06
「へぇ……操導者って、カッコいいっすね」
玲央くんが感嘆するように呟くと、瑛梨香先輩は軽く笑った。その笑みは、ただ照れているんじゃなくて、過去の自分を懐かしむような柔らかさを帯びていた。
「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいわ。けれどね、カッコいいだけじゃない。操導者は時に、操縦者の心を追い越して導かなくてはならないこともあるの。信頼と同時に、勇気も必要になるのよ」
その言葉が胸に落ちると同時に、心の奥がじわりと熱くなる。カッコよさの裏にある責任の重さに、思わず自分の姿を重ねてしまう。私にそんな勇気があるのかなって…。
横目で拓斗を見ると、無言のまま視線を落としていて、眉間にうっすらと皺を寄せる。その真剣な眼差しは、誰の声も届かない場所で自分と対峙しているように見える。
瑛梨香先輩は一息ついてから、私たちを見渡した。その視線は優しく、それでいて一人一人の心を射抜くような力を持っていた。
「“ 双輪”はね、操縦者と操導者、二つの調和を表しているの。……絆、とも言えるかしら」
その言葉は、春の風みたいに柔らかく私の胸に入り込んでくる。
絆——私たちがまだ手探りで探しているもの。でも、きっと辿り着ける。そう思わせてくれる響きだった。
「……あなたたちが今度走る時、どんな“約束”を交わすのか、私はとても楽しみにしているわ」
優しく見守るような眼差しに、自然と背筋が伸びる。私も、ちゃんと応えたい。その想いが、胸の奥で響いた。
私は無意識にカップを強く握っていた。白い陶器がキュッと指先に冷たく食い込む。
瑛梨香先輩と涙先輩はその後も、操導者としてのあり方や心構え、実際に役立つコツなんかを丁寧に教えてくれた。
言葉を聞いているうちに、私はどんどん背筋が伸びていくような気持ちになる。
そろそろ話も一区切りに差し掛かる頃、隣のテーブルから利玖が声をかけてきた。
「そろそろ、魔械創駆の説明するか?」
「そうね、ちょうどいいわ」
瑛梨香先輩が軽やかに応じる。すると利玖は、カナタたちの方へ体を傾けて何か短く伝えた。三人は頷くとそれぞれの椅子を引きずりながら、私たちのテーブルへと近付いてくる。
寄り添うように席が狭まって、空気が一段と濃くなるのを感じた。
涙先輩がそっとカップを置いた。小さな音が響いたのに、不思議と耳に優しい。
私たちの視線が一斉に涙先輩へと向かう。その横顔は、光を受けて凛とした影を作り出していた。
「……何だか、照れますね」
そう言ってちょっと照れたみたいに笑った涙先輩は、さっきまでの感じと違って、瑛梨香先輩の雰囲気とはまた違う感じで、何だか可愛く見えた。
そしてひとつ咳払いをすると、涙先輩は話し出した。
涙先輩は一呼吸おいて、ゆっくりと私たちの顔を見回した。その視線に包まれると、不思議と背筋が伸びる。静かで落ち着いたその瞳は、まるで研究室の空気みたいに澄んでいて、思わず息を呑んでしまった。
「——では、魔械創駆について、お話ししますね」
言葉を切り出すと、私の胸は自然と高鳴った。いよいよ、あの試走で使われる“乗り物”の本質に触れられるのだと思うと、また息を呑んでしまう。
「まず、魔械創駆は双輪試走に出る者が、自ら創りあげて動かすものです。ですから、どのチームも同じ形をしているわけじゃない。必要だと思う構造を組み込み、形を工夫して、自分たちに合った創駆を造るんです」
その言葉を聞いて、拓斗がちょっと眉を寄せて頷いた。何だかもう、頭の中に設計図のかけらが浮かんでるんじゃないかなって思った。
「基本的な形は……創やすさや操作性から、二輪バイクのようなデザインになることが多いですね。でも“決まり”はありません。タイヤの大きさも、フレームの太さも、魔力の伝導に必要な構造も、自由です。義肢と、魔械創駆の両方が響応できるように作られていれば、それが“正解”になるんです」
そう言いながら、涙先輩は手をそっとテーブルに置いた。次の瞬間、軽やかなリズムを刻むように、指先が小さくトン、トンと音を立てる。
ほんの小さな仕草なのに、妙に自然で。もしかしたら、考えごとをする時の癖なのかもしれない。音に合わせて言葉が流れ出すようで、私の耳にはそのリズムが妙に鮮明に残った。
「ただ……最低限、用意しておいた方がいい部分はあります。安定して走るための“駆動輪”、動くための心臓部となる“魔法石”、そして二人の合図をきちんと拾うための“伝達機構”です。この三つが揃っていないと、どれだけ形が立派でも走れないでしょう」
涙先輩の言葉が、ひとつひとつ胸の中にストンって落ちていく。ふと横を見ると、詩乃ちゃんが小さなメモ帳に必死で書き込んでいた。
やっぱり好きな部門のことだからなのかな。私よりずっと真剣で、なんだか向き合い方が違うなって思った。
「創駆は、形そのものよりも“どう走らせたいか”が大事なんです。強さを求めるのか、速さを求めるのか、それとも安定か。答えはそれぞれ違っていい。だからこそ、創駆はあなたたちの“意思のかたち”になるの」
涙先輩はそこで言葉を区切り、静かに微笑んだ。その笑みは柔らかくもあり、同時に問いかけのようでもあった。
「あなたたちが創る、“魔械創駆”——あなたたちがこれから乗る乗り物は、ただの機械じゃない。義肢と同じように、内部に魔法石と魔械歯車が組み込まれていて、操縦者と操導者、どちらの魔力にも応える仕組みになっているの。だから、無理をすれば反発するし、丁寧に扱えば応えてくれる」
その言葉には、ただの説明じゃなくて、もっと強い思いが込められていた。きっと涙先輩自身も、創駆とぶつかって、悔しい思いや痛みを経験してきたんだろう———そんな気がした。
「特に大切なのは、義肢との“響応”。操縦者の義肢が鳴らすリズム、操導者の義肢が刻む魔法の合図。その小さな響きが積み重なって、魔械創駆は本来以上の力を引き出す。……でも逆に、その響きが乱れると、途端に不安定になってしまうの」
私は思わず背筋を伸ばした。今まで何気なく鳴らしてきた義肢の音が、ただの合図じゃなくて、創駆の心臓みたいな役割をしてるなんて——
自分の小さな動きが、大きな力に繋がるんだと思うと、胸の奥が熱く震えた。
「覚えておいて。創駆は“乗りこなす”ものじゃなく、“一緒に走る”ものなの。人と人、人と魔械、その両方の調和が揃って、初めて本当の速さや強さになるのよ」
涙先輩はそう言って、こちらに穏やかな笑みを向けた。その笑みには、ただの知識を伝える以上に、“実際に体験した重み”があった。
玲央くんが腕を組みながら唸るように呟く。
「……何か、メカってゴツいだけかと思ってたけど、繊細なんスね」
「そうよ。繊細で、でも強い。人と同じ。だからこそ大事にしてあげてほしいの」
涙先輩の声は、まるで創駆そのものの心を代弁しているみたいで———私は胸の奥が熱くなるのを感じた。
その熱は、不安と憧れと責任感が混ざり合った、まだ形のない炎のようだった。




