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機械仕掛けの魔法使い  作者: Runa
2章 門出の選択。
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02

 明日の卒業式に備えて、今日は真っ直ぐ帰ろう——そう思いながら、カナタを誘おうと後ろの席へと身体を捻って口を開きかけた、その時だった。


「ねえ、カナタってさ、ほとんど1人だったけど、寂しくなかったの?」


 教室に響いたのは、どこか無邪気さを装った、けれど確かに悪意を滲ませた拓斗の声だった。


 拓斗の背後では、取り巻きたちがクスクスと含み笑いを浮かべている。


 さっきまで教室を包んでいた、温かくて少し切ない雰囲気が、嘘みたいに掻き消えた。卒業式の前日までこんなことを言いに来るなんて——怒りと呆れが胸にこみ上げ、思わず言い返そうとした、その瞬間。


『うん、寂しくなかったよ。……ずっと1人だったわけじゃないからね。』


 カナタは、拓斗と目を合わせず、帰りの支度をしながら答える。机の中が空になったのを確認して、鞄を閉じた。


「それに……」


 そう言ってゆっくりと立ち上がり、拓斗と同じ高さで向き合う。表情は穏やかだったけれど、その目には揺るがない強さがあった。


『……誰とでも仲良くできる人って、きっと誰とも深く仲良くないんだと思うし。』


 教室の空気が、ピンと張りつめたように感じられた。拓斗の表情が、一瞬だけ硬直する。


 思ってもみなかった返しに、戸惑いを隠せずにいる拓斗を前に、カナタはふと視線を拓斗の後ろへと移した。そこにいる、取り巻きたちへと。


『でも……君は楽しそうで、いいね。』


 静かにそう告げたカナタの多機能魔械機器(チョーカー)から、微かに空気の漏れるような音がした。それはまるで、鼻で笑ったような——そんな音だった。


 カナタが嗤った?そう思ったのは、きっと私だけじゃなかった。


 その声は、機械混じりなのも相待って、鋭い冷たさがあった。呆れとも言える距離感が滲んでいた。


 皮肉でも怒りでもない。ただ、そこにあるのは、拒絶の静けさだった。


 睨みつけるようにカナタを一瞥した拓斗は、何も言わずに席へ戻り、鞄を手に教室を出て行った。取り巻きたちも、言葉を失ったまま、慌ただしくその後を追っていく。


 カナタは何事もなかったかのように、静かに席に座ると、右肘を机に立て、軽く握った拳の上に顎をそっと乗せた。


 多機能魔械機器(チョーカー)からは、ため息のような空気が漏れた。


 窓の外に向けられた視線はぼんやりとしているけど、まるで遠くの景色を見てるんじゃなくて、もっと遠くの、誰にも見えない場所を見ているようだった。


 その横顔には、どこか大人びた静けさが漂っていて、とても儚くて、綺麗だった。


「…………カナタ?」


 その横顔に、思わず息を呑んだ。


 窓の向こうを見つめるその眼差しがあまりに遠くて、今にもどこかへ行ってしまいそうな気がして——私は、カナタを呼んでいた。


 カナタは、ゆっくりとこちらに顔を向ける。


『……ん?』


 いつもの、ふわりとした優しい瞳だった。それだけで、少しホッとしてしまう。


「えっと……その……大丈夫……?」


 言葉が出てこない。本当はもっと気の利いたことを言いたいのに、出てきたのは、どこにでもあるような、曖昧なひと言だけだった。


 情けなさに、小さく肩をすくめたその時。


『……うん。大丈夫だよ。……ありがとう。』


 カナタの声は、機械音が混じっているのに、不思議と優しかった。その響きに、胸の奥がじんわりと温かくなった。


「…ねぇ、途中まで一緒に帰ろ?」


 私がそう声をかけると、カナタは小さく頷いた。


『うん、帰ろっか。』


 でも、周囲を見渡して、私は小声で付け加えた。


「……あっ、でももう少しだけここに居よっか。拓斗と取り巻きに会いたくないし。」


 鼻をフンッと鳴らしながらカナタの机に突っ伏すと、カナタが少しだけ表情を緩めた。でもそのすぐ後に、どこか気まずそうな顔で呟いた。


『……ごめんね、嫌なところを見せて。』


 その言葉に、私は思わず突っ伏していた体を起こして、驚いて声を上げる。


「何でカナタが謝るの!?絶対、悪いのは拓斗たちでしょ!」


『それでも、嫌な空気にしちゃったし……。』


「きっかけは向こうからだよ!だから、カナタは気にしなくていいの!」


 強めに言い返すと、カナタの目元が小さく微笑んで、それでも譲らないように言った。


『そう言うわけにはいかないよ。とにかく、今後は……気を付ける。』


「む〜……。」


 私は唇を尖らせながらもう一度机に突っ伏し、カナタの顔を見上げた。どうしてこんなにも、優しくて真面目なんだろう。


 怒っているのに、胸の奥がまたじんわりと温かくなっていくのが、自分でもよく分からなかった。


 学校を出た頃には、校舎の影がゆっくりと道に伸びていて、空の端からじわりと金色が広がり始めていた。


 校門を越えて、私とカナタは並んで歩く。言葉は交わさずとも、沈黙は決して重くなかった。コツコツと響く足音が、まるで2人だけの静かな音楽のように、黄昏の道を彩っていた。


「……明日、卒業なんだね。」


 ふと、溢れた私の言葉に、カナタは足を止めずに空を見上げる。


『うん。4月からは中等部……。天律(てんりつ)学園での新しい生活だね。』


「…少し、不安だな……。」


 家族と離れて暮らすのは、生まれて初めてのこと。毎日が楽しみだと思う反面、きっと変わっていくものが沢山ある。


 そう思うと、胸の奥がぎゅっと締めつけられる気がした。


 そんな私の横で、カナタが立ち止まり優しく呟いた。


『大丈夫だよ。』


 私も立ち止まり目を向ける。カナタは変わらぬ眼差しで私を見ていた。夕陽の光が、私たちの髪に差し込む。


 カナタの髪は、緑の光が揺れ、私の髪は、深い青の光が揺れる。


「……大丈夫?」


『うん。……大丈夫だよ。』


 カナタはそれ以上言わなかった。でも、その言葉に込められた確かな優しさが、さっきまでの不安な気持ちを解いてくれた。


「……ありがとう、カナタ。」


 そう告げると、カナタは静かに首を横に振った。言葉ではなく仕草で返す、その控えめな優しさが、カナタらしかった。


 私たちはまた、ゆっくり歩き出した。すると、ふわりと風が吹いた。季節の終わりを告げるような、冷たくも優しい風。


 髪がさらりと揺れて、頬をかすめた。思わず足を止めて手で押さえると、長い髪が風に遊ばれて、後ろへと流れていくのが分かる。


 少しくすぐったくて、でも何だか心地いい。少し前を歩いていたカナタが足を止めて、ちらりと私を見て微かに目を細める。


 何故だか少し照れてしまって、私はカナタの隣まで駆け足で行った。


「…そういえば、カナタの制服姿、明日見られるんだねっ!直しはあったの?」


 並んで歩きながら、ふと思い出したように口にする。カナタは少し驚いたように目を丸くした後、穏やかに頷いた。


『うん。もともと、結構大きめに作ってもらってたから、裾上げと袖口を直したよ。』


「そんなに大きく作ってたの?」


『リョク様が言ってたんだ。「カナタは絶対に背が伸びる」って。だから最初から大きめにって、オーダーしてくれたみたい。』


 緑の賢者——リョク様のことを思い浮かべる。それなら仕方ない。あの人なら、何もかも見通してるみたいな人だから。


 きっと、養護施設の人たちが手直ししてくれたんだろう。カナタがあの制服に袖を通す姿を想像して、私は自然と口元を緩めた。


「楽しみだな〜、カナタの制服姿っ!」


『莉愛の制服姿も、早く見たいな。』


 カナタの声は機械音を混じえながらも、どこまでも柔らかく、温かかった。視線に気付いて顔を向けると、真っ直ぐな瞳が私を見つめていた。


 何だかくすぐったくて、でも嬉しくて。私はその視線に、自然と笑顔で応えた。


 帰り道には、季節の終わりの匂いが満ちていた。それは少し冷たくて、少し甘い——春の手前の匂いだった。


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

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