じゃあ、見せてよ——私の魔法
「うっわぁ……早ぇ……」
放課後のカフェテリアは、
双輪試走の余韻でざわめいていた。
先輩たちにも今回の結果が伝わったらしく、
早速利玖から私の菊理に連絡が来た。
“可愛い妹を祝う会”と称して、
私たち三ペアはカフェに呼び出されたけど――
実際には、
歴代記録を塗り替えられた利玖の
“恨み辛みを語る会”になっている。
今も利玖は、
魔械板に映る私と詩乃ちゃんの
迷宮コースの映像を見ながら、
心底悔しそうに呻いていた。
「在学中は死守したかったなぁ……!」
コーラを飲む横顔は悔しそうなのに、
目元には笑みが滲んでいる。
完全に面白がっているのが見え見えで、
私はミルクティーを吹き出しそうになった。
「ま、仕方ないわよ。優秀な後輩ができたことに喜びましょう」
瑛梨香先輩がそう返すと
利玖はふっと笑った後、
納得したように笑う。
口では文句を言っていても、
心のどこかではちゃんと
喜んでくれているのかもしれない。
「さすが、お姉様っ!」
「優も、とても格好よかったわよ。……途中、少し苛立っていたけれど」
その言葉に、
優ちゃんが小さく肩を落とした。
自分の未熟さを認めるのは簡単じゃない。
それをちゃんと受け止めている優ちゃんは、
やっぱりカッコいいと思う。
一方で涙先輩は、
カナタの創駆の映像に釘付けだった。
目を輝かせながら
齧り付くように見つめている。
その隣で詩乃ちゃんが、
涙先輩と魔械板を交互に見ていた。
話しかけたい気持ちを堪えているのがわかって、
私は思わず小さく笑ってしまった。
「オウ様のコース、今までより簡単だな。いつもはもっと阿鼻叫喚だぞ」
利玖が映像を見ながら、
珍しそうに呟く。
「そんなに難しいの?」
「すんげぇ、むずい。まず、莉愛には無理」
「むっ!」
きっぱり言い切られた。
(……確かに、自力では突破してないけど)
頭の奥に、
あのとき聞こえた声が蘇る。
あの声がなければ、
私たちはきっと突破できなかった。
『じゃあ、今回の難問枠は薬苑コースだったんだ』
「そうなるな。カナタ、あそこほぼノンストップだったし」
『まぁね』
カナタはいつものように肩をすくめ、
軽い調子で利玖に返した。
その何気ない一言だけで、
胸の内に小さな誇らしさが灯る。
「迎撃コースは危なかったなぁ。あそこ更新されたら泣いてたわ」
「霧幻コースも強行突破だったし、二人ともガンガン行くタイプなんだなっ。相性いいじゃん」
利玖に言われて、
カナタは少しだけ目を細め、
拓斗は少し目を逸らした。
初等部の頃の二人を知っている私には、
それだけで胸が熱くなる。
あの頃は想像もできなかったけど、
今はこうして並んで褒められている。
「て言うか、そうだよ。拓斗くんの最後のあれ、『旋律魔力伝導魔法』だろ?」
「楽器じゃなくて歌でやるの、すごいな」
利玖の言葉に、拓斗の肩がぴくっと震えた。
「まぁ……応用しただけですけど……」
「……ありがとうございます」
ぶっきらぼうな拓斗が、
少し照れながらもちゃんと礼を言う。
その姿に、
場の空気がふっと柔らかくなった。
「利玖先輩っ! 俺どうでしたっ!?」
玲央くんが勢いよく身を乗り出す。
ブンブン振り回している尻尾が見えた気がした。
「玲央もよかったぞ。ああいう場面であんなふうに動けるの、さすが睦月寮って感じだな」
「おっしゃっ!」
肩を叩かれて、
玲央くんは嬉しそうに胸を張った。
私はその様子を見ながら、
ふと思っていたことを口にする。
「そうだ、睦月寮ってどんな人たちの集まりなの?」
利玖はコーラのグラスを置いた。
「一言で言うと“リーダー気質”かな。誰かに続くより、自分が先に進むタイプ」
「おー! 確かに利玖と玲央くんっぽいっ!」
利玖も玲央くんも、
確かに“前を走る人”だ。
「カナタが如月寮なのは、ちょっと意外だったけどな」
カナタは少し瞬きをした後、
僅かに目を伏せた。
「絶対、卯月寮か文月寮だと思ってた。真面目か研究者っぽいし」
私は思わず声を上げる。
「利玖、わかってないなぁ! カナタは如月寮だよっ! 全然意外じゃないっ!」
私は思わず、ふんっと言い返していた。
だってカナタは、誰よりも優しいから。
「へぇ〜」
利玖は少しだけ驚いた顔をした後、
面白そうに笑った。
「じゃあ葉月寮は? 拓斗が葉月寮なんだよっ」
「おー、さすが。葉月寮は“統率者”。学と一緒だな」
拓斗は小さく頷く。
「行動力と責任感があって、成功へ導くタイプ。最後のあの場面のようななっ」
利玖にそう言われて、
拓斗は少し俯いた。
耳の先がほんのり赤い。
(今まで、こんなふうに褒められること……あんまりなかったのかな)
そう思うと、
胸の奥が少し痛んだ。
でも同時に思う。
――カナタも拓斗も、これから少しずつ、
誰かに認められていくのかもしれない。
そう考えると、
この放課後のカフェが
いつもより温かく感じた。
「そうだ、利玖。筆記試験ってどんな感じなの?」
私が尋ねると、
拓斗と玲央くんも顔を上げた。
「コースで使われた魔法を答えるとか、試走中の問題に対する“更なる問題”とかかな。このコースでは何が使われていたか、なぜそう思うか、みたいな」
利玖は少しだけ真面目な顔になる。
「一週間後って、早いだろ? 違うんだよ」
「さっさとやらないと忘れちまうんだよ」
急に口調を砕いた。
いつもの調子が戻って、
軽く魔械板をトントンと叩く。
「俺たちが使ってるのは“感覚魔法”だからな。映像に残るのは動きだけで、そのときどう感じたかまでは残らない」
「だから、“体で覚えてるうち”にまとめて試験するんだ」
その言葉に、
私は思わず息を呑んだ。
言葉の端々に利玖の経験が滲んでいた。
(そっか……魔法って、“覚える”だけじゃなくて、“感じる”ものなんだ)
「……体で覚えてるうちに、か」
拓斗が小さく繰り返す。
「なるほどっ!」
玲央くんは感心したように頷いた。
「だから、みんなで感覚を共有すると勉強になる。――てかさぁ!」
そこで利玖が、
急に私を真っ直ぐ見た。
「莉愛のあれ、見せてよ。影のやつ」
「えっ」
一瞬で、みんなの視線が私に集まる。
心臓がどくんと跳ねた。
「で、でも……魔法って、勝手に使っちゃダメなんでしょ?」
学園では、
魔法は簡単に使っていいものじゃない。
授業中か、先生の許可があるときだけ。
そうじゃなければ、指導対象になる。
「おいおい、莉愛。俺を誰だと思ってるんだよ」
「……あっ」
そうだ。
利玖は生徒会副会長だ。
生徒会長と副会長には、
先生の代理として
魔法の使用を
許可できる権限がある。
つまり、
利玖が「いいよ」と言えば、
それは正式な“許可”になる。
利玖は、
私の戸惑いを見透かしたみたいに笑った。
「えっと……じゃあ、いいよ?」
声は少し震えていた。
迷いと、
ほんの少しの期待を乗せたままそう言うと、
利玖は歯を見せて笑う。
「よしっ! んじゃあ折角だし、中庭でやろうか!」
空のコーラのグラスを掲げる利玖に続いて、
みんなも立ち上がる。
椅子の音が重なって、
カフェの一角が一気に賑やかになった。
(みんな……私の影、気になってたのかな)
緊張で鼓動が早くなる。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
“見たい”と思ってもらえたことが、嬉しかった。
そういえば――
(あのときのカナタも、すごく驚いてたなぁ)
カナタの目を思い出して、
胸の奥がふわりとゆるむ。
私はトレーを持ちながら、
こっそり笑った。
(みんな、私の影を見て……どんな顔するかな)
少し怖くて、少し楽しみで。
胸の奥で、
期待と不安がくるくると混ざり合っていた。
読んでいただきありがとうございます。
カナタと拓斗、
そしてクラスや先輩との距離が
少しずつ変わっていくのを書いていて楽しい回でした。
そして莉愛の力も、
ここから“知られる側”に回っていきます。
次回もよろしくお願いします。




