3-3-1
試合は進む。敵にカットされた咲のパスが黒髪から灰ケモ子に渡る。白ケモと交互にパスをしながら前へ。この試合、もう何度も見た敵の速攻パターンだ。
「待っ……、あっ」
ディフェンスをかわされ、慌てて追いかけようとしたまなの手が灰ケモの肩に触れてしまう。手からボールをこぼし、前によろめくような動きを見せる灰ケモ子。ホイッスル。まなにファウルが宣告された。
「ご、ごめんね。……大丈夫?」
心配そうに灰ケモに声をかけるまな。ファウルを判定された場所はペナルティエリア内。相手の霊操となる。
ゴール前に引かれた半円の線。この線の内側が、霊球のペナルティエリアだ。「霊操」はサッカーにおけるPKのようなもの。ゴールキーパーがいないという意味では、バスケのフリースローに近いかもしれない。とにかく相手は、誰にも邪魔されない状態で「シュート」を撃てる。
操者は茶髪のようだ。手前の地面に置いたボールに向かい、霊珠をつけた右手をかざす。するとボールがふわりと浮き上がり、宙を漂うようにゴールへと向かう。
霊操の「シューター」になれるのは人間プレーヤーのみ。霊珠をつけた手をかざすと、霊球のボールは宙に浮く。そしてラジコンのように遠隔操作することができる。ちなみに霊操の際の霊珠は普段とは別の、霊操用に特別に誂えられた霊珠を使用する。なんだか知らないが、びっくり技術だ。
茶髪の操るボールはまっすぐゴールに向かって飛ぶ。ラジコンのように、とは言ったが、実際にその霊珠でボールを「操縦」するのは実はかなり難しい。普通の霊珠で手のひらの上にボールを浮かす以上に精神力が必要で、ちょっとでも意識が逸れるとボールはすぐにコントロールを失う。霊操は浮かせたボールが一度でも地面に落ちたら失敗。それを衆人環視のなか行なうプレッシャーたるや。まだ実戦で一度もやったことのないあたしでも、想像に難くない。
その独特な緊張感のなかを、ボールはゆっくりと、しかし着実にゴールに向かって進んでいく。そして皿の上に静かに着地した。霊操、成功。相手の得点だ。
「ナイスゴール、由佳!」
茶髪の周りに集まる相手選手たち。これでスコアは八対十。逆転され、さらに一点を追加された。
ここで咲が、この試合二度目のタイムアウトをとった。
「ごめん、咲ちゃん、みんな。わたし……」
「大丈夫です、まな先輩。逆転はされましたが、まだ二点差。切り替えて、挽回していきましょう!」
咲が拳をぎゅっと握る。とはいえ、いまや流れは完全に相手。チームとしての実力差を考えても、ここからの再逆転はおそらく難しい。
あたしとしては、負けるのはべつにかまわない。個人的な目的が達成できれば。――と、
「咲殿」
斎藤さんが咲に声をかけた。
「一つ、意見を具申いたします。ポジションの変更を検討していただけないでしょうか」
「ポジション……、っスか?」
「はい。私と弥里殿を、ディフェンスに回していただきたいのです」
――は?
「ここまで、相手チームのオフェンスの中心はあの獣人ふたり。彼女たちを止めないことには、このままずるずるといってしまいます。メメのワープが見切られてしまったいま、カットからのカウンターを狙うより、まずはディフェンスをしっかり固めたほうが……」
「ちょっと待った!」
「み、弥里殿……?」
「い、いやいや、なんでそうなるのよ? むしろ逆でしょ。相手にリードを奪われちゃったわけだから、ディフェンスよりオフェンスに力を入れないと。一つ目小僧のワープカウンターだって、まだ使えるよ」
「いや、しかし……それはもはやリスクが大きすぎるように思うのです。ワープからのカットが失敗してしまうと、ディフェンスに穴が空いてしまいます。そうなると、まな殿お一人ではどうしても対処が難しくなってしまい――」
「逆転を狙うなら、リスクを恐れず立ち向かわないと。それに、敵は毎回、河童のほうを見ているわけじゃない。その余裕がないときもある。さっき八点目をとったときだって成功したんだし、カウンターは隙あらば狙っていくべきだよ」
斎藤さんの反論に、さらに反論を返す。タイムアウト終了の時間が近づく。
「と、とにかく、みなさん、切り替えていきましょう! これ以上離されないよう、まずは一点。この攻撃にしっかり集中しましょう!」
ホイッスルが鳴り、試合が再開される。
咲と赤鬼がボールを運ぶ。あたしも前へ。
……まったく、なんてことを言い出すんだ。ディフェンスに回る? そんなことをしたら、前線で活躍するチャンスがなくなってしまうじゃないか。いったい誰のために無理を言ってこのポジションに回してもらっていると思ってるんだ。
ここまでの得点の大半は咲と赤鬼。フォワードなのだから当然だ。しかし、このあたしですら一得点決めているというのに、同じく攻撃に絡めるポジションにいながらいまだノーゴールとはどういうことか。アシスト? そんなの数えてない。
もっとわかりやすく、派手に目立たなきゃだめなんだ。素早い動きで複数のマークをかいくぐってのゴールとか、遠距離から一気に走り込んできてのシュートとか。そういう目に見えた活躍をたくさんして、そしてわからせてやらなきゃいけない。あなたを傷つけた者に、あたし自身を含むあなたを侮っていた人間に、そして誰よりあなた自身に。言葉ではなく、本質的な気づきでもって。
咲からあたしにパスが渡る。だから――
「なんとかしろ、斎藤ぉぉーーーっ‼」
逆サイドにロングパスを出す。ディフェンスの動きはろくに見ていない。でももう、そこに投げる気にしかなれなかった。ボールが飛んでいく先に向かって走る斎藤さん。しかし間に合わない。ボールはティーシャツ男子の手に渡る。そこからの速攻、カウンター。相手にまた一点が入る。
「みーちゃん……」
まなが近くに立っていた。
「……ごめん」
眉を下げた顔に背を向け、自分の位置に戻る。
試合は相手優位のまま進んだ。灰ケモがチーム連続得点となるゴールを決める。これでスコアは九対十三。
「弥里殿」
斎藤さんが駆け寄ってくる。
「……やはり、ポジション変更をするべきです。我々はディフェンスに回りましょう」
「い、いやいや、大丈夫だって。このままでも逆転できるよ。こっから、こっから」
「弥里殿」
走り去ろうとするあたしの腕を斎藤さんが掴む。
「……弥里殿も、気づいているのでしょう? まな殿とメメでは、あの獣人たちのスピードに対応するのは困難です。でも弥里殿といまの私なら……」
「うるさいな」つい、鋭い声が出てしまう。「そういうことは、自分で一点でも得点してから言いなさいよ」
「弥里殿……」
呟くように言う声は背中で聞き流した。
ホイッスルが鳴る。ボールを持った咲が動き出す。
九対十三。勝敗なんてどうでもいい。あと四点。それを相手がとる間に、斎藤さんが一点でもゴールを決められればいい。負けたけど、惜しかったね。斎藤さんも今回は活躍してたね。そういう感じで終わればいい。
「速攻!」
敵の声が飛ぶ。咲の赤鬼へのパスがカットされたのだ。そこからは見飽きた流れ。ケモ子にボールが渡り、あっという間に得点を奪われた。九対十四。
「審判、タイムアウトを」
この試合、最後のタイムアウトを要求したのは斎藤さんだった。




