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影はここにいる——私の魔法

 トレーの上のティーカップとポットが

 小さく触れ合い、

 カチンと鳴った。


 その音に心臓まで跳ねた気がして、

 私は小さく息を吐く。


 手のひらには、

 うっすら汗が滲んでいた。


 すると、

 不意に横から腕が伸びてきて、

 私の持つトレーをそっと支えた。


 驚いて顔を上げると、

 カナタが何も言わずに

 トレーを受け取ってくれる。


『大丈夫? 緊張してるでしょ』


 チョーカーから響くその声は、

 機械混じりなのに不思議と柔らかい。


「あ……うん、少しだけ……でも、大丈夫だよっ」


 右手の汗をワイシャツでそっと拭う。


「緊張してるけど……同じくらい、ワクワクしてる」


 口にしてみると、

 少しだけ本当にそう思えた。


 カナタは目を細めて、私を見た。


『……あんまり緊張してると、影たちも緊張しちゃうよ』


 その言葉に、

 私は思わず目を瞬かせる。


 ――そうだ。


 初めてカナタに影を見せたとき、

 私は影たちを生き物として紹介した。


 あのとき、

 きょとんとした顔で

 私の話を聞いていたカナタ。


 それからずっとカナタは、

 私の影を“生き物”として扱ってくれている。


 私にとって大切なものを、

 同じように大切にしてくれている。


 その優しさに、

 胸の奥に柔らかな熱が広がる


「……そうだねっ」


 込み上げるものを飲み込むように、

 私は小さく笑う。


 カナタはそれ以上何も言わず、

 返却口にトレーを置いた。


 ただ隣にいてくれるだけで、

 張りつめていた気持ちが

 少しずつほどけていく気がした。



 放課後の中庭は、

 思っていたより静かだった。


 別館の奥にあるその場所には、

 生徒の姿もまばらで、

 遠くの笑い声が風に溶けていく。


(……よかった。あまり人もいない)


 注目されるのは苦手だ。


 でも、

 影を見てもらえるのは少し嬉しい。


 そんな我儘な気持ちが、

 胸の奥でそっと顔を出す。


 利玖が中庭の真ん中まで歩いて、

 くるりとこちらを振り返った。


 夕陽がその髪に差し込み、

 赤みがかった光をふわりと宿している。


「こんだけ広ければ、思いっ切りできるだろ?」


「そうだね」


 私は答えながら、

 金色の光りが差し込む空を見上げた。


 西の空はゆっくりと茜に染まり、

 伸びた光が地面の上に長い影を落としている。


 影の輪郭は濃く、

 草の一本一本まで細く揺れて見えた。


(……綺麗な影)


 光と影の境目が、

 私の呼吸に合わせるように

 静かに揺れている。


 視線を戻すと、

 みんなと目が合った。


 その中で、

 隣にいるカナタの視線だけが、

 不思議なくらい落ち着いていて。


 それだけで、

 少しだけ勇気が湧いた。


 私は息を整え、

 両手を胸の前に添える。


 指先が微かに震えていた。


 だけどその震えさえ、

 今は嫌じゃなかった。


「えっと……では、始めます」


 ぺこりと頭を下げる。


 その動きに合わせるように、

 足元の影がゆらりと揺れた。


 まるで、一緒にお辞儀したみたいに。


 夕陽の中の黒がそっと息づく。


 空気が変わった気がした。


(……さて)


 そう言ったものの、

 まだどの影を呼ぶかは決めていなかった。


 私は右手を口元に添えたまま、

 ゆっくりと視線を巡らせる。


 木々の足元に広がる、

 静かな影。


 風に揺れて形を変える、

 可愛らしいの影。


 建物が落とす、

 大きく頼もしい影。


 テラス席のテーブルの影には、

 どこか人の温もりが残っている気がした。


(うーん……どれも違うかも)


 何かが足りない。


 そう思って視線を落としたとき、

 そこにあったのは――


 私自身の影だった。


 陽に溶けるように伸びて、

 私の動きに合わせて静かに形を変える影。


 いつだって、どんなときでも。


 泣いたときも、

 笑ったときも、

 黙ってそばにいてくれた影。


(……ふむ)


 胸の奥に、小さく灯がともる。


 この子しかいない。


 そう、はっきり思えた。


 私は足元の影に右手を差し出し、

 左腕の義手を二度鳴らすように握る。


「――おいで」


 次の瞬間。


 足元の黒が、

 意思を持ったように跳ね上がり、

 私の右腕へと絡みついた。


「「「っ……!?」」」


 一斉に息を呑む音が中庭に響いた。

読んでいただきありがとうございます。


ついに始まりました、影のお披露目。


カナタの言葉通り、

影たちもちゃんと“そこにいる”存在です。


このあと何が起きるのか、

楽しんでいただけたら嬉しいです。

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