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レイキューブ!  作者: 坂井千秋
霊球部、新入部員を迎える
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1-1-1

 その日もあたしは部室に向かっていた。

 県立蔟井西(まぶいにし)高等学校、通称蔟西(まぶにし)。県内でも部活動が盛んなことで知られる高校。特別な事情のないかぎり、本高校に通う学生はみな何らかの部活動に所属することが義務とされている。

 放課後の部室棟は賑わいを見せる。ミーティングを行なう運動部のかけ声、演劇部部員による感情の乗った台詞合わせ、ディベート部による熱い激論。それらを尻目に、あたしは階段を下り、地階に向かう。

 部室棟地下一階。地上階とは打って変わって静寂が満ちる。かつてはここにもそれなりに部活動が入っていたらしいが、その後廃部になったり現在は活動が行なわれていなかったりして、いまはめっきり人を見ない。

 静まり返った廊下の最奥、「霊球部」と書かれた札の貼られたドアを開ける。

「あ、みーちゃん。授業おつかれ」

 部室には先にまなが来ていた。床に敷いた茣蓙の上で、いつものようにごろりと寝転んで漫画本を読んでいる。

「おつ」

 短く返事を返し、あたしもわきの本棚から読みかけの漫画を一冊取り出し、まなの隣に座る。

「みーちゃん、今日来るの遅かったね」

「購買でこれ買ってたから」

 と、来る途中に購買部で買ったスナック菓子を傍らに置く。

「おお、じゃがりこだぁ」

 もらっていい? と訊いてくるまなに首肯で答える。「やったぁ」とさっそく封を開けパクつきはじめるまな。小さな手で小さな口にせっせとじゃがりこを運ぶ姿は、リスかなにかの小動物を連想させる。じゃがりこ一箱でこれだけ幸福そうな顔になれるのは、世界中探しても彼女だけなんじゃないかと思う。

 早稲栗(わせぐり)まな。幼なじみ。三度の飯と三度を超える飯が好き。つまりは食べるのが好き。よく食べるわりに、身長は小学生のころからあまり成長していない。そしてどれだけ食べても太らない。羨ましい。その栄養はすべて、体の特定の部位に集まっているようだ。……羨ましい。

「みーちゃんも食べなよ。はい、あーん」

 まるで自分が買ってきたものであるかのように差し出されたじゃがりこを口で受け取る。旨い。いくら食べても太らないなら無限に食べるのに。「サラダ味」を名乗るのなら、含有カロリーもサラダ準拠であってほしい。

 手にした漫画本を開き、あたしもその場に横になる。地下なので日差しは届かないけれど、近ごろはずいぶん暖かくなってきてよい陽気だ。このまま昼寝を決めこんでもいいかもしれない。

 県立蔟井西高等学校霊球部の、これが日常の活動風景だ。もしこの光景を外から眺めている人がいたら、「で? きみたち、肝心の『霊球』とやらの活動はいつ始まるんだい?」などと思われるかもしれないが、生憎その機会は永遠にやってこない。

 というのも、そもそもこの世界に「霊球」なる競技、あるいは活動など存在しないからだ。霊球部は、放課後にだらだらと時間を過ごせる場所が欲しくて、あたしが作った架空の部活動。その際に部活に付ける名前が必要だったから、テキトーに名付けたのが「霊球部」だ。

 そんなわけなので、いまこの光景を外から眺めている人、もしいたらさっさとお帰りいただいてかまわない。このままこの部屋の様子を眺めていても、見られるのはこれといった特殊な能力・技能をもたないごく平均的な女子高校生二人が、茣蓙の上でじゃがりこをつまみながら退屈そうに漫画に読み耽っている姿だけだ。そんなもの見ていても時間の無駄。もし、普通のJKのそういう日常風景こそ見たいんだよぉ‼ という歪んだ性癖をおもちの方がいたら話は別だが、そんな変態はそれはそれで即刻お帰り願いたい。

 我が霊球部に、事件は起こらない。部創設を生徒会に申請した際、運動部なのか文化部なのか先方も悩んだのだろう、他部活動の部室エリアから離れたこんな僻地みたいな場所に設定された我々霊球部の部室は今日も平和そのものだ。遠く海の向こうでは、互いの利権を巡る戦争・紛争が日々苛烈さを増していると聞く。そんな国際情勢に微塵も思いを馳せることなく、あたしは今日もこの午後のひと時を、カロリーを気にせずじゃがりこを貪り食うようにいたずらに空費していく。ああ、怠惰って素晴らしい。

 などと薄い膜のかかったような頭でぼんやり考えつつ、もはや半開き状態の目をいままさに閉じようとした、そのときだった。

「――あれ?」

 まなの声に目を覚ます。

「どした?」

「いや、いまなんか、ノックの音がしたような……」

「まさか。うちの部に用のあるやつなんて、いないでしょ」

「……うん、そうだよね」

 釈然としない様子で首を傾げ、まなはドアから漫画に視線を戻す。――と、

 コン、コン、コン――

「やっぱり……」

「……ほんとだ」

 誰だ? 用務員の人が清掃に来たとか? ……いや、まだ部活動が行なわれているこんな時間に清掃が入ることなんてないか。だとしたら――

「すいませーん! 誰かいませんかー?」

 声が聞こえた。やけに溌溂とした、女の子の声。生徒だろうか。居留守を使ってもいいが、なにか緊急の用事なのかもしれない。漫画の読みかけのページを開いて伏せて置き、仕方なくドアのほうに向かう。

 ノブに手をかけようとした刹那、

「開けますよー」

 という宣言とほぼ同時に、ドアが勢いよく目の前で開かれた。いや開けるんかい、自分で。というツッコミをのみ込みつつ見ると、目の前にショートカットの女の子が立っていた。着ているのは制服。つまりうちの生徒。

「あの、なにか――」

「ここ、霊球部の部室で合ってますかっ⁉」

 見知らぬ女子生徒は前のめりに訊いてくる。「え、ああ、はい」と勢いに気圧されながら首を振ると、「わあ、本当にあるんだぁ」と嬉しそうに目をキラキラさせる。髪型も相まって、おもちゃ屋で楽しそうなゲームを見つけた少年のようだ。

「失礼します!」

「あ、ちょっ――」

 あたしの返事を待たずに、謎のボーイッシュ少女は部屋の中へと踏み入ってくる。なんなんださっきから。宣言さえすれば許可はいらないと思っているのか。

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