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霊球部の活動日は週に三日。週五を主張する咲と週一を主張するあたしの間をとるように、まなによって提案された日数だ。いまさらこちらから練習日を増やそうとは言い出しづらく、それ以外の週四日間をあたしは斎藤さんとの特訓に充てた。部活のない平日は学校が終わったら直接、休日はたいてい朝から。近ごろはすっかり、この公園の住人になりつつある。
斎藤さんは熱心に練習に取り組んだ。言い出しっぺのあたしが驚くほどに。走りの練習と並行して、霊球のプレー自体の練習も一緒に行なった。ネットや本で調べた知識を基に、実戦での動きや連係をふたりで確認する。
そんなこんなで、今日も今日とてあたしたちは、学校終わりにいつもの公園に練習に来ている。
「いきますよ、弥里殿」
うん、とあたしは頷きを返す。斎藤さんがスタートの構えから、一気にこちらに向かって駆け込んでくる。あたしの立っている位置を少し過ぎたあたりで斎藤さんは止まり、こちらを振り返る。
「どうですかっ、弥里殿⁉」
「うん、いい感じ。フォームも綺麗だし、すごく速くなったよ、斎藤さん」
おほぉー! と、斎藤さんは嬉しそうに飛び跳ねる。チーターでしたか、と訊かれたので、チーターではない、と答えた。
「いやあ、まさか自分がこれほど速く走れるようになるとは。これも弥里殿のご指導の賜物ですな。心より感謝いたします」
「斎藤さん自身の努力の結果だよ」
「いやいや、そんな。……ところで弥里殿。事情から、咲殿に声をかけづらいのはなんとなくわかるのですが、仲のよろしいまな殿にも私との特訓のことを黙っているのはどうしてです? せっかくなら、彼女とメメもここで一緒に練習したほうが、チーム力アップに繋がると思うのですが。弥里殿に教われば、まな殿もいまよりずっと足が速くなると思いますし」
「まなは……まあ、あの子にもいろいろと自分の予定があるだろうし……」
我ながら歯切れの悪い回答になる。斎藤さんは気にしない様子で「まあ、そうですな」とただ頷いた。
「とにかく、弥里殿のおかげでこの不肖斎藤、大いにパワーアップすることができました! 二日後の練習試合では、必ずや活躍してご覧に入れましょう! 期待していてください、弥里殿!」
「期待……」ぽつりと、言葉がこぼれる。
「どうなさいました、弥里殿?」
「ああ、いや……」
言いよどみ、しばしさまよった視線を、ちらと斎藤さんのほうに戻す。
「……斎藤さんは、その、怖くないの? 期待、とかされてさ。もし駄目だったら、とか、うまくいかなかったら、とか考えちゃったり、しない……?」
あたしのほうを見ながら、斎藤さんは少しの間、黙る。そして、「ふむ」と小さく呟いてから言った。
「めっっっっさ、こわいですなっ」
「そ、そうなんだ……」
そりゃもう、と斎藤さんは握った拳を上下に振る。と、その拳をゆるく開いて、だらりと横に垂らした。
「ですが、それでも私は誰かに期待していてほしいと思っています。それに応えたいという気持ちが努力する活力になるからです。もし誰も期待してくれなかったとしても、少なくとも私自身は、いつだって私に期待していたい。自分の自分自身への期待を裏切らないために、頑張ろうと思えますから」
「自分の期待……」
「ええ。もちろん、思うようにいかなかったり、望んだのと違う結果になってしまうこともあります。でも、それを恐れていては成長もできません。人は前に進もうとするかぎり、恐怖から切り離されて生きていくことはできないのです。向き合うべきものから、目を背けたままではね」
「……」
おっと、と斎藤さんは、ふと何かに気が付いたように声の調子を変える。
「いやぁ、すみません。なんだか偉そうなことをべらべらと。歳をとると、どうにもお喋りになってしまっていけません。いま言ったことはただの年寄りのひとりごとです。聞き流してください」
アハハ、と斎藤さんは軽やかに笑う。
「……斎藤さんって、いくつなの?」
「やや! 弥里殿、死者に歳を訊くのはマナー違反ですぞ」
今度はホホホ、と変な笑い方をして、「もう一度走りますので、見ていてください」と斎藤さんはいつものスタート位置に向かって駆けていく。
その後ろ姿がなんだかいつもより逞しく見えたのは、この数週間で改善された走り方だけのせいではないような気がした。




