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町外れにある公園。内のグラウンド。駅から遠く、アクセスも良いとは言えない。園内に遊具は少なく、特別見どころと呼べるようなものもこれといって存在しない。
あるのはこの、ひたすらにだだっ広い土のグラウンドのみ。
あたしはその一角に立ち、己の両手のひらを合わせた。外に向け、開く。
「おや、弥里殿」
白い光とともに、斎藤さんが姿を現す。
「どうなさいました? 今日は霊球部の活動、休みのはずでは?」
と、斎藤さんが周囲をきょろきょろと見回す。
「ここは……?」
「斎藤さん」
「はい」
「特訓しよう」
「と、特訓?」
斎藤さんは目をパチクリさせて(目玉があればそうしていただろう表情で)あたしを見る。
「特訓……というと、霊球の、ですかな? どうしてまた?」
「三週間後の日曜、咲が吾梁高校ってところとの練習試合をとりつけた。それに向けて、ふたりで特訓しよう」
「はあ」
斎藤さんはぽかんとしたように口を開ける。が、すぐに開いた口をカチッと閉めなおすと、
「練習試合……わかりました。やりましょう、弥里殿」
と拳をぎゅっと握って言った。
「斎藤さん待った、頭が下がりすぎてる。それだと軸がぶれちゃうから、もう少し頭を上に上げて。……いや、それだと顎が出すぎ。こう、真っ直ぐ、上から遠くを見下ろすような感じで」
「こ、こうですか?」
「そうそう。その姿勢を崩さないように。頭から踵まで、一本の鉄の棒が入っているつもりで。それと、あまり地面を蹴ろうとしちゃダメ。それだと滑っちゃってかえって前に進まなくなるから。地面は『蹴る』じゃなくて、下に向かって強く『踏みつける』イメージで。もう一度、向こうから走ってきてみて」
わかりました、と返事をし、再びグラウンドの数十メートル先まで戻っていく斎藤さん。スタートを切り、駆けてくる。呼び止め、またアドバイスを送る。適宜、実践も交えながらそれを繰り返す。
ここを走るのはいつぶりだろう。不便な立地と公園としての魅力の少なさからいつも人が少なく、自主トレの場としてよく利用していた。数年経ってもなお、その環境は変わっていない。取り壊されていなくてよかった。
「ふおおおぉぉぉぉ」
と妙な叫び声を上げながら斎藤さんが駆けてくる。
「はあ、はあ……どうですか、弥里殿」
「うん、だんだん良くなってきてる。あとは、足のバネをうまく使って、地面から受ける力を前に流すようにする感覚をつかめると、さらに速くなると思うよ」
「なるほど……わかりました、やってみます!」
「あ、待って。その前に一度、休憩を挟もう」
特訓を始めてから、そろそろ二時間が経過しようとしていた。
園内のベンチに、斎藤さんと並んで腰を下ろす。近くの自販機で買ってきた缶飲料のプルタブを起こす。前に、成分表示に目をやった。
「どうしました?」
「え? ……ああ、癖なの。気にしないで」
あたしたちがいまいるのは、園内でも比較的緑の多いエリア。さやさやと心地よい風が木々の枝葉を揺らす。どこからか、鳥の鳴く声が聞こえてくる。
「のどかで、よい公園ですなぁ」
「もう少し駅から近いと、助かるんだけどね」
ただ、それだときっといまより来園客が増えてしまう。アクセスの良さをとるか静かな環境をとるか。悩んでみたところで自分に決定権はない。
飲み物を一口飲んでから、言った。
「ごめんね、このあいだ」
「――はて、」斎藤さんが、カクンと首を傾げる。「なんのことですかな?」
「大会のあと、咲にいろいろ言われたでしょ。下手くそだとか、……ほかにも」
「ああ。ですが、咲殿はあのあとすぐに謝ってくれたではないですか。それに、言い方はともかく、言われた内容自体は間違いではないですし……」
たしかに、あの日家に帰ったあとすぐに咲から謝罪の電話があった。試合に負けた悔しさで冷静さを失い、ひどいことを言ってしまった、どうか許してほしい、と電話越しでもよくわかるほど反省した声で。翌日にはわざわざあたしのクラスまでやってきて、直接頭を下げられた。
「ですから、私はもう気にしていません。むしろあのときにも言ったとおり、自分の至らない点をはっきり明示してくれたことに感謝しているくらいですよ。……というか、そのことでなぜ、弥里殿が私に謝るのです?」
「……だって、本来あの場で咲に責められるべき人間はあたし一人のはずだったから。まさか斎藤さんにまで飛び火するなんて……あたしの見通しが甘かったせいで、斎藤さんを傷つけてしまった……」
「はは。いやまあ、元はと言えば、私が下手くそなのが悪いのですから」
「でも、このままそう思われたまま終わったら悔しいじゃない。……あんなひどいことまで言われて」
「ひどいこと?」
「あ、いや……」
斎藤さんは小さく首を傾げ、それからふと思い付いたように、
「……ひょっとして、それで今日の特訓に繋がるのですか? 今度の練習試合で私に活躍させようと?」
「……まぁ」と、あたしは頷く。
斎藤さんはきょとんとした顔であたしを見る。そしてふいに、声を上げて笑い出した。
「わ、笑うことじゃ……」
「いや、すみません。はは、なるほど、そういうことでしたか。弥里殿は優しい方ですね」
「べつに……ただ、斎藤さんに申し訳なくて……」
斎藤さんはまた少しの間あたしを見つめたあと、よっ、と勢いをつけるようにして立ち上がった。
「よーし。そうとわかれば、ますます気合が入るというものです。弥里殿、特訓を再開しましょう! 私、チーターのように速く走れるようになってみせますよ!」
「いや、さすがにそこまでは――」
あたしが言い終わらないうちに、斎藤さんはグラウンドに向かって駆け出す。が、途中で石につまずき盛大に転んだ。
チーターへの道のりは遠そうだ。




