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「え、じゃあ本当に先輩たち、霊球のことなんにも知らなかったんですか⁉」
心底驚いた、という表情で今城さんが言った。
「だから、何度もそう言ってるじゃん! 霊球が実在するならするで、どうしてもっと早くそう言ってくれなかったのよ⁉」
「いや、自分も何度もそう言ったじゃないですか」
そうだけど。でもまさか、本当の本当に実在するなんて……。それを知ったいまも、まだ信じられない。
「でも、びっくりしたぁ。妖怪さんって、本当にいるんだねぇ」
まながまじまじと赤鬼を見つめながら言う。
「だから、妖怪じゃないですって。この子は『霊体』。自分のもつ性質や能力、その他さまざまなものを総合して具象化された、霊体のルキくんです」
「ルキくん?」
「自分が名付けました。大切な相棒ですから」
なー、るっくん、と今城さんが赤鬼に向かって微笑む。目を弓のように弯曲させて満足そうに頷く赤鬼。るっくんねぇ……。
「……で、要するに今城さんの説明によると、その妖――霊体を使役して行なう競技が『霊球』ってこと?」
「言い方はちょっと引っかかりますけど、まあだいたい、そういうことです。使役っていうか、力を合わせて戦うって言ったほうが正しいっスかね」
「力を合わせて……」
それがどんな競技であれ、こんな逞しい肉体の赤鬼がひとりいれば、彼だけの力でなんとかなりそうな気もするけど。
「その霊体の鬼さんは、どうやって呼び出したの?」
まなが訊く。今城さんは「ほんと、なんにも知らないんスねぇ」と呆れたように首を振り、「これっスよ」と自身の手を軽く掲げてみせた。
「その数珠?」
「霊珠」
ピシャリと訂正される。ああ、さーせん。
「この霊珠が、体内に宿っている霊力を高めてくれるんです。その高まった霊力を一気に外に放出させる感じスかね」
なんとスピリチュアルな説明。実際に外に出た鬼の姿を見ていなかったら、なにか悪質な商売の騙りにしか聞こえない。
「その霊力は、修行とかで鍛えるの?」とまな。
「いえ、特に。さっきも言ったとおり、霊力っていうのは要するに、その人のもつ総合力みたいなもんですから。早稲栗先輩にだってありますよ、霊力」
「え、わたしにも?」
あ、これは。長い付き合いだからわかる。これはまなが興味を示したときの反応だ。そうなのだ、まなは元々こういうオカルトチックな話が嫌いじゃない。というかむしろ、好きなほうだ。「霊球部」の名を決める際、「零」と迷って結局「霊」の字を採用したのは、そういうまなの趣味が反映された部分もある。
「試しに、先輩の霊体も呼び出してみますか?」
「え、と……」
ちらりと視線を向けられる。どうぞ、という意味で手のひらを向ける。
「う、うん。やってみよう、かな」
「一応訊いておくけど、健康への悪影響とかはないんでしょうね?」
「もちろん。ほら、自分を見てください。こんなにピンピンしてますよ」
そう言って今城さんは、あたしに向かって両腕を頭の上に掲げてみせる。どうでもいいが、鬼も同じポーズをしていた。そしてまなに霊珠を手渡す。
「……どうすればいいの?」
「両手を合わせてしばらくじっとしていてください。体内の力が高まってきたなって感じたら、その手を外に向かって開くんです。こう、『出ろー』って感じで」
「……ん? あれ、念仏は?」
「念仏?」
「さっきなんか唱えてたじゃん。小声で、ぶつぶつと」
「あれは……まあ、雰囲気というか、ノリというか……」
今城さんは照れくさそうにショートカットの頭を掻く。なんだ、やっぱり電波……というか、中二病的精神の持ち主なんじゃないか。
「や、やってみるね」
手首に霊珠をつけたまなが、さっきの今城さんみたく両の手のひらを合わせる。目は開けたままだし念仏も唱えていない。でも顔は真剣だ。そしてさきほども感じたような、目に見えないオーラの波動のようなものを発しはじめた。まなが合わせた手を、外側に向かって開く。
「で、出ろー」
手首の霊珠が光った。さっきので慣れていたせいか、さほど眩しさは感じない。するとまなの手のひらから、白い光の筋のようなものが外に飛び出してきた。バチバチと音を立て、やがて光の筋はひとつの形を成す。
「こ、これが……」
まなが声を震わせる。現れたのは、子どもだった。全身でまなの膝より少し大きいくらいの背丈しかない、小さな子ども。寺のお坊さんが着るような法衣を身に着け、つるんとした坊主頭。そして顔には目が一つしかない。いわゆる――
「おー、一つ目小僧タイプですかぁ」
今城さんが顎に手を当て、品評するようにまなの霊体をじろじろと眺める。
「腕力には欠けますが、器用に立ち回れるのが特徴っスね。あと、浮くこともできます」
「浮く?」
あたしが訊き返すと、一つ目小僧はさっそく実践して見せてくれようとするかのように、その小さな体をふよふよと空中に漂わせた。そのまま、まなの顔の高さまで浮上していく。
「この子が、わたしの……」
「かわいい霊体っスね」
と、今城さん。そう、あたしも思った。いわゆる一つ目小僧のもつ独特な不気味さや邪悪さが、まなの霊体からはまるで感じられない。口から出た舌はべろんというよりちょろんと表現したくなる慎ましさだし、顔の中央にある目は小動物のそれのようにどことなく潤んできゅるきゅるしている。そう、なんだか不思議とかわいいのだ。
「よ、よろしく、ね」
まなが言うと、霊体はその大きな目をにっこりとさせ頷く。何をよろしくしたんだ。その一つ目小僧と今後一緒に生活していくつもりなのか。
――ん、そういえば、
「ねえ、そういう霊体って、どうやってしまうの? まさか、出たら出っぱなしってことはないよね?」
「『しまう』ってなんスか、物みたいに。簡単っスよ。体内に戻したいときは、そうお願いすれば戻ってくれます」
ありがとね、るっくん、いったん戻って。今城さんが赤鬼にそう言うと、赤鬼は頷き、やはり白い光の筋のようになって、今城さんの手のひらに吸い込まれるようにして消えた。部室が少し広くなったように感じる。




