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歩いているうち、暗闇にも少し目が慣れてきた。目に映るのは墓石、墓石、墓石。景色はあまり変わらないが、どこかへ向けて歩いているらしい。時おり、「ひっ」と咲が小さく悲鳴を上げる声が聞こえる。
「そんなに苦手なら、せめて昼に来ればよかったじゃん」
「よ、夜のほうが、霊の気が高まって出てきてくれやすくなるんですよ。スカウトするなら、夜に限るんです」
なるほどね、それで「最終手段」だったのか。できれば来たくなかったと。おばけからしたら、あんたが体内で飼ってる鬼のほうがよっぽど怖いと思うけど。
「つ、着きましたよ」
それからしばらく歩いたところで、咲が足を止めた。光の輪が目の前にある大きな墓石を照らす。
「立派なお墓だねぇ」
まながぽかりと口を開けて言う。
「ふっふっふ、これぞあの有名な戦国武将、永江陣衛門の墓標です!」
「ながえ……なんて?」
「陣衛門。永江陣衛門です。弓の名手として知られ、とある合戦では五人張りと呼ばれる巨大な弓を使い、敵軍の船に立てられた扇の的を見事射落としたとか。しかもそのとき、御年九十三歳だったそうです!」
知らん。横に顔を向けると、ふるふるとまなも首を振る。だよね。
「聞いたことないけど、本当に実在の人?」
「もちろんです! 知らないんですか? 自分が昔やってたゲームでは、作中最強クラスのキャラでしたよ! 現実の陣衛門も、それはもうすごい人のはずです!」
ゲームて……。だいぶ信憑性が怪しくなってきた。さっきのエピソードも、なんかどこかで聞いたことのある有名な武将の逸話が混ざったような話だったし。
「そもそも、そんなすごい武将の墓が、なんでこんな霊園にぽつんとあるの? 普通そういう人のお墓って、もっと山奥の寺とかに供養塔みたいな感じで――」
「ごちゃごちゃとうるさいですね。どうせスカウトするなら、強い人の霊のほうがいいでしょう? いいから、弥里先輩はさっさと霊珠つけて、墓の前に立ってください」
へいへい、と咲から霊珠を受け取り、あたしは墓石の前に立つ。霊のレンタル。通常、霊球の大会では参加する本人の霊体しか出場が認められていないが、なんらかの事情で自分の霊体を呼び出すことができないあたしのようなボンクラのために、代わりの霊をレンタルしてもよいという救済措置が各チーム一人まで認められているらしい。霊体の代わりに、霊をレンタル。結局、霊体とは霊なのか。詳しいことはわからない。わからないままでも、べつにかまわない。
「墓に向かって、霊珠をかざしてください。本人にやる気――霊力が足りなくても、霊珠が霊を呼び出してくれるはずです!」
あたしは言われるがまま、手首の霊珠を目の前の墓に向かってかざす。すると霊珠が例の白い光を発しはじめた。おお、ほんとだ、やる気ゼロなのに。
「永江陣衛門のことをイメージして!」
と咲の声。いや、知らん武将のことをどうやってイメージしたらよいのだ。とりあえず、陣衛門さんよろしくお願いします、と心の中で唱えてみる。
霊珠の光が強まる。周りが暗いのもあって、かなり眩しい。思わず目を閉じる。――と、どこかから、ふしゅーっ、と煙の出るような音が聞こえた。瞼に感じる光の明滅が弱まったのを感じ、薄く目を開いた。
目の前には、墓があった。永江陣衛門の墓。それ以外、なにもない。
「ど、どうですか⁉ 出ましたか、陣衛門⁉」
霊珠の光が眩しかったのだろう、細かくまばたきをしながら咲が言った。
「……ううん。いないよ、陣衛門」
「え、そんな。陣衛門……」
念のため墓の周りを調べてみるが、それらしき姿はやはり見当たらない。それらしき、と言っても、永江陣衛門のビジュアルをあたしはまったく知らないのだが。とにかく、霊っぽいものは見当たらない。墓の周囲には背の低い草が無造作に生えているばかり。
「どうして……?」
咲が困り顔で言う。おーい、じんえもーん、と呼びかけながら辺りをうろうろしてみるが、やはりいないようだ。霊珠の力をもってしても、あたしの乏しいやる気――もとい霊力はカバーしきれなかったということだろうか。ここまでくると、もはや誇らしい。
――と、そのとき、
「あの……」
ちょいちょい、と後ろから肩を叩かれた。男の声。驚き、のけぞりながら振り返る。
「な、……え?」
目の前に、骸骨が立っていた。小学校の理科室に置いてある骨格模型のような、ザ・骸骨。あたしがのけぞったのに驚いたように、骸骨のほうも少し上半身を引いていた。「あ、えと……」と、なんだか困ったように口を動かすしゃれこうべ。表情はないのに、なんとなく弱々しい印象。
「永江陣衛門さんですかっ⁉」
咲が駆け寄ってくる。その後ろからまなもやってきた。二人のほうにきょろきょろと目(?)を向け、骸骨は申し訳なさそうに言った。
「いえ、あの、斎藤です……」
「斎藤、さん……?」
咲が首を傾げる。
「は、はい。そちらのお嬢さんの、霊珠の力によって現出されました。そこから……」
と、骸骨――斎藤さんはやはりどこか申し訳なさげに後方を指さす。見ると永江陣衛門の墓から少し離れた場所に、小さな墓石がぽつんと寂しげに立っているのが見えた。表面には「斎藤家之墓」と刻まれている。
「先輩」
咲があたしに鋭い目を向けてくる。
「い、いやいや、あたしはちゃんと心の中で陣衛門を呼んだよ。陣衛門さーん、って」
「はい、その声は私にも聞こえていました。ですがその、霊珠の光を見たら体が勝手にといいますか、引きずられるように、外へ……」
すみません、と斎藤さんは頭を下げる。光を見たらって、そんな虫みたいに。永江陣衛門にはやる気のなさを見透かされてしまったのだろうか。とにかく、とばっちりで現出させられてしまったものらしい。こちらこそ、すいません。
「ところであなた方、霊球をなさるんですか」
「え、どうしてわかるんですか?」
「だって、霊珠を持ってらっしゃるから。実は生前、私も少しやってたんですよ。全然へたっぴでしたけど」
なんと、経験者。生前、とか言われるとちょっと重いけど。全然へたっぴ、ね。ふうん。
「懐かしいですね。私もやっていたのはちょうど、あなた方くらいの歳のころでした。仲間たちと一緒に部を作ってね。楽しい青春でしたよ」
過去に思いを馳せるように斎藤さんは語る。口ぶりからすると、けっこう前のことのようだ。霊球って、そんな昔からあるスポーツなのか? いや、いまはそんなことよりも――
「へえ、そうなんですね。そして斎藤さんは、その霊球がお下手だったと」
「ちょ、ちょっと、みーちゃん。失礼だよ」
「あっはっは、いいんですよお嬢さん。実際、下手だったんですから。私もですが、チーム自体も弱くてね。結局、試合には一度も勝てずに終わりました。それでも楽しんでやってましたが」
カタカタと音を立て、斎藤さんは笑う。そこへ、「あのぅ……」と咲が遠慮がちに割り込んできた。
「その、斎藤さん。この度はちょっと手違いがあったみたいで、お休みのところ起こしてしまってすみません。でも、実は自分たち、永江陣衛門さんの霊を呼ぼうとしていて……」
「ええ、はい、わかってます。どうせレンタルするなら、強い霊のほうがいいですもんね。こちらこそ、霊珠の光に誘われてついふらふらと……大変失礼いたしました。長居してしまいましたね。そろそろ失礼いたしま――」
「待った」
咲、まな、斎藤さん。「え?」と三人が一斉にあたしを振り向く。きょとんとした表情――に見える斎藤さんに向かって、あたしは言った。
「斎藤さん。あたしの、レンタル霊体になってくれませんか?」
「え、わ、私が……?」
ぐい、と腕を強く引っ張られた。
「ち、ちょっと、弥里先輩! なに言っちゃってるんスか⁉ あんな――」
と、咲は声のボリュームを落とす。
「あんな弱っちそうな霊、レンタルしたってしかたないっスよ。永江陣衛門じゃないにしたって、せめてもうちょっと戦力になりそうな――」
「いやいや、咲。あんたさっきの話、聞いてなかったの? あの斎藤さん、霊球の経験者なんだよ」
「そうですけど……でも、めっちゃ下手だったって自分で言ってたじゃないですか」
「咲、聞いて。経験に基づく知識の価値はけっして馬鹿にはできない。特にあたしたちのような、ほとんど素人同然のチームにとって、経験豊富な彼の存在はきっと役に立つ」
まあ、それは……と咲が悩むように眉尻を下げる。よし、いいぞ。「あ、あの」と声が聞こえた。斎藤さんだ。
「その、そう言ってくださるのは嬉しいんですが、さっきも言ったとおり、私ぜんぜん上手くないですよ? そもそも運動自体、あまり得意では――」
「いいえ、斎藤さん」
あたしは背筋を伸ばし、斎藤さんの手をとる。硬い。
「あたし、斎藤さんに決めました。いまのあたしたちには斎藤さんが必要なんです。あたしたちと一緒に、霊球の大会に出てください」
「お嬢さん……」
斎藤さんがあたしの手をぎゅっと握り返す。硬い。
静寂の広がる夜の霊園。カー、カー、とどこからかカラスの夜鳴きの声が聞こえた。




