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「は、速っ……」
まなと二人、ぽかんとした声が出る。学校から電車で二駅の市営運動場。名は町名から朧グラウンドと呼ばれている。コート内には咲と赤鬼、そして阿納辰樹とその霊体の虎がいた。いわゆる2On2の形だが、いま阿納からボールを受けた虎が赤鬼の一瞬の隙を突くように横を抜き去り、一気にゴール(もともと霊球用のコートではないので、ゴールには持参した平皿を置いている)まで駆け抜けていった。咲と赤鬼はまるで追い付かない。さすがは虎、というスピードだった。
「はぁ、はぁ、……な、なかなか、やるじゃん……」
咲が肩で息をしながら言う。体力自慢のこいつがこんな状態になるのは珍しい。相当、振り回されているようだ。
「フン。これで、もう結論は出たんじゃねえか? お前の見かけ倒しの霊体より、俺の霊体のほうが上だ」
「は、はぁ⁉ 調子に乗んなし! そもそも霊球はチームスポーツ。個人競技じゃないんだから、霊体単体同士で強さを比べ合うことに意味なんかないっての! 大事なのは、与えられたポジションのなかでどう動けるかなんだよ!」
その意味のないことをしようと言い出したのはお前なんだが、と思いはしたが、口には出さない。「な、なにぃ?」と、なぜか阿納には効いているようだし。
「いくら足が速くても、相手のディフェンスに囲まれたら終わり。実際の試合では、そんな自由に動かせてもらえないよ。いまから連係の練習するから、そこで見とれ!」
という流れの下に、そこからは部員三名とそれぞれの霊体でパスや連係プレーの練習を行なうこととなった。途中からは阿納も加わった。おかげで四対四のミニゲームも行なうことができた。
顧問もいないような自由な部活だが、阿納は熱心に練習に取り組んだ。そして結局、最後までいた。練習終わり、阿納があたしにいったのは、
「次の練習はいつだ?」
という言葉だった。「入部するの?」と訊くと頷き、「どのみち、なにかしら入ってなきゃいけないんだろ」とそっけなく答えた。言葉の調子とは裏腹に、表情は部室で初めて会ったときより明るく見えた。そしていつのまにか自分の虎に「シンタ」と名付けていた。
帰りの電車に汗まみれの運動着のまま乗るのは憚られるので、練習後の着替えは結局、グラウンド隅の古ぼけたトイレで済ませねばならない(そんな設備の運動場だからこそ、高校生の部活ごときが週四で借りられているという部分もある)。使用後のグラウンドの整備は、あたしたちが着替えている間に自分がやっておくと阿納が申し出てくれた。なんか、意外にいいやつだ。
「おう、そうしろ! そんなもんは当然、新入りの仕事だからな! しっかりやっておけよ!」
と偉そうにのたまう咲のほうが、いまやよっぽどロクでもないやつに見えた。
トイレの中は狭い。が、どうせこの時間ほかに利用者は来ないので気安さはある。
「それにしても、よかったね。阿納くん、入部してくれるみたいで」
と、ちょうど練習用のティーシャツを脱いだところのまなが言った。
「なに、みーちゃん?」
「……いや」
よもや奴の入部の目的はこれではあるまいな……。
首を傾げつつまなが続ける。
「阿納くん、見た目のわりにまじめそうだし、霊体のシンタくんもすごく足が速くて。ふたりとも、即戦力って感じだね」
「自分はまだ、あいつらのことを認めてないっス。同じ一年として、あの新入りたちが調子に乗らないよう、しっかり教育してやりますよ」
はは、と苦笑いで応える。しかし、そうか。あまり意識してこなかったけど、これまで咲は部内で唯一の一年生だったのか。同じ一年生として。咲が阿納に対してやたらとつっかかるのは、その感覚によるところもあるのかもしれない。
「ただ、まあ。戦力ってことでいえば、悔しいけど認めてやりますよ。特にあいつの霊体、さすがに四足獣型だけあってスピードはピカイチ。あいつ本人もけっこう動けるタイプみたいですし。ふたりとも、まだプレーはちょっと雑ですが」
たしかに、部室では「べつに」なんて言っていたけれど、阿納は特に運動が苦手ではないようだった。練習後それほど疲れた様子も見せていなかったので、けっこう体力もあるのかもしれない。足は特別速いとは思わなかったが。
……それにしても、〝戦力〟か、と自分の霊体のことが頭をよぎる。いまに始まったことではないのだけど、阿納の虎を交えての今日の練習中にあらためて思った。あたしの霊体――ヒューイは、やっぱり他のみんなの霊体に比べて戦力的価値が低いように思う。
霊体にも霊力はあるらしい。だからヒューイもボールを浮かすことはできる(自分の傍らに浮かす形になるので、遠目にはボールが二つ浮かんでいるような絵面になる)。パスは霊力を使って、ピンボールのようにボールを弾いて飛ばしているようだ。主人だからだろうか、ヒューイがそうしていることはなんとなく感覚的にわかる。だから一緒に霊球をプレーする上で最低限必要なことは一応、ひととおりできる。
けれど、ヒューイ固有の能力ということになると、そういうものは特にない。咲の赤鬼のような迫力やフィジカルの強さはないし、阿納の虎のようなスピードがあるわけでもない。唯一の取り柄といえば浮遊型であることだが、それだってまなの一つ目小僧と被るし、あいつのようなワープ能力は有していない。つまり、特別な強みがこれといってない。
強みについてはいったん置いておくとしても、個人的に気になっているのはパスの精度だ。前述のようなピンボールスタイルを採用しているからか、ヒューイのパスは若干、強さと精度にばらつきがある。今日やった四対四のミニゲームのなかでさえいつもよりそれを感じたのだから、実際の試合だとどうなるか。手足――いや浮遊型だから足はいらないとしても、せめて一つ目小僧のように手が使えればいいのだけど……。
「どうしたんスか、弥里先輩? ぼうっとしちゃって」
「え。ああ、いや、なんでもない」
まあ、ないものねだりしてもしかたがない。うまく工夫してカバーできないか考えていこう。とにかく最低限、試合でチームに迷惑がかからないように。
「ま、なんにせよこれで、いいフォーメーションが組めそうですね。次の大会はシンタと弥里先輩のツートップ、これで決まりです!」
「え、ちょっ、いまなんて?」
「ポジションの話ですよ。次の大会のフォワードは弥里先輩とシンタでいこうって言ったんです。新入りの加入でチームも八人になったし、霊体のタイプも増えて、これまでの枠に縛られない柔軟な編成が組めますからね。より攻撃的にいくなら、弥里先輩とシンタの下にもうひとり置くという案もありますが……」
「い、いや、だとしても、どうしてあたしなのよ? 虎はまあいいとして、もうひとりは咲か赤鬼……阿納くんでもいいじゃない。ポジションや、相手に対する慣れもあるし……」
いいや、と咲はきっぱり首を振る。
「るっくんは本来、フォワードよりディフェンス向きなんですよ。体の大きさとフィジカルの強さを活かせますからね。阿納はたしかに主人ですから、シンタとの相性はいいでしょう。でもあいつでは、シンタのスピードに合わせることはできません。ただ今日の練習を見ていたかぎりスタミナはありそうですから、あいつもディフェンスがいいかなと考えています」
「じゃあ、咲……」
「自分より、弥里先輩が適任です」
「な、どうし――」
「弥里先輩」
咲が、ずいと顔を近づける。
「先輩、普段、抜いて走ってるでしょう? 自分の目は誤魔化されませんよ。このあいだの練習試合の終盤、獣人に迫っていく弥里先輩の走りを見たとき、自分は度肝を抜かれました。あれが弥里先輩の、本当のスピードなんですね?」
「……」
返す言葉がない。たしかにあのとき、あたしは本気だった。勝ちたいと思って、敵にゴールに行かせまいと必死で。だからつい、全力が出た。
「あの走りを見ちゃったからにはもう、弥里先輩をディフェンスに置くなんてもったいないことはできませんよ! というわけで、シンタと弥里先輩、ふたりを中心とした新しいフォーメーションを考えます。その布陣で今度の県大会を見事勝ち抜いて、次のブロック大会への切符を手にしましょう!」
「え……県、大会……?」
「そうですよ。もー、弥里先輩、ちゃんと聞いてなかったんですか? 部室で言ったじゃないですか、今度の大会は公式大会だって。霊球は競技人口が少ないですからね、最初の大会がいきなり県大会なんです。だからそこで優勝すれば、次はブロック大会。そしてその次が全国大会です。いやあ、夢が広がりますね」
公式大会……たしかにそう言っていた。県大会、全国……沈めていた記憶が頭の中に映像となって浮かび上がる。
「弥里先輩? どうしたんですか、変な顔して。大丈夫、人の霊体と動きを合わせるのは初めは大変でしょうが、練習していくうちにすぐ慣れますよ。阿納本人に比べればシンタは聞き分けがよさそうでしたし、なにより、弥里先輩の走りを見れば、シンタも先輩をすぐに相方として認めてくれるでしょう。弥里先輩とシンタ、ふたりの韋駄天コンビを中心とした新フォーメーションに新戦術……いやあ、考えるのが楽しみっスねえ。明日の授業、なんだったかな……」
咲はまだなにか言っていたが、その声はまるで水中で聞いているかのようにぼやけてよく聞こえない。
そのなかで、「期待してますね、弥里先輩」という声だけが、やけにはっきりとクリアに聞こえた。




