2-2-1
よく晴れた日曜日。に、なった。なってしまった。
つまり大会は実施されてしまう。
「みーちゃん、ちゃんと朝ごはん食べてきた?」
バスの窓から光り輝く太陽を恨めしげに見ていると、隣の席に座るまなが言った。
「食べてない」
「やっぱり。だめだよ、これから運動するんだから。何か食べておかないと元気出ないよ。はい、これ」
と、まなはリュックからおにぎりを一つ取り出す。
「いいの? それ、まなのお昼ごはんでしょ?」
「大丈夫、多めに作ってきたから。食べて。それとも、お腹空いてない?」
起きたときは空いていなかったので食べずに来たが、そう言われるといまは少し空いている。
「じゃあ、もらう。ありがと」
と、頂くことにした。
「いやあ、いよいよです。緊張しますねえ。わくわくしますねえ」
まなの隣に座る咲がそわそわした様子で言う。今朝、待ち合わせ場所に集合したときからずっとこんな調子だ。
「咲ちゃん、気合入ってるねぇ」
「当然です。中学のときから憧れ、ずっとやりたかった霊球。今日いよいよ自分もその舞台に立てるんですから。もう昨日から、興奮を抑えるのに必死ですよ!」
そう言って両拳をぎゅっと握る咲の横で、あたしはあくびを抑えるのに必死だ。まなからもらったおにぎりをひと噛み。お、昆布だ。いいね。
「お二人とも、今日は頑張りましょうね。なんとか頑張って、一勝はしましょうね!」
聞こえぬふりでおにぎりを貪っていると、「ね」と咲が顔を近づけてくる。ちっ、うるさいな。勝っても負けてもいいから早く終わりたい、とは言えないので、
「まあ、それなりに頑張るよ」
そう、もぐもぐと答えておく。
バスに揺られること一時間弱、着いたのはとある運動場だった。グラウンドに設置されたテント、チームごとに集まる同い歳くらいの人たちの姿。大会は本当に実在するらしい。残念だ。
「蔟井西高校っス! よろしくお願いします!」
「はい。じゃあメンバー表に、出場する方の名前の記入をお願いします」
受付で用紙に鉛筆を走らせる咲の背中を眺めながら、こういうのは本来部長の役割だよな、と妙に客観的に思う。いまさら自分が出ていくのも機を逸している気がするので、外のベンチで手続きが終わるのを待つことにした。トイレに立ったまなを見送り、暇なので話し相手にでもなってもらおうと斎藤さんを呼び出す。
「ややっ! 弥里殿、もう試合の時間ですかな?」
白い光とともに現れた斎藤さんが、慌てた様子で首を左右に振る。
「いや、まだ。いま咲が受付してる」
「そうですか。いやあ、それにしてもよい天気ですなあ。誠に霊球日和です。これは気合が入りますな」
いやちっとも、という返事をのみ込んで、曖昧に頷いておく。結局、斎藤さんはレンタルに応じてくれた。外に出てきていない間の斎藤さんはあたしの体内ではなく、霊珠の中に宿っているのだそうだ。呼び出したいときは咲たちがやっているように、一度合わせた手を外に向かって開けばよい。ちなみにいまあたしがつけている霊珠は咲からの借り物ではなく、自分で買ったものだ。霊珠が普通のスポーツ用品店で売られているのを見たときは正直、かなり驚いた。売り場自体は小規模で、フロアのかなり端のほうだったけど。
「そうだ、弥里殿。みなさんが集まったら一度、アレをやりましょう」
「アレ?」
「はい。みなさんで円陣を組んで、声出しをやるのです。かけ声は『レイキューブ! ファイ、オー!」では、どうでしょう? きっと気合が入りますよ」
あはは、とあたしは力なく笑う。もちろん、嫌だ。咲たちが戻ってくる前に、斎藤さんはしまっておくことにしよう。
などと徒然なるままに喋っていると、
「あなた」
と近くから声が聞こえた。振り返ると、見知らぬ女子学生が立っている。女子学生、と断定したのは彼女が制服姿だったからだ。長い黒髪、ややつり上がった切れ長の目。「クールビューティー」とネット検索したら出てきそうな、きりっとした美人。
「そちらの霊体は、あなたの?」
「え、ああ、まあ。あたしのっていうか、レンタルですけど」
「レンタル……」とクールビューティー女史は片眉をぴくりと上げる。「どうも、斎藤と申します」と丁寧にお辞儀をする斎藤さん。
「……そう、珍しいわね。いずれにせよ、試合前に霊体を外に出すのはお勧めしないわ。霊珠に戻したほうがいい」
「どうしてですか?」
「敵チームに霊体の姿を晒してしまうことになるからよ。特徴や能力に関わる情報を、対戦前に敵に知られてしまうのは嫌でしょう?」
「はあ。べつに、かまいませんけど」
「――は?」
「ちょっとちょっと先輩!」
と、今度は咲の声。こちらへ慌てた様子で駆けてくる。
「な、ななな、なにをやってんですか⁉」
「なにって……べつに、この人と話してただけだけど。なんか、斎藤さんしまえとかって」
「しまう……?」クールビューティーが眉を寄せる。
「な、ならさっさと戻してください! ほら、斎藤さんに霊珠かざして!」
なんだようるさいな、と斎藤さんに戻るよう命じる。「では、またあとで」と斎藤さんは手を振りながら霊珠の中へと戻っていった。
「す、すみません、すみません!」
と、咲はなにやらクールビューティーに向かってペコペコ頭を下げる。どうしたというんだいったい。そんなに悪いことをしたのか、あたしは?
「あなたたち、どちらの学校?」
「ま、蔟井西高校、です」
「まぶい……聞いたことないわね」
「まあ、今回初出場なんで」
へらへらと笑って答えると、なぜか咲に鋭く睨まれる。
「あなた、お名前は?」
「え、あたし?」
人に名前を訊ねるならまず自分から名乗ってほしいところだけど、訊かれたからには平然と無視するわけにもいかない。答えると、「希原弥里」と呟くように言い、クールビューティーはそのまま去っていった。なんだったんだ?
「せせ、先輩。いったいなにをやらかしたんですか?」
咲が怯えたような様子で訊いてくる。
「いやだから、さっき言ったとおりだよ。斎藤さんと喋ってたら、それしまえ、って」
「しかも名前まで訊かれて……先輩、きっと目つけられたんですよ」
「人に名前訊いといて自分は名乗らずに去っていくような無礼者に目をつけられたところで、あたしはノーダメージ」
「名乗る必要がないんですよ! あの方は椛上千歳さん。あの明泉高校のエースプレーヤーです!」
「どの明泉高校よ。そんなすごい人なの?」
「まだひよっこの自分ですら、名前と顔くらいは知ってるほどには。明泉はいま、県内で最も勢いのある高校ですからね」
ふぅん、とぼんやり首を振る。まあ要するに、強い高校の強い人ってことね。それであんなに偉そうだったのか。
いずれにせよ、あの人がたとえ高校霊球界でどんなにすごい人だったところで、あたしにとってはただの無礼者だ。礼儀のなっていないエースプレーヤーよりも、礼節のしっかりした一般人をあたしは愛する。
咲から対戦表を手渡されたところで、まながトイレから帰ってくる。三人で内容を確認する。初戦の相手は小田間高校というところのようだった。




