影遊びと、二つの縁——私の魔法
影たちは、
それぞれが生きているみたいに動きながら、
互いの間に小さな世界を作っていく。
森の精のような牡鹿。
枝の角に留まる影燕。
その周りを舞う蝶たちと、
詩乃ちゃんの頭に乗る猫。
瑛梨香先輩の肩では、
狐が静かに尻尾を揺らしていた。
影だけのはずなのに、
そこには確かに“命”の気配があった。
「あとは葉月寮の“獅子”でコンプリートだなっ!」
玲央くんが楽しそうに言う。
「この場にライオン……」
拓斗が苦笑する。
私は小さく笑いながら、
影を集める。
(えっと……ネコ科で、たてがみがあって……)
――そこで、手が止まった。
(……ん、たてがみ?)
なんだか、デジャヴ。
でも、もう遅かった。
「……あ、あれ?」
完成した“それ”を見た瞬間、
全員の動きが止まる。
垂れた耳。
立派すぎるたてがみ。
そして――
舌を出して「ハッハッ」としている。
『……“たてがみをつけた大型犬”だね』
カナタの一言が、
静かにトドメを刺した。
「あぁっ!!」
私はぽんっと手を叩く。
「あー、玲央のことか」
利玖も思い出したようだ。
「えっ、俺っすか!?」
玲央くんが即座に反応する。
その瞬間――
影ライオン(犬)が、
全力で拓斗の方へダッシュした。
「……犬だな」
そのまま拓斗の周りをぐるぐると回る。
すると次に、
利玖の元へ駆けた。
「おっ、来た来た!」
尻尾、ブンブン。
テンション、MAX。
「よしよしレオ!! 遊ぶか!!」
利玖が即座にしゃがんで迎え撃つ。
「もう“飼い主”だな」
拓斗の突っ込みが飛ぶ。
「待ってくださいっ! 俺もまぜてーっ!!」
「お前もかよっ」
玲央くんも参戦する。
影犬は嬉しそうに三人の間を走り回り――
結果。
三人とも振り回されていた。
私はそれを見て、
笑いながら少しだけ頬を押さえた。
(……失敗したのに)
胸の奥は、
不思議なくらい温かかった。
黄昏の空が、
ゆっくりと影たちの輪郭を溶かしていく。
名残惜しさを感じながら、
私はその光景を見つめた。
そろそろ帰る時間。
「……遊び過ぎたな。帰るかっ」
羽織を脱いだ利玖が、
肩で息をしながら言う。
隣では玲央くんが地面に転がっていて、
影犬がまだ元気に走り回っていた。
「元気すぎだろ、そいつ……」
拓斗が膝に手をつき呆れる。
そんなやり取りを横目に、
私は先輩たちへ視線を向ける。
「また見せてくれる?」
瑛梨香先輩が微笑む。
「はいっ、もちろん!」
言葉が自然に弾んだ。
そのまま、私は静かに右手を伸ばす。
「おいでー!」
影たちは、ふっと揺れて――
煙のようにほどけながら、
足元へと戻っていった。
静寂。
でも、胸の中にはちゃんと残っている。
あの時間も、温もりも。
◇ ◇ ◇
二つのバスロータリーの別れ道。
涙先輩がふと足を止め、
詩乃ちゃんを呼び止めた。
「詩乃ちゃん」
「! はいっ!」
その瞬間、
詩乃ちゃんは涙先輩へ駆け寄る。
涙先輩と詩乃ちゃんの髪が、
黄昏の風になびく。
一拍の間の後、
詩乃ちゃんの顔が一気に輝いた。
「はいっ! ありがとうございます!」
その笑顔は、
見ているこちらまで温かくしてくれるほど
真っ直ぐだった。
涙先輩も柔らかく笑った。
(……何の話だろう)
涙先輩と詩乃ちゃん、
瑛梨香先輩と優ちゃんが笑い合っている。
あの輪の中には、
言葉にならない絆のようなものがあって、
見ているだけで胸が温かくなった。
優ちゃんと詩乃ちゃんが顔を合わせて頷き、
先輩たちへ深く頭を下げた。
そしてこちらへ歩いてくる。
「えへへっ、お待たせっ!」
戻ってきた詩乃ちゃんの頬はほんのり赤く、
嬉しさを隠しきれない笑顔だった。
「あ……うんっ、行こっかっ」
瑛梨香先輩、涙先輩、拓斗に
手を振って別れを告げた。
バスの中。
夕暮れの光が、
柔らかく差し込んでいた。
ふと胸の奥で小さな疑問が灯って、
私は玲央くんに声をかけた。
「ねぇねぇ、玲央くん」
「ん、どうした〜?」
利玖との会話を中断して、
玲央くんはゆるく笑いながら私に視線を向ける。
「玲央くんってさ……利玖のこと、好きでしょ?」
「そうだな」
即答。
少し笑みが零れた。
「じゃあさ、アプレンティスにならないの?」
一拍。
――空気が止まる。
何気なく続けたつもりが、
その言葉を聞いた玲央くんの表情が
みるみる変わっていった。
きょとんとした顔が、
一拍の間に驚きへと変わる。
瞳が見開かれて、
口が小さく開く。
「利玖先輩っ!! エスになってくださいっ!!」
バスの中に響く大声。
「いいよ〜」
『軽っ』
カナタの呟いたその一言に、
私は思わず吹き出してしまった。
玲央くんは全力でガッツポーズ。
「てか、もうなってると思ってたわ」
「俺もっス!!」
この二人、完全に成立していた。
「ふふっ、今日は二組もね」
優ちゃんが微笑む。
「二組?」
私が首を傾げると――
「今日ね、涙先輩にエスになってもらったんだぁっ!」
詩乃ちゃんが弾けるように笑った。
(……あぁ)
その笑顔を見ただけでわかる。
ちゃんと届いたんだ。
「おめでとっ」
私の声も自然と弾んだ。
詩乃ちゃんは嬉しそうに何度も頷く。
その姿が眩しくて、
口元がゆるむ。
――涙先輩と詩乃ちゃん。
きっと、
すごくいい関係になる。
そんな予感が、
夕焼けと一緒に静かに胸へ沈んでいった。
* * *
キーン、コーン、カーン、コーン――
六時間目の終わりを告げるチャイムが、
少し眠気を誘う午後の空気を震わせた。
今日の授業もようやく終了。
私たちは教科書を手に、
五人で教室へ向かう廊下を歩いていた。
私と詩乃ちゃん。
カナタと優ちゃんと玲央くん。
すれ違う他のクラスの子たちが、
ちらりとこちらを見る。
「今日の……『黄』も……わけわかんなかった……」
詩乃ちゃんが、
ぐったりと声を漏らした。
六時間目は選択授業、
『黄』――術理言語学。
黒板に並ぶ魔法式の文法は、
まるで知らない言語の詩みたいで、
見ているだけで頭がこんがらがる。
「お疲れさま」
そう声をかけると、
詩乃ちゃんのふくれっ面が少しだけゆるんだ。
「莉愛ちゃんは、ついていけてるの〜?」
「ん〜……面白いなって思ってるよ」
「うぇ〜……」
詩乃ちゃんが肩を落とす。
その反応が可愛くて、
思わず笑ってしまう。
「カナタは理解できてる?」
右隣に視線を向ける。
カナタは少しだけ目線を上げて考えた。
『いや、今日は帰って復習しようかなって思ってるよ』
チョーカー越しの声は、
無機質なのにどこか柔らかい。
「カナタくんでそのレベルなんだから、私がわかるわけないよぅ!」
詩乃ちゃんの嘆きに、
優ちゃんがくすっと笑った。
そのとき。
「……あら?」
優ちゃんが足を止める。
視線の先には――
拓斗が、
見知らぬ女の子と並んで歩いていた。
女の子の方がよく喋っていて、
拓斗はぶっきらぼうに、
でも拒まず歩調を合わせている。
「誰かしら? 違うクラスよね」
私は曖昧に頷く。
見覚えはなかった。
『あぁ……』
カナタが小さく声を漏らす。
「何か知ってるの?」
『最近よく一緒にいる子だよ』
「「へぇ……」」
私と詩乃ちゃんの声が
ぴたりと重なった。
顔を見合わせて小さく笑う。
「……彼女か?」
玲央くんがぽつりと呟く。
その一言で、
空気が少しだけ張りつめた。
「おぉっ!」
詩乃ちゃんが目を輝かせる。
言われてみれば――
あの距離感は、
ただの友達より少し近い気がした。
「双輪試走から、拓斗、結構モテ出したからな」
玲央くんがさらりと言う。
そういえば。
あのレースの後、
違うクラスの女子から呼び出されているのを、
何度か見た。
(……ってことは)
「カナタも、話しかけられたりする?」
カナタは私と目を合わせて、
少し考えるように首を傾げた。
『んー、そうだね。勉強教えてってくるよ』
『でも、ほとんどは先生か教会の人だね』
教会の人――
つまり、賢者のもとで働く人たち。
その言葉に、
胸の奥がちくりと痛む。
誇らしい。
でも、少しだけ遠く感じる。
「……なんだか、カナタが遠くの存在になっちゃったなぁ」
冗談っぽく言ったつもりだった。
なのに――
自分でもわかるくらい、
少しだけ寂しそうな声になっていた。
『っ!?』
カナタのチョーカーが、小さく鳴る。
一瞬、何か言いかけたように見えたけど――
「えぇー!? 莉愛ちゃんがそれ言うー!?」
詩乃ちゃんが、
すぐに割って入った。
空気が一気に軽くなる。
「えっ、なんで?」
戸惑う私に、
優ちゃんが苦笑する。
「中一で、あのレベルの新しい魔法をさらっとやってる時点で、充分“雲の上”よ?」
「そ、そうなの……?」
思わずカナタを見る。
カナタは無言で、
でもはっきりと頷いた。
頬が熱くなる。
「でも私、誰にも話しかけられないよ?」
少し拗ねたように言うと、
玲央くんがにやっと笑った。
「おっ、なんだ。話しかけられたいのか?」
「ち、違うよっ! 本当だよっ!」
慌てて否定する。
顔がさらに熱くなっていく。
くすくすと笑いが広がる。
その空気が、心地いい。
――こんなふうに笑える時間が
こんなに大切だなんて、
前は思ってなかった。
カナタも、詩乃ちゃんも、
優ちゃんも、玲央くんも。
みんなが隣にいる。
それだけで、胸の奥が温かくなる。
――私、少し変わったのかもしれない。
前より、ちゃんと笑えてる。
ちゃんと、この時間を楽しめてる。
(明日も、こうして笑っていられるかな)
そう思った
そのとき。
ふと、背中に視線を感じた。
ぴたりと肌に触れるような、
静かな気配。
(……え?)
思わず足を止めて、振り返る。
廊下の先。
窓の外。
人影は――ない。
だけど。
午後の陽射しに伸びる影の中に、
“ひとつだけ”形の違うものが
混じっていた気がした。
瞬きをする。
次の瞬間には、もう何もない。
ただ、いつも通りの景色があるだけだった。
「莉愛ちゃん? どうしたの?」
詩乃ちゃんの声に、はっとする。
「……ううん、なんでもない」
そう答えて、また歩き出す。
でも。
胸の奥に残った違和感は、消えなかった。
――あれは、本当に気のせいだったのかな。
その答えを知るのは、
もっと先のことになる。
読んでいただきありがとうございます。
今回は影遊びと、二つの“縁”が結ばれる回でした。
詩乃と涙先輩、玲央と利玖——
それぞれの関係が一歩進んでいます。
そして最後に少しだけ、違和感を。
あの“視線”が何なのか。
ここから少しずつ動き始めます。




