03
私も釣られるように、二人の方を見る。
拓斗は机に肘をつき、頬杖をついたまま真っ直ぐ前を見つめている。対してカナタは壁を背に椅子を横向きに座って、足を組んで視線を落としながら、同じように頬杖をついていた。
角度も姿勢も微妙に違うのに、不思議とシンクロして見える。妙に似通った仕草が、ちょっと可笑しくて、思わずジッと眺めてしまう。
詩乃ちゃんも心配しているのか、私に抱きつきながらも、顔は二人の方を向いている。
すると、カナタが急に立ち上がった。拓斗もそれに気付いたのか、驚いたように目だけでカナタを追った。
カナタはそのまま、迷いのない足取りで私のところへやって来る。
『莉愛、利玖って操縦者だったよね?』
「あっ、うん。そうだったね。映ってたね」
頷いた私に、カナタは一瞬だけ視線を落とし、少し控えめな声で続けた。
『……話、聞けるかな?』
カナタと利玖の間に、本当はそんな気遣いなんて要らないはずなのに。だけど、その遠慮がちな響きに、私は胸の奥が少し温かくなる。
「そうだね。お願いしてみるよ」
安心させるように笑いかけると、カナタの目元がふっと和らいだ。
「えっ! 利玖先輩から話聞くのっ!? 俺も聞きたい!」
すかさず声を上げたのは玲央くん。
「あんたは操導者でしょ」
優ちゃんがピシャリとツッコミを入れると、玲央くんは「くそー!」と大げさに頭を抱える。その様子に周りがクスッと笑った。
でも、すぐに優ちゃんの顔がパッと明るくなる。
「あっ! じゃあ瑛梨香お姉様からも、お話聞きましょうかっ」
両手をパチンと合わせてにっこり微笑む優ちゃん。その提案に、場の空気が一気に華やいだ。
「あっ、いいねっ! 利玖先輩と瑛梨香先輩、ペアだったもんね! 拓斗くんも、聞きたいでしょっ!」
詩乃ちゃんが勢いよく提案に乗っかり、当然のように拓斗も話に引き込む。
突然名前を出された拓斗は、肩をビクッと揺らして詩乃ちゃんを見た。その後、そっと視線をカナタに移す。
『……聞くでしょ』
「……あぁ」
短い言葉のやり取り。だけど、その一拍の間に、二人の距離感が近付いた気がした。
「じゃあ、いつにしようかしらっ! 早速授業終わったら、菊理で連絡しましょっ!」
優ちゃんは、瑛梨香先輩と直接やり取りができることが嬉しくて仕方ないようだ。まだ訪れてもいない放課後に、胸を弾ませているのが伝わる。
「放課後は……利玖は部活があるかもしれないね。明日のお昼とかになるかもだけど、カナタ、大丈夫?」
問いかけると、カナタは静かにコクリと頷いた。その表情に、ほんの少しだけ安堵の色が浮かんでいた。
カナタと拓斗も一緒に話に混ざったことで、私たちはそのまま双輪試走のことをあれこれ語り合っていた。
気付けば、あっという間に六時間目の終わりを告げるチャイムが鳴っていた。
日向先生に授業終了の挨拶をして、帰りのHRの準備をしながら、私はそっと利玖へ連絡を取ってみることにした。
菊理の魔法石をトントンッと軽く叩き、利玖の姿を思い浮かべて、名前を呼ぶ。
「利玖先輩に連絡するのっ!? 俺も話したい!」
後ろの席から、玲央くんが勢いよく身を乗り出してきた。どうやら「利玖」という名前が耳に入ったらしい。
「えっと……玲央くんの声は聞こえないんじゃないかなぁ?」
菊理は、連絡を取っている相手以外の音や声を遮断する仕組みになっている。聴覚魔法で、相手の声が直接耳に届くから、こんな騒がしい教室の中でも、連絡を取ることができる。
私の説明を聞いた玲央くんは、またしても「くそー!」と頭を抱える。その姿が可笑しくて、思わず笑ってしまった瞬間、手元の菊理がパッと強い光を放った。
[もしもーし、莉愛。どうした?]
利玖の声が耳に届き、私はホッと息を吐く。
「あっ、利玖、今大丈夫?」
[大丈夫だけど、手短にな!]
確かに、私の方もいつまでも話していられるわけじゃない。帰りの支度もあるし、利玖だって忙しい。だから、余計なことは省いて、必要なことだけを伝えようと決めた。
「うん、あのね、双輪試走があるんだけど……ちょっと話を聞きたいなって思って」
[おー! 双輪試走! 始まるんだな。いいぞ、いつ話す?]
その調子のいい返事に、思わず口元が緩む。
「ん〜、できたら瑛梨香先輩と一緒に聞きたいんだけど……」
[あぁ、ペアで話したいのか。今日は生徒会も部活もないから、この後でも大丈夫だけど……瑛梨香、どこにいるんだ?]
利玖が菊理の向こう側で、瑛梨香先輩を探している気配が伝わってきた。
私はふと視線を横に向ける。すると、優ちゃんが同じように菊理を手にして、楽しそうに誰かと話しているのが見えた。その優ちゃんの前の席で、詩乃ちゃんが興味津々に覗き込んでいる。
「……もしかしたら、友達が瑛梨香先輩に同じ用事で連絡してるかも。ちょっと待ってね」
そう言って、私は優ちゃんの方へ歩み寄った。優ちゃんは目を輝かせながら菊理に向かって話していて、その横顔は本当に楽しそうだった。
小声で詩乃ちゃんに「瑛梨香先輩?」と聞くと、にっこり笑ってうんうんと頷いた。
私は優ちゃんに、自分も菊理で連絡を取っていることを見せ、話を一旦中断してもらう。
「お姉様、少し待っていただけますか? ……莉愛、そちらはどう?」
「うん、利玖は今日の放課後でもいいって言ってるけど、瑛梨香先輩は何て?」
「あらっ、お姉様も放課後、大丈夫っておっしゃってたわ。それでいきましょっ」
「分かったっ。それじゃあ利玖、今日の放課後で大丈夫?」
[オッケー。んじゃあ、場所はどうする? カフェにするか? 行きたいって言ってただろ?]
「行きたーいっ!!!」
つい声が大きくなってしまい、ハッとした私は周りにペコペコと頭を下げる。少し恥ずかしいけど、それ以上に楽しみで胸が高鳴っていた。
[ははっ、じゃあ後でカフェな。友達も連れて来いよ]
「うんっ、連れてく予定です!」
[はいよっ、じゃっ、また後でな]
「はーい」
菊理の魔法石の光が消えると、優ちゃんも連絡を終え、私の方へ向いてきた。
「放課後会いましょうって。場所は利玖先輩から聞くって言ってたけど、どこかしら?」
「カフェですっ!」
「えーっ!! カフェに行けるのー!?」
詩乃ちゃんの目がキラキラ輝き、両手をキュッと握りながら、嬉しそうに私を見上げた。
「友達も連れておいでって言ってたから、さっきのみんなで行こっか」
「うんっ! 拓斗くんとカナタくんも、行けるよねっ?」
詩乃ちゃんがふたりに確認すると、二人共こちらに注目してくれていたみたいで、小さく頷いた。その瞬間、何だかみんなで一緒に行くワクワク感が膨らむ。
私はその勢いのまま、自分の席に戻って玲央くんに話しかけた。
「ねぇ、玲央くんっ。今日の放課後、何か用事ある?」
「んーや、ないよ。友達と帰る約束してたくらいかな」
「それじゃあ、今日の放課後に利玖と瑛梨香先輩から話を聞けることになったから、来る?」
「マジっ!? 行く行くっ!」
玲央くんの目がパッと輝いて、思わず見開いた。その喜びっぷりに、こっちまで自然に笑顔になった。
ちょうどその時、日向先生が教室に入ってきた。先生の落ち着いた足音が教室に響き、立ち上がっていたクラスメイトは急いで席に着く。
放課後に控えた楽しみのことを思いながら、私たちはいつものように帰りのHRの準備を始める。
机を整え、鞄を揃え、ノートをしまう手元に少しだけ気を逸らしながらも、心はすでにこれから始まる時間へと向かっていた。
教室の外から差し込む午後の光が、窓際の机を優しく照らし、胸の奥にワクワクとした期待が静かに膨らんでいく。




