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中等部の授業は、午前と午後で大分雰囲気が違う。
午前は机に向かって、普通科目や魔法理論や歴史、魔力循環の基礎知識の授業を受ける時間。先生の言葉をノートに写しながら、頭に詰め込むようにして覚えていく。
午後になると実技が多くなって、選択授業の他に、魔械義肢を使った基本の魔法操作の練習や、みんなで協力する演習なんかが待っている。
ここ空中大陸———いや、世界のどこに生まれても、人はみんな欠けた身体で生まれる。腕がない子もいれば、脚がない子もいる。それは珍しいことじゃなくて、当たり前の始まり方。
だけど私たちは、欠けた部分に寄り添うように作られた魔械義肢を身につける。
金属と魔石と歯車が織りなすそれは、ただの道具じゃない。動かそうと決めた瞬間に応えてくれる、“もうひとつの身体”。
その“もうひとつの身体”のために、人は誰もが幼い頃に魔法を使えるように施される。魔械義肢を通して魔力を流し、自在に操れるように。
そうして初めて、私たちは“魔法使い”になる。
つまり、生まれた時の私たちは本当にただの人間。
でも、その「ただの人間」が、魔械義肢と魔法を得て、自分の未来を形作っていく。
天律学園の初等部の頃は、義肢の扱いと魔法に慣れるための場所だった。
転んで、ぶつけて、何度も失敗しながら、少しずつ「自分の身体」として扱えるようにしていく。そこはまだ、安全な環境。誰もが同じようにぎこちなくて、できなくても許される時間だった。
でも、中等部に進んだ今は違う。授業のひとつひとつが、魔法の訓練であり、そして私たち自身の未来を決めていく試練でもある。
義肢をどう使うか。魔法をどう生かすか。選び方ひとつで、この先の道が変わってしまう。
魔械義肢には、今でもどこか違和感がある。自分の身体じゃない金属の冷たさを、ふとした瞬間に思い出してしまう。
魔械義肢を通して魔法を放つ度に、胸の奥に小さな嫌悪感がざらりと残る。
だけど、それと同時に「自分も魔法使いなんだ」って思える。
暗い場所でも昼間のように周囲を見渡せる瞬間、声や物音を遠く離れた相手にまで届ける瞬間、風が姿を変えて私の目の前で確かに動きを見せた瞬間、私は確かにこの世界に居場所を持っている。
嫌な感覚を覚えるのに、なぜか少し安心もする。不思議な矛盾を抱えながら、私は今日も魔械義肢に魔力を通していく。
勉強と訓練の両方がある毎日は大変だけど、今日はその中でも、特別な日。
中等部に上がってから、初めての大きな実技課題が始まる。
「皆さん静かにっ。これから、双輪試走演習の説明を始めますよ!」
昼休みが終わって、五時間目の始まり。お腹もいっぱいになって、温かいポカポカの日差しに照らされて微睡んでいる私の耳に、日向先生の声が届いた。
先生は教卓に立ち、魔械機器を確認するように視線を走らせながら、私たちに注意を促していた。ざわめいていたクラスメイトたちも、合図を受けたように口を閉ざし、自然と前方に意識を向ける。
次の瞬間、教室前方の大きなスクリーンに映像が浮かび上がった。
それは歴代の双輪試走演習の様子だった。一人が恐らく手作りであろう魔械の乗り物に乗って操縦して、別室にいるもう一人が魔械義肢を通じて魔法を操り、コースに配置された障害物を突破していく。
その画面の中に、見慣れた顔があった。
——兄の、利玖だ。
利玖はバイクのような乗り物で軽快に操り、スピードを上げながら迷いなく走り抜けていく。その真剣で、でも少しだけ楽しそうな笑顔を見て、胸の奥が熱くなる。
そして、利玖の相方として映っていたのは、
——瑛梨香先輩。
別室で足元の魔械機器に義足を乗せ、大きなスクリーンのような窓から利玖の様子を伺っている。
手元には何かを書き記したノートを持ち、迷いなく次々と魔法を展開していく。
(わぁっ! 二人共……若いっ!)
高等部二年生として今の学園を代表する先輩たち。その二人が、中等部一年生の頃は、まだあどけなさを残した顔立ちで、今の「かっこよさ」よりも「可愛らしさ」が際立っていた。
画面越しに映るふたりの姿に、私は胸の奥で小さな震えを覚えていた。
映像が終わると、スクリーンがスッと暗転し、スクリーンの横に立っていた日向先生が、教卓の前へ出た。肩までの黒髪をきちんとまとめ、教師の証しである亜麻色の羽織を翻し、私たちを見渡す。
「さて——ここからは、皆さんが挑む双輪試走演習 について説明します」
教室の空気が一気に引き締まるのを感じた。誰もが、さっきまでの映像の迫力に胸を高鳴らせていて、今度は自分たちの番だと思うと自然に背筋が伸びる。
「演習は、二人一組で行います。一人は操縦者。魔械で組み上げた乗り物を、義肢を通して直接操作し、コースを走り抜ける役目です」
先生の声を聞いた瞬間、私はさっきの映像を思い出した。
操縦者を務めていたのは、利玖だった。魔械のバイクに跨り、迷いのない手付きでハンドルを操りながら疾走する姿が、今も目に焼き付いている。風を切るあの背中は、少し大人びて見えた。
「そしてもう一人は操導者。別室に設置された魔械機器を介して、遠隔から魔法を使い障害物を突破したり仲間を守ったりする役目です」
続く説明に合わせて、今度は瑛梨香先輩の姿が思い浮かぶ。
瑛梨香先輩は、別室で魔械義肢を装置に乗せて魔法を使うと、そこから繋がった魔械の乗り物に届き、次々と魔法が繰り出されていく。
障害物が破壊され、コースが切り開かれていく度に、ふたりの息の合った連携が際立って見えた。
操縦者と操導者。役割の違いがはっきりしていて、どちらも欠けては成り立たない。教室のあちこちで、ごくりと息を呑む音がした。
「使う乗り物は、全て自作です。ただし、完全に一からというわけではありません。先輩や先生から知恵を借り、必要な部品や仕組みを学んだ上で、自分たちに合った形へと仕上げてもらいます」
先生が義足を軽く鳴らすと、澄んだ音と共にスクリーンが切り替わった。操縦者と操導者、それぞれの役割が映像として浮かび上がり、言葉だけでは分かり辛い部分も、目で見てすぐに理解できる。
「準備期間は、およそ一か月。短いと思うかもしれませんが、その間に工房や資料室をどう使うか、誰に相談するかで大きな差が出ます。大切なのは、互いを信じ、互いを活かすことです」
一呼吸置き、日向先生は少し柔らかい口調で続けた。
「そしてペアは——皆さんの魔力相性で決まります。仲の良し悪しだけではなく、魔械義肢を通した魔力の流れが合うかどうか。これは入学式で測定済みですから、この後発表します」
教室の空気がざわっと揺れた。
魔力の相性で決まる、と先生は言った。私の魔力が誰かのそれが結びついて、ひとつのペアになる。
その“誰か”を思うと、心臓がトクンと大きな音を立てる。期待と不安と、ほんの少しの好奇心が混じり合って、胸の奥が熱を帯びた。
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