捨てられたもの——選ばれる真実
「……器物損壊って、何を壊したっていうの?」
利玖が眉を寄せて、
静かに問いかける。
その声の奥には、
僅かに苛立ちが滲んでいた。
真耶はすぐには答えなかった。
司の首にしがみついたまま視線を落とし、
ひとつ息を整える。
そして――
カナタの方へ振り向いた。
「……カナタ。この件は、うちから言うべきじゃないと思う」
優しい声。
でも、逃げ道はない。
司も振り返り、
黙って頷く。
カナタは一瞬だけ私と目を合わせると、
ゆっくりと教室全体を見渡した。
視線が集まる中、
最後に拓斗の方を見る。
拓斗は肩をすくめて、
少しだけ視線を逸らした。
それを見て、
カナタは小さく息を吸う。
チョーカーから、
ため息のような空気が漏れた。
『……僕らの、魔械創駆が……本番の三日前に壊されました』
「えっ……?」
空気が揺れた。
ざわめきが一気に広がり、
耳の奥が痺れる。
誰もが信じられない、という顔をしていた。
(……そうだ)
カナタの創駆。
いつの間にか形が変わっていた。
利玖のバイクみたいな機体だったのに、
本番では、
まるでお鍋のような円盤型に。
(……壊されてたんだ)
「それ、先生方には報告してないのか?」
学先輩の低い声。
カナタは僅かに首を横に振った。
『してません』
「……どうして言わなかったんだ?」
利玖の声は静かだった。
でも、それが逆に重い。
カナタは答えない。
ただ、真っ直ぐに利玖を見る。
利玖はため息を吐き、
髪をぐしゃっと掻き上げた。
「……あー、また仕事増えたじゃん……」
ぼそり、とした呟き。
張り詰めていた空気が、
ほんの少しだけゆるむ。
「本番三日前って、一週間前だよな。……報告書、作るべきか?」
「正式に扱うなら必要だが……微妙な時期だな」
学先輩が呟いた。
「はぁ……」
利玖が大きく息を吐く。
「二人とも、明日は居残り確定な。また後で来るから、先に帰るなよ」
軽い口調。
でも、それは確かな“決定”だった。
カナタと拓斗は、静かに頷く。
利玖と学先輩が男子を連れて教室を出ようとした。
そのとき――
『……ねぇ』
カナタの声。
小さいのに、空気を止める。
足が止まる。
『莉愛のハンカチとタオル……どこにやったの』
機械混じりの声には、
はっきりと怒りがあった。
男子は鼻で笑う。
「……捨てたけど?」
――その瞬間。
何かが、凍りついた。
頭が真っ白になる。
孔雀色の絹のハンカチ。
お母さんがくれた、大切なもの。
それが――
“何でもないものみたいに”捨てられた。
視界が滲む。
音が遠くなる。
みんなが、クラスメイトが、
何か怒鳴っているみたい。
でも、届かない。
ただ――
苦しくて。
悲しくて。
悔しかった。
『……莉愛』
背中に触れる温もり。
顔を上げると、
利玖たちはもう教室にいなかった。
カナタと目が合う。
優しい目。
でも、その奥が痛そうで。
「あ……っ」
その瞬間。
堪えていたものが、切れた。
唇を噛んでも、
涙は止まらない。
袖で隠そうとした瞬間――
ぽたり、と零れた。
止まらなかった。
「莉愛さん……大丈夫?」
「あいつ最低だろ!」
「泣かないで……」
みんなの声。
誰かが寄ってくる。
誰かが怒る。
誰かがハンカチを差し出す。
優しさが、胸に染みる。
「……ありがとう」
やっと絞り出した声。
「莉愛〜、泣かないで〜」
司が近づく。
真耶を背負ったまま。
真耶は詩乃ちゃんへ振り返った。
「……詩乃も、ごめんね。怖がらせちゃったね」
「えっ……なんで、真耶が謝るの……?」
小さなざわめき。
「今回の件さ」
真耶が続ける。
「莉愛の菊理の魔力反応調べれば、一発で分かったんだよ」
「あ……」
確かに、そうだ。
「でも、やらなかった」
真耶の声が少しだけ低くなる。
「じわじわ追い詰める方法、選んだ」
「どうして……?」
思わず聞く。
「……だって――」
「「ムカつくじゃんっ!!」」
真耶と司の声が同時に飛び出した。
空気が弾けた。
「犯人なんて、最初から分かってたよ!? でもさぁ――」
真耶が一気にまくし立てる。
「やり方がお粗末すぎるし、最後は運任せ!」
「しかもその運も使えてない! 超お粗末!!」
怒りと悔しさ。
「だから少しいじめてやろうと思ったの!」
「でも危なくなったら止めるつもりだった!」
司の背中で、ぷんすかしている真耶。
「偉い偉い」
司が笑うと、空気が少しゆるむ。
(……守ってくれてたんだ)
だから真耶は、
推理しながら教室を
よく見回していたんだ。
みんなを守るために。
胸が温かくなる。
「魔法無断使用まで行きたかったけど、沸点低すぎて無理だったわ」
小さな笑い。
「そうだっ、どうして無断使用ってわかったの?」
真耶は司の頭に顎を乗せたまま答える。
「あいつ、どうしてもカナタを犯人にしたかったんだよ」
「だからギリギリまで粘ってた」
私はちらりとカナタを見る。
何も言わず、ただ聞いている。
「で、気になった。いつ、どうやって入れたか」
「昼休みか、ホームルーム中」
「視覚魔法の、認識阻害とかじゃないかな?」
「他の可能性もあるけど、そこは調べたかったな」
司におぶわれながら
楽しそうに腕を組む。
そして、ふと。
「ていうか!」
勢いよく顔を上げる。
「拓斗! 何で小指に気づいたの!?」
読んでくださり、ありがとうございます。
守られていたもの。
壊されたもの。
そして、捨てられたもの。
“物”以上に、
心に残るものがあった回でした。
次は、この事件の最後のピースです。




