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05

 利玖の背中を追いかけて行くと、そのまま中庭に出た。薄ら金色の陽の光に照らされたテラス席は、すでに上級生たちで溢れかえっている。


 笑い声や談笑の気配が飛び交い、どのテーブルも洗練された雰囲気をまとっていて、足を踏み入れるだけで少し気後れしてしまう。


 私たちをチラチラと見る視線が、まるで異なる世界に迷い込んだような気まずさを感じ、自然と肩が縮こまった。


 だけど利玖はそんなことなど一切気にしていない。堂々と、迷いなく進んでいく背中に引っ張られるように、私も歩みを止められずについて行った。


 そして目に入ってきたのは、隣り合う二つの四人掛けテーブル。ひとつには飲み物が一つだけ置かれていて、誰の姿もなく寂しげに見える。


 もう一方には、瑛梨香先輩と、初めて見る女子生徒がひとつ椅子を足して座っていた。


 ふたりの存在感が、周囲のざわめきの中でも一際目立って見えて、胸の奥がキュッと強張る。


「莉愛は、操縦者? 操導者?」


「えっと、操導者っ」


 すると利玖は「ん」と短く返事をすると、瑛梨香先輩のいる方のテーブルへと私のトレーを置いた。その仕草は当たり前のように自然で、私の心のざわつきとは対照的に落ち着いている。


「こっちが操導者で、操縦者はそっちな」


 そう告げると、利玖は飲み物がポツンと置かれた席に腰を下ろす。あまりに当然の流れのように振る舞う利玖の背中を見ながら、私は胸の奥でひとつ深呼吸をした。


 利玖の言われた通りに、私たちは操縦者と操導者に分かれて席に腰を下ろした。まだ少し落ち着かない空気の中で、優ちゃんは瑛梨香先輩の方へと歩いていく。その背中は、緊張しているはずなのに、どこか誇らしげに見えた。


「瑛梨香お姉様、こんにちは。本日はお時間くださりありがとうございますっ」


 優ちゃんは丁寧にお辞儀をする。だけど、その声音には隠しきれない憧れと高揚感が溢れていて、胸の奥にぎゅっと熱を込めているのが分かった。


「ふふっ、こんにちは。……紹介するわね。この子も私のアプレンティスよ。高等部一年の(るい)よ」


 瑛梨香先輩は、指先の動きひとつまでもが洗練されているような、しなやかで優雅な仕草で隣の人物を示す。


 (るい)先輩は、柔らかな微笑を浮かべて軽く会釈をした。その所作には無駄がなく、まるで舞台の上のワンシーンを見せられたような美しさがあった。


 私たちも慌てて頭を下げるけど、自分の動作がどこかぎこちなく感じられて、胸の奥がむず痒くなる。


 同じお辞儀でもこうも違うのか、と痛感する。


(るい)先輩、初めまして、優と申します。瑛梨香お姉様のアプレンティスになりました。よろしくお願いします」


 優ちゃんは、落ち着いた口調で挨拶する。その姿に、見ている私まで背筋が伸びた。


「ふふっ、瑛梨香さんから聞いてます。初対面でエスをお願いするなんて……いい目を持っていますね」


 涙先輩の言葉は穏やかでありながら、芯のある評価のようにも聞こえた。


「えぇ、そこには自信があります」


 優ちゃんの瞳がキラリと光る。言葉に迷いはなく、そこに自分を信じる強さがあったふたりは互いに目を合わせて、ふっと微笑み合う。その光景は、大人びていて、とても自然で、私には少し眩しく映った。


(るい)もね、操導者だったんだけど、メカニック志望の子なの。だから力になるかと思って呼んでみたの。魔械(マギア)のことで聞きたいことがあったら、彼女に聞いてね」


 瑛梨香先輩の言葉は、私たちに向けたものなのに、不思議とその場の空気ごと包み込むような温かさがあった。


 だけど同時に「選ばれた人たちが集う場」に自分も座っているのだと気付かされ、胸の鼓動が少し速くなるのを抑えられなかった。


 優ちゃんが、音もなく玲央くんの元へ素早く近付き、耳打ちをした。声を潜めているはずなのに、気持ちが高ぶっているせいか、その熱がこちらにも伝わってくる。


「あんた、瑛梨香お姉様と涙先輩のお話、しっかり聞きなさいよっ!」


 最後に「羨ましいっ!」と吐き出すように付け加えた。瞳がキラキラと輝いていて、尊敬の人を間近にできる羨望が抑えきれていない。


 玲央くんも負けじと、小さく身を乗り出して応じる。


「そっちこそ、利玖先輩の話、しっかり聞けよ! 俺がそっち行きてぇよ!」


 その声にも、悔しさと同時に少しの憧れが滲んでいた。きっと胸の奥では「あの席に座りたい」という気持ちをぐっと飲み込んでいるのだろう。


 お互いが心の奥で羨む相手は逆で、まるで鏡合わせのようだった。尊敬と憧れが入り混じり、どちらも譲れない気持ちがあるのに、その様子が何だか可笑しくて、少し眩しかった。


「……私たち、やっぱり逆よね」


 優ちゃんが半ば呆れたように、小さく笑いを含ませて言う。


「俺もそう思う」


 玲央くんも苦笑を返す。その瞬間だけは、羨望と焦りよりも、仲間として分かち合える可笑しさの方が勝っていた。


 そして、私、拓斗、玲央くんが、瑛梨香先輩と涙先輩とひとつの丸いテーブルに五人でまとまる。


 私は、ポットに入っているミルクティーを、ポットとお揃いの柄の陶器のカップに注ぐ。保温効果のあるポットなのか、注がれるミルクティーは入れた瞬間、ふわりと白い湯気を立ち昇らせる。香りが一気に広がり、私は自分の頬が緩むのを感じた。


 横目で瑛梨香先輩と涙先輩を見ると、それぞれ自分のカップの飲み物を飲む。ほんの些細な仕草。それだけなのに、どうしてこんなに心臓が跳ねるんだろう。


 洗練された所作一つで、私たちの目には特別な場面のように映る。


「双輪試走の映像を見たのよね? 何か思ったことはあるかしら?」


 瑛梨香先輩がふわりと微笑みながら問いかけてきた。


「利玖先輩カッコよかったっス!」


 玲央くんが思わず身を乗り出して答えた。勢い余った言葉に、瑛梨香先輩と涙先輩が同時にクスッと笑う。


「ふふっ。あの時の私たちね、実は歴代記録の一位になったのよ」


「えっ……!」


 驚きが口をついて出そうになる。だけど同時に「やっぱり」とも思った。映像の中の利玖は、常識を置き去りにするような速さで双輪を走らせていたから。


「結構スピード出してましたもんね……」


 私が恐る恐る言葉を添えると、瑛梨香先輩は懐かしそうに目を細め、頬に手を添えて小さく笑った。


「えぇ、練習の頃からずっとあぁだったから。……正直、大変だったわよ」


 その困ったような笑顔に、当時の光景がほんの一瞬垣間見えた気がした。隣にいる拓斗も玲央くんも、言葉を失ったまま見惚れている。


 私も同じだった。


 目の前の先輩たちは、ただ速さを誇るだけじゃない。努力や苦労を積み重ねて、今の姿があるんだ。


 瑛梨香先輩が笑みを浮かべている横で、涙先輩が静かに口を開いた。


「……でも、速さだけじゃ危ういの。操導者としては、制御と補助がどれだけ冷静にできるかで結果が変わります。映像を見た時、皆さんも感じませんでした?」


 その視線が、真っ直ぐ私たちに向けられる。落ち着いた声なのに、不思議と心臓を射抜かれるような感覚。


 私は慌てて映像を思い返す。利玖のスピードにばかり気を取られていたけど、確かに瑛梨香先輩が必死に制御していた姿も映っていた。


「……そういえば、スピードに合わせて、魔法を展開したり、妨害が来るのを知らせたり……」


 ポツリと私が言うと、涙先輩は満足そうに微笑んだ。


「えぇ。操縦者が攻めるほど、操導者は守りも支えも増える。速さに酔わず、冷静に状況を読むことが、実は一番大事なんです」


 玲央くんは、身を乗り出しながら頷き、拓斗は腕を組んだまま真剣に聞いていて、その表情には素直な驚きが浮かんでいて、何かを学び取ろうとしているように見えた。


 私はというと——胸の奥がじんわり熱くなる。スピードに目を奪われていた自分が少し恥ずかしい。でも同時に、涙先輩の言葉は、まるで背中を押してくれるようだった。


「そうね」


 涙先輩の言葉を受けて、瑛梨香先輩が小さく頷いた。その仕草ひとつすら、どこか余裕と品を感じさせる。


「操導者はね、ただ“支える”だけじゃないの。ペアを導きながら、自分自身の判断で未来を選び取る役目がある。速さに振り回されてはいけないし、逆に臆病になりすぎてもダメ。その中間を見極めることが、何よりも難しいのよ」


 そう言いながら、瑛梨香先輩はカップの縁をなぞるように指先で触れた。その動作が妙に印象的で、私は思わず視線を追ってしまう。


「双輪においてはね、操導者の一瞬の判断が勝敗を左右するの。魔法の展開も、妨害への対応も、すべては操導者の選択にかかっているのよ。利玖が速さを信じて突っ込んでいけたのは、私が“必ず支える”と約束していたから。お互いを信じ切ることができなければ、あの記録は出せなかったわ」


 その言葉に、私の胸が強く揺さぶられる。



 ———支えると約束する。信じ切る。



 口にするのは簡単だけど、それを実際にやり切るには、想像以上の覚悟がいるんだろう。



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