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「はぁ……楽しかった。……はい、カナタ」


 笑いの余韻を引きずったまま、晶くんは私と繋いでいた手をカナタへ差し出した。


『! 大丈夫?』


 カナタは一瞬の戸惑いも見せず、すぐに私の手を取ってくれる。その生身の温もりが義手とは違って柔らかくて、思わず胸がドキッとした。


「うん、ありがとう。」


 照れ隠しに笑ってみせると、晶くんが軽く肩をすくめた。


「ここまで歩けたけど……転びかけたから、一応座らせてあげて」


 何気ない調子のその言葉に、カナタは目を見開く。


『!? 転んだの?』


 驚きが隠せない声に、少しだけ驚いた。まるで私が傷でも負ったかのように心配してくれる。そんな反応を見て、晶くんはやれやれとでも言うように首を振った。


「“転びかけた”だよ。大丈夫。……俺がしっかり()()()()たから」


 わざとらしく区切るように、後半だけ声にいたずらっぽい抑揚をのせてニヤリと笑う晶くんの視線が、カナタに突き刺さる。


『っ!?』


 カナタは言葉を詰まらせ、僅かに眉をひそめた。その反応を見て、晶くんはさらに楽しそうに口角を上げる。まるで揶揄いの標的を見つけた子供みたいに。


 私はそのやり取りを見つめながら、胸の奥がざわつくのを感じていた。2人の間に流れる空気は、私だけが知らない何かを含んでいるようだった。


「……拓斗くん、歩ける? 私の肩に掴まる?」


 詩乃ちゃんが心配そうに身を寄せ、拓斗の腕を支えながら尋ねた。


「あぁ……悪りぃ、少しだけ貸してくれ」


「うんっ、掴まってっ」


 詩乃ちゃんは、手を置きやすいように自分の肩を差し出すと、拓斗はその肩に手を乗せた。ふたりの背中が並んだ瞬間、どこかホッとした空気が漂った。


「……晶、ありがとな」


「いいえっ、お大事に〜」


 拓斗が振り向きお礼を言うと、晶くんはヒラヒラと手を振り答えた。軽やかに答える姿が、場を柔らかくしてくれる。


 詩乃ちゃんはチラッと晶くんを見た後、そのまま拓斗のためにゆっくりと作業机と椅子の方へ歩いて行った。


「それじゃあ、俺も相方のところに行ってくるよ。莉愛ちゃん、カナタ、またね」


 そう言って私とカナタにも、ヒラヒラと手を振る晶くん。私は空いている左の義手を振って応えた。


「うんっ、今日はありがとっ」


 自然と笑顔になれた。晶くんはそれを見て、柔らかく微笑むと、軽い足取りで工房を出ていった。


 その背中が完全に見えなくなると、隣のカナタが小さく溜息を吐く。その音がチョーカーから響いた。


『……莉愛、フラつきは大丈夫?』


 覗き込むような視線。真っ直ぐ過ぎて、少しだけ照れくさい。私は心配を和らげるように、できるだけ明るい声で答えた。


「うんっ、大丈夫。もうフラつかないよ」


 その言葉に、カナタの表情がふっと緩む。眉尻が下がって、安心が滲み出す。自分の心配が無駄じゃなかったみたいに。


『取り敢えず、詩乃ちゃんのところで座ろうか』


「うんっ」


 カナタは、晶くんから受け取った私の手を握り、ゆっくりと歩いてくれる。もう一人で歩けるけど、支えられることに甘えて、わざとカナタの速度に合わせて歩いた。


 カナタの手の温かさと優しさに、胸の奥が小さく跳ねた。何がそんなに嬉しいのか、自分でも説明できない。


 ただ、理由なんてなくても、笑い出したくなるくらい心が弾んで、嬉しくて仕方がなかった。


 私は気付けば、繋いだ手をギュッと握っていた。


 そんな胸の高鳴りを味わっているうちに、私たちは詩乃ちゃんが作業していた机へ辿り着いた。カナタはその机の横に並ぶ椅子を軽く引き、私を座らせてくれる。


「ここに座ってて。詩乃ちゃんが来てくれるからね」


「うんっ、ありがとう」


 頷いて答えたけど、カナタは離れていかなかった。詩乃ちゃんが戻ってくるまで、作業机に寄りかかりながらその場に残ってくれた。


『どんな練習をしたの?』


魔械(マギア)って、意外と面白いんだよ』


 そんな風に、何でもない話をしてくれる。その声は落ち着いているのに、不思議と私の心をふわりと浮かせてしまう。


 私はまた、胸の奥が小さく跳ねるみたいに高鳴った。


(何でだろう……?)


 自分でも理由が分からない。ただ、カナタが隣にいる。それだけでどうしようもなく嬉しくて、くすぐったい。


「莉愛ちゃんっ、お待たせー!」


 カナタと話していたら、向こうから詩乃ちゃんが小走りで来てくれた。頬を少し赤らめて息を弾ませながらも、ニコニコと笑っている。


「拓斗くんとお喋りしてたら遅くなっちゃったっ! カナタくん、莉愛ちゃんのことありがとう!」


『いいえ』


 カナタは、机に寄りかかった体勢からゆっくりと立ち上がると、私に向き直った。その横顔がどこか名残惜しそうに見えた気がする。


『それじゃあ、戻るね。無理しないでね』


「うんっ、分かった」


 私はそう言ってカナタに手を振った。胸の奥が少しだけキュッと縮む。


 さっきまで隣にいてくれた温もりが、離れていくのが寂しかった。だけど、その寂しさを隠すように、私はいつも通りの笑顔を作る。


 カナタも軽く手を振り返すと、もう振り向くことなく自分の作業場へ戻っていった。


「莉愛ちゃんは、まだフラフラする? 拓斗くんは辛そうだったね……」


 詩乃ちゃんが心配そうに覗き込んでくれる。瞳の奥に浮かぶ気遣いの色が、胸の奥をじんわり温めた。


「私は大分良くなったよっ。拓斗は……そうだね。頑張り過ぎちゃったのかな……」


 言葉にしながら、先ほどの拓斗の青白い顔を思い出す。無理をしてでも前に進もうとする姿勢は立派だけど、やっぱり心配で仕方がなかった。


「そっかぁ……」


 詩乃ちゃんは小さく頷いて、まだ不安そうに拓斗のいる方へ視線をやった。その横顔に映る優しさが、何だか眩しく感じられた。


 すると詩乃ちゃんは、ふと何かに気付いたように目を見開き、ハッとした顔で私に向き直った。


「ねぇねぇ、莉愛ちゃんっ。晶くん、何か雰囲気変わった?」


 その声は弾んでいて、少し探るようでありながら、どこか嬉しそうな色を含んでいた。まるで自分の中の予感に確信を求めるみたいに。


「あっ、そう思う?」


 私の胸が小さく跳ねる。詩乃ちゃんは気付いたんだ。あの変化に。


 私は詩乃ちゃんに、さっきの出来事を話した。


 ここへ来る前、晶くんに「そんなに気を遣わなくていいよ」って言ったこと。拓斗が出した例えが思いの他晶くんに伝わって、ほんの少し肩の力を抜いてくれたこと。


 そして、何より「本音で話してほしい」と、勇気を出して伝えたこと。その全部が、晶くんの雰囲気を柔らかくしてくれたんだと思う。


 私は詩乃ちゃんに、そんなことを噛みしめるように伝えた。


「へぇ〜……うんっ、何か前の雰囲気よりもずっといいと思った!」


 詩乃ちゃんの顔がパッと明るくなり、頷く仕草も楽しげだ。


「拓斗くんも、さすがだねぇ。ピアノで例えたのかぁ……」


 詩乃ちゃんは、その時の状況を想像しているのか、腕を組んで少し上に視線を向ける。


「…………ところで『和音』って何?」


「…………何だろうね?」


 音楽に馴染みのない詩乃ちゃんと私は、顔を見合わせて首を傾げた。


「……まいっかっ! あのねっ莉愛ちゃんっ! これがね——」


 詩乃ちゃんはそう言うと、作業机の上に広げていた魔械(マギア)創駆の部品と、すでに形になりかけている部分を抱きかかえるようにして、目を輝かせながら私に熱く語り始めた。


 その言葉は専門的で、私にはほとんど理解できなかった。魔械歯車(マギアギア)や魔力回路の仕組みを、指でなぞりながら説明するその横顔は真剣で、時折笑顔を混ぜて未来の完成形を語る姿は、私の知らない世界へと一直線に進んでいくように思えた。


 分からないはずなのに、不思議と退屈ではなかった。寧ろ、夢に手を伸ばす詩乃ちゃんの煌めきが眩しくて、胸の奥がじんと温かくなる。


 ——こんなにも誰かの「好き」に心を打たれるなんて。


 私はただ、うんうんと頷きながら聞くことしかできなかったけど、その瞬間、自分が詩乃ちゃんの未来の光を見守る役になれている気がして、少し誇らしかった。



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