3-3-2
「ちょっと、なに勝手にタイムアウトとろうとしてんの? 言っとくけど、何度言われてもポジション変更には賛成できないよ」
「弥里殿」
斎藤さんがあたしに向きなおる。
「弥里殿はこの試合、何のために戦っておられるのですか?」
「は? そりゃ……」
「私は、勝つためです」
「え」
斎藤さんは、指で頬を掻く仕草をする。
「初めてお会いしたときにも言いましたが、私生前、試合で勝ったことがないんですよ。ご存知のとおり、へたっぴですから」
そう言うと斎藤さんは、グラウンドにいる咲やまなたちのほうに目をやる。
「このチームは、よいチームです」
「……え?」
「今日の試合、相手の選手は明らかに、少なくとも一年以上の経験者です。それを相手にここまで戦えている。この間の大会だってそうです。このチームは、みなさんがご自分で思っている以上に強い。そしてきっと、これからもっと強くなるでしょう。私の存在は、いずれ邪魔になる」
「なっ、そんなことは――」
「弥里殿」
と、斎藤さんは再びあたしに向きなおる。
「弥里殿が私のために動いてくれていることはわかっています。その優しさ、深く身に沁みます。ですが私は、やっぱり勝ちたい。実力不足の私でも、そのために少しでも役に立てる場所があるならば、力になりたいのです。みなさんなら、このチームなら、勝てる可能性はまだあります。それが見えていながら、みすみすそのチャンスを逃すようなまねを、私はしたくありません」
「……」
斎藤さんはまっすぐにあたしを見据える。
勝ちたい。考えてみれば、当たり前のことだ。相手のいるスポーツで試合に臨む以上、まず頭に浮かぶのはそのこと。自分だってかつてはそうだったはずなのに、そんなことすら忘れていた。
「……あのー。結局、タイムアウトはとるんですか? とらないんですか?」
審判が斎藤さんに声をかける。
「ああ、すみません。ええと……」
「とります」
「……弥里殿?」
審判が腕で「T」のシグナルをつくり、ホイッスルを鳴らす。
センターラインを挟み、両チームの選手が向かい合う。自軍の先頭は咲と赤鬼。あたしからの距離は遠くなった。中盤にいるのはまなと一つ目小僧。あたしと斎藤さんは、その後ろ。
笛が鳴り、攻撃が始まる。前の四人でボールを運んでいく。が、まなの咲へのパスが通らない。カットしたティーシャツ男子が前にボールを投げる。
受けたのは茶髪。茶髪から白ケモへ。追い付き、回り込む。白ケモがパスを出した。灰ケモが受ける。フリーだ。しかし――
「ふおおぉぉぉぉぉ」
後ろから猛然と駆けてきた斎藤さんが、灰ケモの前に回り込む。フェイントをかけつつ、抜き去ろうとする灰ケモ。しかし抜けない。斎藤さんがよく対応している。敵からボールをカットするための守備練習。これもふたりで散々練習した。
その間に他の選手たちも追い付いてくる。一度ボールを戻そうと、灰ケモは後方の黒髪にパスを出す。
「ぴぃ!」
それを一つ目小僧がカットした。ワープだ。灰ケモが、しまった、というような顔をする。焦って河童のほうを見る余裕がなかったのだろう。
一つ目小僧からまなへ、まなから赤鬼へとボールが渡る。反対にこちらのカウンターだ。ゴール前のティーシャツ男子をかわし、赤鬼は力強く相手ゴールにシュートを決めた。
「ナイスゴール、るっくん!」
「ウォォ、ウォォォ――」
咲と赤鬼が声をかけ合う。あたしも彼らとタッチを交わし、それから自分の位置に向かう。
「ナイスディフェンスでした、弥里殿」
横を走る斎藤さんが言った。
「うん。斎藤さんも」
斎藤さんはニコッと笑って頷く。
各選手、位置につく。一点返した。でもまだ、十対十四。逆転するためには、ここから連続で得点していかなければならない。
ホイッスル。敵の攻撃が始まる。灰ケモから白ケモにボールが渡る。白ケモから茶髪、そしてまた灰ケモを介し、逆サイドの黒髪へ。
相変わらず、息の合った動きだ。咲やまなたちも懸命に喰らいついているけれど、敵の前線はじりじりと上がってくる。そしてまた逆サイドへの展開から、ディフェンスの空間が開けたところへ白ケモ子が抜け出した。抜かれたのは、あたしだ。
白ケモ子の背中が映る。瞬間、映像が頭の中に流れた。
このあいだの大会、三試合目の最後、あたしの横を駆け抜けていく相手チームの女子選手。あたしは追わない。追わないことを自ら選んだ。――でも、いまは、
「行かせるか、コルァァァァァッ――‼」
白ケモの背中を追う。差が詰まる。振り返った白ケモがあたしを見て、ヒェッ、というような顔をする。勢いになのかあたしの形相に対してなのか、気にしてなどいられない。
もう少しで追い付く。――と、思ったそのとき、堪りかねたように白ケモが灰ケモにパスを出した。ボールが灰ケモの手へと吸い込まれる直前、ニュッと横から別の白い腕が伸びた。白く細い手はがっちりとボールをつかみ、そのまま大きく振りかぶる。
「速攻ですぞっ!」
斎藤さんの声が響いた。
ボールは斎藤さんからまなへ、まなから赤鬼へ渡る。ティーシャツのディフェンスは一つ目小僧のワープでかわし、最終的にボールを受け取った咲が相手ゴールを陥れた。
「ぴぃ、ぴぃ」
咲と一つ目小僧がハイタッチを交わす。赤鬼とまなも駆け寄っていった。
「弥里殿」
振り向く。向けられた握り拳に、あたしも同じ形をつくって応じた。
「痛い」
ハハ、と斎藤さんが笑う。
走り、自分の位置につく。十一対十四。あと三点。いや、あと六点。
額の汗を拭う。爽やかな初夏の風を感じた。土の匂いがする。
ホイッスルの音が高らかに鳴り響いた。




