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はあ。しかし、なんということだろう。「霊球」が実在しただけでなく、霊体とか霊珠とか霊力とか。あまりに現実感に乏しくて、驚くのにももう疲れた。あとで家に帰ってから、今日あったことははたして本当に現実の出来事だったのだろうか、などと考え込んでしまいそうだ。
「ね、ねえ。みーちゃんの霊体も、呼び出してみれば?」
「え、あたし?」
うん、とこちらを見てくるまな。と、その肩に乗った一つ目小僧。なんか仲良さそうだな、きみら。
「いいかな、今城さん?」
と訊ねるまなに、「はい、まあ、いいですけど」と答える今城さん。気のせいか、あまり気乗りしてなさそうな声に聞こえる。
はいこれ、とまなが霊珠を渡してくる。受け取り、まなの肩に乗った一つ目小僧にちらと目をやる。
自分の霊体……。まあ、まったく興味がないわけではないけれど、ぜひ見てみたいというほどでもない。でもなんだかまなは期待の目を寄せてくるし、断るべき積極的な理由も特に見当たらない。
「まあ、じゃあ」
霊珠を手首につけ、手のひらを合わせる。しばらくそのままの姿勢。
たしか、「体内の力が高まってきたら」とか言ってたか? 特にそんな感じはしないけれど、時間的にはそろそろさっきのまなと同じくらいだし、もういいか?
「出ろー」
と、手を外側に向けて開く。すると白い光の筋が……出ない。霊珠も光り輝かない。……あれ?
「で、出ろ」
もう一度やってみる。しかし手のひらからは煙ひとつ出てこない。どゆこと?
「どうして……?」
あたしに代わり、まなが助けを求めるように今城さんに訊ねる。今城さんは指でポリポリと頬を掻き、
「出ないみたいですね」
と、困ったように笑う。
「なんで? 霊力はその人のもつ総合力で、誰にでもあるもんなんじゃないの?」とあたし。
「そうなんスけど……その総合力の中で最も大事なのが、その人のもつ精神力とされてるんです。なんて言うんだろう、生きていく上での前向きさ……気持ちのパワー、っていうか」
「つまり、みーちゃんにはそのパワーが足りないから……」
今城さんはこくりと頷く。
「霊体が、形を成してくれないのかもしれません……」
……ハハ。なんということだろう。生きていく上での前向きさ、気持ちのパワー不足。要するにあたしのこの性格が、霊体が外に現出するのを阻害しているってことか。
さっきの今城さんの反応を思い出す。もしかして、こうなることをちょっと予見してた? だったら先に言ってくれればいいのに。無駄に恥かいちゃったじゃない。
まあ、でも。あたしらしいっちゃあたしらしいか。霊体が本人のもつ総合力の具象化なら、あたしの霊体もきっとあたしと似たような性格のやつなんだろう。姿形は知らないが自分の体内で、「なんだよ呼ぶなよ、めんどくせえなあ」と腹をポリポリ掻きながら肘枕で寝転んでいる霊体の姿が浮かんだ。
「ま、まあ、今日はだめでも、別の日に呼んだら出てきてくれるかもしれませんし。希原先輩の霊体を呼ぶのは、また今度にしましょう」
場を取り繕うように今城さんが言う。
「また今度? ……って、今城さん、結局うちにこのまま在籍するつもりなの?」
「はい。だめですか?」
「いや、だって……霊球が本当にあることはわかったけど、でもうちは霊球部であって霊球部ではないからさ。その事実を知ったところで、べつに今後、霊球に関する活動をしていくつもりはないよ?」
「そうなんですか? でも――」
と、今城さんがまなのほうを見る。「えへへ、えい」などと言いながら、一つ目小僧とたがいの頬をつつき合ってじゃれあっている。ふたりの周囲を優しい色の空気が包んでいるように見えた。
「早稲栗先輩は、興味もってくれたみたいっスけど」
「……あれは、あの霊体を気に入っただけでしょ。霊球に対してってわけじゃ……」
あたしたちの視線に気づいたまなが、はっとしたようにこちらを見る。恥ずかしそうに手を後ろに組み、もじもじと、
「あ、あのね、みーちゃん。その、今城さんに霊球の話を詳しく聞いてみて、それでもし楽しそうだったら、ちょっとやってみてもいいんじゃないかな、って……」
「まな……」
ほらね、と言わんばかりの笑顔をニッと今城さんが向けてくる。二対一。「で、でも」と言いかけたところで、
「決まりだね」
背後から男の声がした。驚き、振り返る。
「こ、航士郎!」
部室の壁に寄りかかるようにして、航士郎が立っていた。那岐航士郎。生徒会長。学年は一つ上だが、こいつも幼なじみ。小さいころはまなと三人でよく一緒に遊んだものだ。いまはめっきりだけど。
「なんで――っていうか、いつからここに?」
「けっこう前からいたけど、霊体とやらのことに夢中みたいで気づかれなかった。部室棟の各部室にお知らせのプリントを配布して回ってたら、この部屋の方面からなにやら事件性のある悲鳴が聞こえてきてね。気になって、来てみたんだ」
……ああ、さっきの。
「那岐先輩、その節はどうもっス!」
「ああ、今城さん。こんにちは」
「知り合いなの?」
「数日前からね。彼女に霊球部の部室の場所を訊ねられたから、教えたんだ」
余計なことを。あの部室は呪いの部室だから近寄ると死ぬよ、とでも言っといてくれればよかったのに。
「ところで、部長?」
口の端を上げ、航士郎がわざとらしくあたしをそう呼ぶ。
「生徒会長として意見させてもらうけど、民主主義による決定には従ったほうがいいと思うな」
「あんたには関係ないでしょ。これは、うちの部のことなんだから」
「ところが、そうとも言い切れない。これ、今日配ってたプリントなんだけど」
と、航士郎は壁から背を離し、手に携えた紙の束から一枚を抜き取って寄越してくる。
「『生徒会からみなさんへ』……。ああ、この紙なら昨日もうもらったけど。ていうか、たしかあんたがまなに渡したんじゃなかったの?」
「そのあとで一か所、ミスに気づいてね。記載が洩れた文言を付け足した修正版なんだ」
航士郎がプリントの一か所を指さす。そこにはこう書かれていた。
『運動部・文化部の全部活動において、その名称に伴う活動実態のない部活動は生徒会によって調査・審議を行ない、その事実が認められた場合、廃部を通達する』
その名称に伴う、活動実態――
「と、いうわけで」
いつのまにか航士郎は部室のドアの前にいる。
「よろしくね、『霊球部』さん」
そう言い残すとドアを開け、颯爽と去っていった。




