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憧れじゃない(詩乃視点)——私の魔法

 双輪試走が終わって、

 利玖先輩が莉愛ちゃんのために

 “可愛い妹を祝う会”を開いてくれた。


 ――とはいえ実際は、

 お祝いというより

 反省会と試験対策の

 延長みたいなものだった。


 カフェの中には甘い香りと

 笑い声が混ざり合っている。


 テーブルのグラスは夕陽を受けて

 きらきらと光っていた。


「霧幻コースは、きっとユカリ様ね。怖くなかった?」


 瑛梨香先輩の問いに、

 私は反射的に肩を強張らせた。


「すごく怖かったですっ!!」


 あの瞬間を思い出しただけで、

 体が勝手に反応する。


 視界を覆う霧。


 聞こえるはずのない音。


 そして――“何かがいる”気配。


(……本当に、怖かった)


「私たちには不気味な音しか聞こえなかったけど、操導者の二人には別の声が聞こえていたみたいです」


 優ちゃんが落ち着いた口調で言う。


「そうでしょうね。ユカリ様のコースですもの」


 瑛梨香先輩はさらりと続けた。


「……あそこに、誰かいたんですか?」


 気づけば、私はそう口にしていた。


 次の瞬間――


「恐らく、人間の霊でしょうね」


「ヒッ!?」


 体の奥が一気に冷えた。


 そのまま無意識に、

 私は隣へ身を寄せていた。


 背中に、そっと温かいものが触れる。


「大丈夫?」


 涙先輩の手だった。


 優しく背中を撫でられて、

 凍りついた感覚が少しずつほどけていく。


「あ……ありがとう、ございます」


 声に出すと、

 ようやく呼吸が戻ってきた。


「そういうの、苦手なのね」


「は……はい……」


 小さく頷くと、

 涙先輩の手の温もりが、

 さらに安心をくれる。


「ユカリ様って、紫の賢者様のことですか?」


 優ちゃんが話題を変えてくれた。


 その一言で、

 張りつめていた空気が少しやわらぐ。


「えぇ。“死”と同じ響きで怖がられがちだから、親しみを込めて“ユカリ様”と呼んでいるの」


 瑛梨香先輩の説明を聞きながら、

 私は胸の中でその名前をそっと繰り返した。


(ユカリ様……)


 さっきまでの怖さが、

 少しだけ遠ざかる。


「……ふふっ、落ち着いたみたいね」


 涙先輩が微笑む。


 その優しさに、

 胸の奥がぽっと温かくなった。


(涙先輩……)


 この人は、

 自然に誰かを安心させられる人だ。


 優しくて。


 でも魔械(マギア)の話になると、

 真剣で、鋭くて。


 その姿を思い出した瞬間――


 胸の奥にあった想いが、

 はっきりと形になった。


 憧れのまま、

 終わらせたくない。


 ――この人の隣で学びたい。


 気づいたときには、

 もう言葉になっていた。


「……涙先輩。私のエスになってほしいです」


「えっ!」


 涙先輩が目を丸くする。


「あらっ、いいじゃないっ」


 瑛梨香先輩が楽しそうに声を弾ませた。


「ついに涙にも、エスの申し出が来たのね」


「……でも、アプレンティスとエスって両立してもいいんですか?」


 優ちゃんの問いに、

 私ははっとする。


 そうだ。


 涙先輩は瑛梨香先輩のアプレンティス。


「ふふっ、そこが非公式文化の面白いところよ」


 瑛梨香先輩はくすりと笑う。


「両立はできるわ。ただ――」


「甘えが出るなら、どちらかを選ぶ必要がある」


 一瞬だけ、空気が引き締まる。


「でも、涙なら大丈夫でしょう」


 柔らかな声に戻り、

 涙先輩を見る。


「不安になったら、私のところにいらっしゃい」


「瑛梨香さん……」


 その言葉に、

 私はそっと息をついた。


 この人たちは、

 ちゃんと“繋がっている”。


「…………」


 涙先輩は、

 静かに目を伏せたままだった。


 すぐに答えないのが、

 涙先輩らしい。


 少しの沈黙の後――


「……詩乃ちゃん。お返事、後でもいい?」


 不安が滲む声。


「今日中には、ちゃんと答えるから……」


「はいっ、大丈夫です!」


 自然と明るい声が出た。


 ちゃんと考えてくれている。


 それが、すごく嬉しい。


「てかさぁ! 莉愛のあれ見せてよ! 影のやつ!」


 利玖先輩の声で、空気が一気に弾ける。


(……影!)


 胸が高鳴った。


 ずっと気になっていた、

 莉愛ちゃんの魔法。


「えっと……じゃあ、いいよ?」


 少し照れた声。


 その瞬間、

 胸の奥がぱっと明るくなる。


「よしっ! 中庭行くぞ!」


 利玖先輩が立ち上がる。


「涙先輩っ、行きましょ!」


 私は思わず声を弾ませた。


「っ……えぇ」


 涙先輩が少し驚いて、

 それから優しく笑う。


 そのまま私たちは立ち上がり、

 中庭へ向かった。

読んでいただきありがとうございます。


詩乃の中で、涙先輩への想いが

はっきりと形になった回でした。


憧れを越えて、

「隣に立ちたい」と願うこと。


この関係がどう進んでいくのか、

今後も楽しんでいただけたら嬉しいです。

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