しに行った。
ドッキリの仕掛人は飄々と「でも楽しかっただろ?」と言い放ってきて非常にムカついたので後日酒を奢らせるとして。
人のひしめき合うホールの舞台に立つ。マイクを持つEFOの佐々木さんがつらつらと流れるように説明や喋りを回している。
「――――続きまして同じく招待選手より!セリス選手!こちらにお越しください!」
「はい」
抽選が始まって、彼女の名前が呼ばれた。
緊張した顔の彼女が、気のせいでなければこちらを見て一瞬表情を緩ませた。
頬が緩まないよう必死に笑顔を作る。
彼女のクジは――――B。お、第一試合だ。頑張れ。
クジが終わり、今日の工程はここまで。
工程はここまでだけど挨拶がここまでという話ではなく結局そこからも死ぬほど挨拶と雑談が続く。
しばらくは多かった人がぱらぱらと捌け始めて、ようやく体に余裕が出来た頃に周囲を見れば、セリスはもう居なかった。
「ニンカと一緒にVRルームの方へ行ったようだ」
「俺まだ何も言ってねえって」
「違ったか?」
「まあ、違わないけどもさ。けどもだよ」
なんとなく釈然としない気持ちを抱えながらスマホを覗く。明日の朝のインタビュー時間をメッセージで送ったのだけど、反応がない。これはVR入っちゃってんな。
セリスは一人参加でサポーターが居ないから、こういう時はちょっと不便だな。
「無卿」
「あいよー」
「EFO入って、セリスが居たら直接メッセンジャー頼む。スマホの方に連絡いれたんだけど反応がねーわ」
「ほいほい、内容は?」
「二件頼む。一件目、運営から。明日の朝九時半に直前インタビューがあるから、10分前に会場ホール集合」
「あいあい」
「二件目、俺から」
「ほう?」
「根を詰めすぎないように、程々で寝なさい」
「ぶっ」
「ふ」
無卿とロイドが同時に吹き出した。
「それ必要?」
「セリス寝不足だとマジでヤバいんだ……ちゃんと寝かさんと」
「へーえ?」
「……なに?」
「いーやべーつにー?じゃあいってきまーす」
「ああ、頼んだ」
VRルームの方へ向かった無卿を見送って。よし、じゃあとりあえず俺等も飯食いに行くか。さっすがに腹減った。
「……」
「なに?」
飯は何を食うかと問うた親友は、少し呆れた顔でこちらをじっと見ている。
「いや……寝不足だとそんなにまずいのか?」
「眠い時に喋らせんのはマジでヤバいと思う」
ふにゃふにゃだし、呂律回ってなかったし、ほんっとだめ。絶対人前に出したくない。
あの舌っ足らずな甘い声が配信に乗ろうものならマイクケーブルをぶち切りかねない。
「飯食って、どうする?少しVR潜る?」
やめやめ、別の話しよ。
「先に部屋から少し配信するか?これ以上遅くなると深夜帯になるだろう」
「ああ、一応部屋映しといた方がいいか」
俺達の試合は明後日だから、あんまり急ぎ慣らしが必要なわけではないんだよな。しかも俺の使ってるマシンはそのままあるし、ついでに言うとプレプレで散々試した後だ。
わざわざ「個人室内は撮影配信自由」なんて規約があるのは「配信してね」って意味なんだろうし、喋り通しだけどもうひと踏ん張りか。
「「さすがに疲れた……」」
配信を終えてカメラを切れば、俺とロイで同時に同じ言葉が口を突いた。
朝から移動して、日中は喋り通し、飯を食ったらほぼ休憩無しで生配信。さっすがに疲れた。
「すまない、限界だ寝る」
「あいよ、お休み」
片付けもそこそこにロイはベッドに潜り込んだ。
こいつが片付けを後回しにする時は本当に疲れている。しっかり休め。
それはそれとして、俺配信直後寝れねーんだよな……。
「俺ちょっと出てくる」
「明るくはしないでくれ、君もあまり遅くなるなよ」
「はいはい」
時刻はそろそろ日付が変わるかという頃。
上着とスマホだけ掴んで部屋を出た。少しゆっくり館内を歩いて、浴場近くの休憩スペースに行ってなんかあったかいもんでも飲めば、流石に寝れるだろう。
多分寝た人とVRをやっている人で真っ二つになったはずのホテル内は人がまったくいない。
静かな廊下をゆっくりと休憩スペースに向かって。
「――――セリス?」
流石にそろそろ眠っただろうと思っていた彼女の、後ろ姿が見えた。




