31-7.練習試合
浮かぶような沈むような不思議な浮遊感。
その後にギルドの談話室に降り立って、いつも通りに一歩踏み出そうとして――――脚が思ったのよりほんの少し大きく動いて、け躓いた。
「わっぷ!?」
「おわ?」
「お、セリスちゃんいらっしゃーい」
「あ、えと、はい、こんばんは」
「ろっぐいーん」
ニンカさんが元気にログインしてきて、軽やかに降り立って手をニギニギ。それから屈伸を何度かしてくるりと回った。
「ん、大丈夫かな」
「ニンカさんは平気なんですね……」
躓いてテーブルを支えにした姿勢でじっとニンカさんを見れば、彼女は少しだけ困ったように笑った。
「あー、そもそも歩行補助全開だと脚滑りしないんよ。セリスならすぐ慣れるって、ガンバ~」
ニンカさんは挨拶もそこそこにぱぱっと走って行ってしまった。
……うん、はい。ここから明日の大会初回までに慣らさないといけないんですね。
「セリスちゃん」
「は、はい」
ぽんすけさんが私の前に立つ。
「真っすぐ立って、屈伸を何回か。そう、その後片足立ち。ゆっくり片足前に出して、このラインぴったりに下ろす。ゆっくりでいいから線の上ぴったりに足を下ろして。少しズレてる、もう一回。……もう一回、焦らないで、ゆっくりでいい。そう、OK。最初の位置にもう一回立って。反対足。そうそう、じゃあ次このライン上まっすぐ壁まで歩く。うん。OK、戻りは走って」
わあ。びっくりするほど走れるようになりました。
「黎明期の歩行補正術なんだけど、案外今も有効なんだよね」
「知りませんでした」
「初期の頃どうやって歩いてたの?」
「えっと、普通に?」
皆さんがうーん、と首を傾げた。
「これが若さか……」
「買い替えでもそういやあんまり滑ってなかったっけ。――買い替えはしてたよね?」
「あ、はい、買い替えは一度しました」
「まー、ほどほどのヘッドギアとほどほどのポッドタイプ、ゆうてそんな変わらん……」
「モンスターマシンと比べたらそりゃそうか」
買い替えはして少しスペック上がりましたけど、足が滑るみたいな現象にはそういえばぶつからなかった。マシン性能が違いすぎるのもなかなか問題ですね。
年齢によるシグナルキャッチ率みたいな論文は確かにあったので、最初期に歩行トラブルがなかったのは若さと言われれば本当に若さの問題なのかもしれない。
「さて」
「はい」
「じゃ、少し練習試合しますか――――一回戦、第一試合さん?」
「すぅ…………お世話に、なります」
ぽんすけさんと、途中合流したどどんがさんに手合わせをお願いし、夕食やお風呂の休憩を挟みつつ、自宅と遜色なく動けるようにはなった。指先の動きの速さにもう少しだけ慣れれば、アレが使いやすくなるとは思うのだけれど……。
てててん♪
「ん」
「っと」
ギルドチャットのメンション通知が入った。えーと、あれ、無卿さん?
『セリスどこー?』
『16サーバーのコロシアムです』
『あいあい』
「無卿ってことはなんか連絡かな」
「そうですね、多分」
ぽんすけさんがフィールドの入室設定をいじっている。無卿さんがわざわざ名指しで呼んでいるってことは、運営側から何か伝言の類でしょうね。
「よっと、おっじゃましま~」
「こんばんは」
「えーととりあえず運営から伝言で」
「はい」
「明日の朝九時半から直前インタビュー入るんで、10分前には会場ホールの方で待機お願いします」
「直前インタビュー…………って、何するんでしょう?」
「まあ、勝負への意気込みとか、あとはホテルの寝心地どうだったとか?一応今回のこれ、ホテルの宣伝なんで」
「なるほど……」
「生配信でカメラ入るから、朝イチだけどメイクとかしといてね」
「めいく……?」
「え、してない?」
「すみません、人生で一度もしたことが……」
無卿さんが不思議な顔でこちらを見てくる。
え、いや、その……学校はメイク禁止で……いやあんまり守ってる女生徒はいないんですが、一応規則として学内は禁止で……外で身内以外に合う用事もほぼなくてですね……あったとしても私の年齢だとノーメイクで別に失礼にはならないといいますか……
「まあ……えーと、いっか。寝癖とか気をつけてね」
「はい、そこは気をつけます」
「で、もう一個こっちはリーダーから伝言で」
「はい」
名前を聞いて一瞬どきりとする。
今日、まだまともにご挨拶も出来ていない。
「根詰めすぎないように、ほどほどで寝なよ、だって」
「おかんか?」
「ふふっ」
思わずというふうに突っ込んできたどどんがさんの言葉に、つい笑いがこぼれた。
「はい、気をつけます」
「うぃ、じゃあメッセンジャーは退散します~ほんとに程々にね~」
「ありがとうございます」
無卿さんは本当にそれだけ伝えて、しゅっといなくなった。
あ、音オフにしてたんで気付かなかった、シアさんからメッセ来てるな。
「……どうした?」
「あ、いえ、シアさんからメッセージが来てて」
「アネシアさん?」
「はい。大会頑張って、終わったら色々教えてくださいね、だそうです」
「一緒に練習試合してもいいのに」
「シアさん奇術師で本来後衛枠なので、練習試合は遠慮しているっぽいんですよね」
「律儀ねえ」
本当に。でもこの気遣いもシアさんですよね。
「さて、どうする?もうちょっとやる?」
「あ、はい!もう少しだけお付き合いください」
「はいよ、じゃー次はどどんがね」
「そうじゃん、じゃやるか」
いつも寝る時間の直前まで、コロシアムから音は途切れなかった。




