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01

「うっわぁ……早ぇ……」


 放課後のカフェテリアは、双輪試走の余韻でざわめいていた。先輩たちにも今回の結果が知られると、早速利玖から私の菊理に連絡が来た。


 “可愛い妹を祝う会”と称して、私と詩乃ちゃんペア、カナタと拓斗ペア、優ちゃんと玲央くんペアをカフェに呼んでくれたけど、結局は歴代一位を取られたことの恨み辛みを思い切り語る場になったようだ。


 今利玖は、魔械板(マギアパッド)に映る私と詩乃ちゃんの迷宮コースを走行している映像を見て、驚嘆している。


「在学中は死守したかったなぁ……!」


 利玖は眉を吊り上げて悔しそうに魔械板(マギアパッド)をテーブルに置くと、椅子の背もたれに寄りかかり少し炭酸の抜けたコーラを飲む。


 その横顔を見て、私は飲んでいるミルクティーを吹き出しそうになった。口では悔しがっているけど、目元に笑みが見え隠れして、完全に面白がっているのがバレバレだった。


「ま、仕方ないわよ。優秀な後輩ができたことに喜びましょう」


 すぐ隣のテーブルにいる瑛梨香先輩がそう返すと、利玖は目を見開き、驚いた顔になった後、すぐに納得したように笑う。口では文句を言いながらも、心のどこかで喜んでくれているのかもしれない。


「さすが、お姉様っ!」


「優も、とてもカッコよかったわよ。……途中、イライラしてたわね」


 瑛梨香先輩の言葉に、優ちゃんは小さく肩を落とす。ヘナヘナと萎んでいく様子に、私の胸の奥が熱くなる。


 自分の弱さを認めるなんて、簡単なことじゃない。未熟さを素直に認めるその姿勢は、確かにカッコよかった。


 一方、涙先輩はカナタの創駆が映る魔械板(マギアパッド)の映像に夢中になっていた。目の奥には興奮と真剣さが混ざり、齧り付くように見入る姿は、さすがメカニック志望と唸らされる。


 その隣で、詩乃ちゃんが涙先輩と魔械板(マギアパッド)の映像を交互に見ている。肩は少し緊張していて、両手をギュッと握って膝の上に置いている。


 話しかけたい気持ちはあるのに、今はそれを抑えて自分を律しているようだ。その表情を見て、私も思わず肩の力が抜ける。互いの気持ちを察しながら、少しだけ微笑む。


 教室や試走の緊張感がまだ残る中、カフェにはほのかな安堵と、みんなで分かち合う温かさがゆっくりと流れていた。


「オウ様のコース、今までよりも簡単だな。大抵ここで躓くペアが多いのに、今回は結構突破されてるのな」


 利玖が腕を組んで魔械板(マギアパッド)を見ながら、珍しそうな声を上げた。その声音には、尊敬と意外性、そしてほんの少しの皮肉が混じっている。


 オウ様の作るコースは、いつだって容赦がなかったらしい。これでもかというほどの難問を繰り出し、挑む者の限界を、執拗なまでに試してきた。


 利玖もその洗礼を受けた一人。利玖の双輪試走では、瑛梨香先輩と協力して、何とか課題を突破していったという。


 毎年更新される問題を見る度に、舌を巻いたらしい。


 だからこそ、今回の易しさが、利玖にはどうにも引っかかって仕方がないみたい。


「そんなに難しいの?」


「すんげぇ、むずい。まず、莉愛には無理」


 きっぱりと言い切る利玖に、私は思わず少しムッとする。


(確かに、私の力で突破してないけど……)


 頭の奥にあの時聞こえた声が蘇る。あの声がなかったら、私たちは絶対突破できなかったはず。あの時のことを思い出すと、胸の奥がギュッと熱くなる。


『じゃあ、今回の難問枠は薬苑コースだったんだ』


「そうなるな。カナタ、ほぼノンストップだったなっ」


 利玖は笑いながら、その時のカナタの表情や動きを思い出しているようだった。その口元の微笑みを見ていると、利玖自身もつい興奮が抑えきれないんだろうな、と分かる。


『まぁね』


 カナタはいつものように、肩をすくめながら利玖に軽口で返す。


 私の胸に、ほんの少しの誇らしさがふわりと広がった。あの創駆に乗るカナタを思い出すだけで、自然と心が温かくなる。


「問題枠はタイム関係ないから、カナタたちに記録更新されることはなかったなっ。迎撃コースは危なかったー!」


 カナタと拓斗の作戦を持ってしても、迎撃コースの記録は利玖と瑛梨香先輩に届かなかった。拓斗の触れたものも壊してしまう聴護環よりも、瑛梨香先輩の素早い反応で繰り広げられる触裂撃が上手だった。


「霧幻コースも強行突破だったし、二人共、結構ガンガン行くタイプなんだなっ! 相性いいじゃん」


 カナタの顔は「知ってる」と言った様子で、対照的に、拓斗は口を結んで少し目を逸らし、照れた様子だった。


(利玖は、初等部の頃のふたりを知らないからなぁ……)


 私は心の中で、静かに息を吐く。今のカナタと拓斗のコンビネーションがどれほど特別なものか、言葉では到底伝えられない。


 でも、あの頃の(わだかま)りを知っている私にとっては、ふたりが協力して一つのことを成し遂げる姿は、ただただ胸を熱くさせる光景だった。


「て言うか、そうだよ。拓斗くんの最後のあれ、『旋律魔力伝導魔法』だろ? 楽器でやるのが定石なのに、よく歌でできたな」


 先輩の言葉に、拓斗の肩が一瞬ピクッと震えたのが分かる。普段はあんなに落ち着いているのに、こうして褒められると、体のどこかがぎこちなく反応してしまうみたい。


「まぁ……応用しただけですけど……ありがとうございます」


 声は控えめで、でも丁寧。言葉の端々に照れが滲んでいるのが、私たちにも伝わってくる。普段はぶっきらぼうに振る舞う拓斗が、初めて先輩に褒められ、素直に感謝の気持ちを返している。


 その様子を見て、周囲の空気も少し柔らかくなる。先輩たちの目が優しくなるのが分かり、拓斗は一瞬戸惑いながらも、胸の奥にほんの小さな誇らしさを感じているようだった。


 私もそっと笑みを溢す。普段見せない、拓斗の素直な一面に、少し胸が温かくなる。


「利玖先輩っ! 俺どうでしたっ!?」


 玲央くんが勢いよく身を乗り出して尋ねた。目がキラキラしていて、私はまたブンブン振り回している尻尾が見えた気がした。


「玲央すごいじゃんっ! あぁ言う状況だと、あんな感じになるんだなっ。さすが睦月寮っ」


 利玖は笑いながら、玲央くんの肩をポンッ、ポンッと軽く叩く。そのリズムが何だか兄貴分っぽくて、玲央くんは誇らしげに胸を張りながら、ニッと笑った。


 その笑顔には、心の底から“認められた”っていう喜びが滲んでいる。


「そうだ、睦月寮ってどんな人たちの集まりなの?」


 私は、前から気になっていたことを思い出して、カップに入っている少し冷めたミルクティーを口にしながら利玖に尋ねた。


「まぁ、一言で言っちまうと『リーダー気質』。誰かに続くより、自分が先に進むような人たちかな」


「おー! 確かに利玖と玲央くんっぽいっ!」


 風紀委員をやってる玲央くんと、生徒会副会長で緋統府を目指して奮闘している利玖。


 ——確かにその通り。ふたりはいつも誰かの先を走ってる。周りがついて来なくても、自分の信じる道を突き進む人だ。


「て言うか、カナタ如月寮なのなっ!」


 急に思い出したように利玖が身を乗り出す。カナタは少し瞬きをして、相変わらず落ち着いた様子で利玖を見返した。


「超意外。絶対卯月寮か、文月寮だと思ってたのに」


 その言葉に、カナタは視線を少し下げる。でも落ち込んでるようには見えなかった。ただ、自分の中の何かを静かに探しているような、そんな沈黙。


 カナタの横顔には、どこか“理解されにくい人間”の孤独みたいなものが滲んでいて、胸が少しだけ痛んだ。


「利玖、分かってないなぁ! カナタは如月寮だよっ! 全然意外じゃないっ!」


 私は思わずムキになって言い返していた。フンッ、と鼻を鳴らすと、利玖が一瞬キョトンとする。


 ——カナタは誰よりも優しい。だからこそ、如月寮なんだ。誰かの痛みに気付ける優しさは、カナタの中にちゃんと根付いてる。


「えー……『真面目』か『研究者』タイプだと思ったんだけどなぁ」


 利玖が頬杖をつきながら、カナタを観察するように眺める。どうやら卯月寮は“真面目”な人たちの集まりで、文月寮は“研究者”気質人たちの集まりみたい。


「えっ! じゃあ葉月寮は? 拓斗が葉月寮なんだよっ」


「おー! さすがだなぁ。葉月寮は『統率者』。行動力と責任感があって、成功へ導く人たちかな。まさに、双輪試走のあの場面のようななっ!」


 利玖は心から感心したように笑って、拓斗に視線を向けた。


 褒められ慣れていないのか、拓斗はテーブルに肘をつき、口元を手で隠しながら、少しだけ俯いた。耳の先までほんのり赤い。


(今まで、こんなふうに他人から褒められることなんて、なかったのかな?)


 そんなふうに思った瞬間、胸の奥がキュッと締めつけられる。


 ——カナタも拓斗も、きっとこれから少しずつ、誰かに“認められる”ことを知っていくんだ。


 そう思うと、何だかこの放課後のカフェが、いつもよりずっと温かく感じた。

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