集う影、重なる心——私の魔法
「――おいで」
「「「っ……!?」」」
一斉に息を呑む音が響く。
張り詰めた空気の中で、
影は腕の上をすべるみたいに動いて、
くるくる形を変えていく。
(……来てくれた)
胸の奥に、
柔らかな熱が広がった。
ふと隣を見ると、
カナタと目が合う。
その瞬間、
さっきまでの緊張がふっとほどけて、
自然と笑顔が零れた。
カナタも優しい光を宿した瞳で
見つめ返してくれる。
『こんにちは』
カナタが、
私の影に向かって穏やかに声をかける。
「っ……ふふっ」
胸の奥がくすぐったくなる。
(……ちゃんと、挨拶してくれるんだ)
私の影にまで向けられるその優しさが、
胸の奥をくすぐるみたいに撫でていく。
私は息を整え、
右手でそっと空気を撫でる。
影がその動きに応えるように揺れ、
やがて小さなツバメの形を取った。
影燕はひらりと飛び立ち、
陽光の中を舞うように高く上がる。
弧を描いて旋回し、
私の周りをくるりと飛んだ後
カナタの前へ。
カナタは迷わず手を差し出した。
影燕は一瞬だけ揺れて――
そっと、その指先に留まる。
その瞬間、空気が止まった。
影と人が、
確かに通じ合ったような気がした。
「すごーいっ! カナタくんはこれ、見たことあるの?」
弾んだ声で詩乃ちゃんが駆け寄ってくる。
『うん。前に莉愛と二人で練習した時にね』
「へぇ!」
詩乃ちゃんは目を輝かせながら
影燕に顔を近づけた。
影燕は興味深そうに首を傾げて、
詩乃ちゃんを見つめ返す。
「莉愛ちゃん、この鳥は何っ?」
「ツバメだよ。如月寮のシンボルの子」
「可愛いっ!」
影燕が嬉しそうに羽を震わせる。
その様子を見て、
胸の奥がきゅっと温かくなる。
(……ちゃんと、見てもらえてる)
それが何より嬉しかった。
詩乃ちゃんに続いて、
みんなもゆっくりと近づいてくる。
「ねぇねぇっ! 猫ちゃん作れるっ? 影猫ちゃんっ!」
期待いっぱいの声に、
思わず笑みが零れる。
「うん、できるよっ」
私は両手で空気を掬うように動かす。
影がそれに応えるように揺れて、
やがて黒い猫の形が浮かび上がった。
影猫はまず私の頬にすり寄り、
ひんやりとした感触を残す。
それから軽やかに跳んで、
詩乃ちゃんの元へ向かった。
「わぁっ! 可愛いっ!」
詩乃ちゃんが抱きしめようとした、
その瞬間。
影猫はするりと腕をすり抜ける。
前につんのめる詩乃ちゃん。
「えーっ! ぎゅってできないのー? カナタくんは触ってるのにっ!」
不満げに頬を膨らませる詩乃ちゃんの言葉に、
みんなの視線が自然とカナタへ向かう。
カナタの肩には、
さっきの影燕がちょこんと留まっていた。
カナタはその存在を
まるで当然のように受け入れていて、
どこか自然体で、優しい。
その姿があまりにもしっくりしていて、
私はつい口元を押さえて笑ってしまった。
『自分から触ろうとすると、ダメなんじゃないかな?』
カナタが首を傾げながら呟く。
そのまま影燕に目を向けたカナタは、
どこか慈しむように目を細めた。
(触ろうとするんじゃなくて、待つんだ)
「そっかっ!」
詩乃ちゃんはその場に座り込んで、
手を伸ばさずに影猫を見つめた。
「これが猫か……」
その隣に玲央くんと拓斗も立膝をついて、
まじまじと影猫を見る。
すると、影猫が三人にそっと近づいた。
その様子が嬉しくて、
胸の奥がふわっとほどけた。
「ほぉ〜……莉愛の影、少し薄くなるのか」
利玖の声に、
改めて自分の影を見下ろす。
少し淡くなっていた。
(……分かれてる、みたい)
そう思うと、
なんだか少しだけ恥ずかしい。
自分の中を見られているような、
不思議な感覚だった。
「これって、莉愛が知ってるものなら作れるのか?」
「んー……どうだろう。知らないものは作ったことないかも」
「じゃあ、牡鹿やってみてよ。睦月寮のシンボル」
「牡鹿かぁ……」
頭の中に浮かぶのは、
ぼんやりした記憶。
(角は確か……)
それでも影に意識を向けて、
形を作っていく。
「おぉ……!」
利玖が声を漏らす。
でもすぐに、
口元をゆるめて笑った。
「……おしい」
できあがった牡鹿の角は、
完全に木の枝だった。
「やっぱり、枝すぎたね……」
頬が少し熱くなる。
すると、カナタが隣に立った。
『でも、この角に花が咲いたら綺麗だね』
その一言で、胸の奥がふっと軽くなる。
(……あ)
“おしい”が、“いいかも”に変わる。
「ふふっ、こんな感じ?」
私は影を撫でるように動かして、
枝の先に小さな花を咲かせていく。
ひとつ、ふたつ。
黒の中に柔らかな形が増えていく。
そのとき――
影燕が翼を広げて舞い上がった。
迷いなく枝の角へ向かい、
そのままそっと留まる。
「まぁ、風流ね」
後ろから聞こえた声に振り返ると、
瑛梨香先輩と涙先輩、
そして優ちゃんが歩いて来る。
三人とも、
柔らかな笑みを浮かべていた。
「それじゃあ、私たちの寮のシンボルもお願いしてもいいかしら?」
「神無月寮は狐で、霜月寮は蝶よ」
「はいっ!」
思わず背筋が伸びた。
「うわっ、またこの場に似合いそうなものがっ」
利玖の軽い突っ込みに、
場の空気が少しゆるむ。
私は笑いながら、
両手を軽く振った。
影が応えるように揺れ、形を持つ。
狐の耳、しなやかな尾。
蝶の薄い羽が、光を透かして揺れる。
影は、
私の意識に寄り添うみたいに
滑らかに動いていった。
影狐は足元を一周してから、
軽やかに瑛梨香先輩の元へ。
影蝶は五つに分かれ、
ひらりと舞いながら涙先輩の方へ飛んでいく。
「わぁっ! 綺麗っ!」
詩乃ちゃんの弾んだ声が響く。
振り向くと、
駆け寄ってくる詩乃ちゃんの後ろに、
拓斗や玲央くんたちが
ゆっくり歩いてくるのが見えた。
詩乃ちゃんの頭の上では、
影猫がぎゅっとしがみついて、
得意げに尻尾をぴんと立てている。
その光景があまりにも愛らしくて、
思わず笑みが零れた。
気づけば――
燕も、猫も、狐も、蝶も。
みんな、自然とここに集まっていた。
(……なんだか)
胸の奥がふんわりと温かい。
ちゃんと――来てくれた。
私はそっと、その光景を見つめる。
夕陽の中で揺れる影たちが、
まるで小さく息をしているみたいに見えた。
読んでいただきありがとうございます。
影は“心に応えるもの”。
だからこそ、
自然に受け入れる人のもとには、
自然に寄っていくのだと思います。
その違いも、少しでも伝わっていたら嬉しいです。




