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私たちがバスロータリーに着く前に、カナタたちはすでに到着していた。詩乃ちゃんが元気よく声を張る。
「カナタくーん、おはよー!」
その声に気付いたカナタは、肩をピクリと震わせると少しだけ焦ったような雰囲気で振り返った。
そして隣にいる男の子と、私たちを交互に目線だけで確かめる。
まるで「どう説明したものか」と躊躇っているような、そんな落ち着かない視線だった。
「……?」
私は首を傾げる。カナタにしては珍しい反応に、胸の奥で小さな疑問符が灯る。するとすぐ隣から興奮気味に囁く声が飛び込んできた。
「えっ、ヤダっ! カナタちゃんの隣のイケメン誰っ!?」
思わず振り返ると、それは優ちゃんだった。その瞳はまるで恋に落ちた人のように煌めいていて、視線は完全にその男の子に釘付け。
普段は落ち着いた大人びた空気をまとっているのに、このギャップに私は思わず驚いた。
「あ〜……優ちゃん、好きそうだね」
芽依ちゃんが呆れ半分の笑みを浮かべながら肩をすくめて言った。その何気ない一言に、また驚いた。
その男の子に目を移すと、カナタに何か耳打ちをした。するとカナタは眉をひそめ、その子を軽く睨む。
『……おはよう』
渋々と口を開いたカナタの声は、どこかよそよそしい。普段ならもっと素直に挨拶するはずなのに。いつもと違う様子に、胸の奥で小さな不安が膨らむ。
「おはよう。……えっと、初めまして」
戸惑いながらも、私は気になって仕方のないその男の子に挨拶を向けた。
「初めまして、カナタの同室の晶です」
「あっ、同室の……」
垂れ目で柔らかく笑う晶くんは、初対面なのに妙に人を安心させる雰囲気をまとっていた。
ふんわりとした笑みと落ち着いた声音に、こちらの警戒心を自然と解いてしまうような——人を惹き込む空気。
(あまり、仲良くないのかな?)
カナタは寮に入った初日、あまり眠れなかったと言っていた。だから同室の人とも距離があるのかと思ったけど、晶くんの態度を見る限り、苦手意識なんて微塵も感じられない。
寧ろ、積極的にカナタに話しかけているように見えた。
「で、カナタ。誰が莉愛さん?」
『誰だっていいだろ』
「えっ……」
思いがけず私の名前が出て、心臓が跳ねる。だけどそれ以上に、カナタの冷たい言葉に胸がズキリと痛んだ。
四歳の頃からずっと一緒だったのに、そんな突き放すような言い方をされるなんて思わなかったから。
すると私の顔色に気付いたのか、カナタはハッと慌てて言葉を重ねる。
『っ、莉愛、違うよ。そういう意味じゃないよっ!』
その焦ってあたふたする様子が、却って本気じゃなかったと伝わってきて、少しホッとした。
そんな空気を切るように、晶くんは口の端を緩めて軽く笑った。
「へぇ、君が莉愛さんか。なるほど、カナタが隠したがるわけだ」
茶化すように言った後、すぐに人懐っこい笑みへと戻り、優しい声を投げかけてくる。
「どうぞよろしく。カナタと一緒に、俺とも仲良くしてくれると嬉しいな」
その言葉は、不思議と自然に心へと入り込んでくる。断れないような柔らかさで、気付けば頷きそうになる。
「……えっとぉ、はぁ……」
気の抜けた返事しか出せなかったのは、晶くんの空気に呑まれてしまったせいかもしれない。
カナタへ視線を向けると、少し嫌そうな目で晶くんを見ていた。胸の奥に小さな不安が広がる。
でも同時に、私は首を横に振るような気持ちになった。
だってカナタは、苦手な人と無理に一緒にいるような人じゃない。嫌なら嫌と、はっきり態度に出す人だ。
そんなカナタが、今こうして晶くんの隣に立っている——それには、きっと理由がある。
「……じゃあ、君たちが莉愛さんの友達かな?」
晶くんが軽やかに周りへ目を向ける。声の調子は柔らかく、聞く者の心を自然と解いていくようだった。
「は、はいっ! 詩乃です」
「め、芽依ですっ」
「……優です」
三人が少し緊張した声で自己紹介をする。頬がほんのり染まっているのが、目に見えて可愛らしい。
「へぇ、莉愛さんの友達って、元気で可愛いんだね」
楽しそうに晶くんが言うと、詩乃ちゃんは照れ隠しのように顔を背け、優ちゃんは口元を押さえて忍び笑いを溢す。芽依ちゃんは目を細めて少し頬を赤らめながら微笑んでいた。
(……この人、本当に、人を惹き込む力があるなぁ)
気付けば、私自身も少し肩の力が抜けていた。晶くんの存在は、不思議な安心感を運んでくる。
だけど隣のカナタの横顔を見ると、その目はやっぱりどこか複雑な色をしていた。
晶くんはそれを知ってか知らずか、にこやかに頷くとさらに柔らかい声を重ねてきた。
「これからの登下校は楽しくなりそうだな。よろしくね」
その一言で場の空気は一気に明るくなり、自然と私たちは歩き出す。
優ちゃんは早速、興味津々に晶くんへ質問を投げかけ、詩乃ちゃんと芽依ちゃんもその答えを聞きながら笑顔を交わしていた。
私は少し遅れてカナタの隣へ歩み寄る。晶くんの人懐っこい笑みと、カナタの冷めた横顔。その落差に胸がざわつき、思わず声をかけていた。
「ねぇねぇ、カナタ。……晶くんと、仲いいの?」
思い切って問いかけると、カナタは一瞬キョトンとした後、目を丸くした。
『えっ、うーん……』
短く声を漏らした後、視線を僅かに逸らして、握った右手をマスクに持っていく。まるで今まで考えたことのない問いを正面から突きつけられたように、額にうっすらと影が差す。
『……仲、悪いわけではないけど、いいわけでもなくて。……でも、悪い奴ではないんだけど、何て言うか……』
言葉を探すように「うーん」チョーカーの奥で小さく唸る。その歯切れの悪さは、普段のカナタらしくなかった。
カナタは基本的に、嫌なものは嫌、好きなものは好き、とはっきり断言する人だ。だからこそこの曖昧な表現が却って引っかかる。
「うーんと……取り敢えず、悪い人ではないんだね?」
そう問い直すと、カナタは少し間を置いてから、重く頷いた。
『うん、根は多分いい奴なんだけど、何で言うのかな……うん、「人たらし」な奴』
その言葉を吐き出す時、眉間に深い皺が寄る。言葉を選んでいるというより、どうしても他にしっくりくる言い回しが見つからなかった、という感じだった。
「人たらしって、良い意味で? それとも悪い意味?」
私は思わず問い返す。人たらしという言葉は、人を巧みに騙す悪意あるニュアンスもあれば、人を自然に惹きつける天性の魅力という意味も持つ。どちらを指すのかで印象は大きく変わる。
カナタは少し考え込んでから、チョーカーから吐息のような息を吐き答えた。
『まぁ、どっちもかな。ただ、人を傷つけるような奴ではないと思う』
その声はどこか不承不承ながらも、どこかで信頼を滲ませているように聞こえた。
カナタなりに、晶くんの「惹きつける力」が悪意に結びつかないことを信じているのだろう。
(カナタも、完全に割り切れてるわけじゃないんだ)
私は胸の奥に小さな安堵と不思議な引っかかりを同時に覚えた。安心感を与えてくれる人なのに、カナタはあんな顔をしている。
両極の印象がせめぎ合って答えが曖昧になるのも無理はないのかもしれない。
「それは……うん。私もそう思う」
私の返事に、カナタはチラリと私を見て小さく頷いた。ほんの少しだけ、その横顔が和らいだように見えた。
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