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 教科書の山を眺めていると、その中に一際分厚い本が目についた。思わず手に取って表紙を確かめると、そこには大きく“術理言語学(じゅつりげんごがく)”と書かれていた。


 選択授業『黄』の教科書だ。


 パラパラと開いてみる。中には呪文の成り立ちや魔法陣の解析方法が、細かい文字と複雑な図式でぎっしりと並んでいる。どうやら、今では使われなくなった古い魔法の歴史を学ぶ教科らしい。


 今の魔法はもっと感覚的。魔械(マギア)義肢を鳴らし、頭の中で「使いたい感覚魔法」を思い描けば、そのまま発動できる。呪文も、魔法陣も、もう必要とされていない。


(面白い。でも、やっぱり難しそう)


 魔械(マギア)義肢そのものには、未だにどこか違和感がある。だけど、魔法の使い方については不思議と受け入れられてる気がする。寧ろ、呪文や魔法陣を使う昔のやり方こそ違和感を覚える。


 こんな面倒なことをしないと魔法を扱えなかったなんて。


 そう考えると、大昔の魔法使いたちはきっと目の前に積まれた教科書なんかよりもっとたくさんの本を読んで、果てしなく勉強を重ねていたのだろう。そう思うと自然と感心せずにはいられなかった。


 他の教科書は、初等部の時にも見たことのある科目が並んでいたけど、それ以外にも気になるものがある。


 例えば、選択授業『赤』——“戦術演習(せんじゅつえんしゅう)(がく)”。


 戦術って名前だけど、中をパラっと巻くってみると実際には魔械(マギア)義肢を使った魔法の実戦訓練がメインみたいだった。


 次は、選択授業『橙』——“魔械(マギア)工学基礎(こうがくきそ)”。


 魔械(マギア)義肢や魔械(マギア)機器の仕組みや構造、それから身体との接続方法や神経の補助まで書かれていて、ちょっと理系っぽい匂いがする。


 選択授業『緑』——“治癒薬学概論(ちゆやくがくがいろん)”。


 薬草の採集や保存、それに変質を防ぐ方法。治癒魔法に頼らない応急処置や、魔力の状態を見極める技術も学ぶらしい。


 選択授業『青』——“精神感応(せいしんかんのう)芸術(げいじゅつ)”。


 絵や音楽なんかの芸術に触れて、心の揺れと魔力量の関係を調べたり、心のケアを目的にした魔法を習うみたい。ちょっとおしゃれで楽しそう。


 選択授業『藍』——“天文時相学(てんもんじそうがく)”。


 気候の予知とか、出来事の成り行きを解析する勉強らしい。星の並びを見たり、カードで占ったりするみたいで正直ちょっとワクワクする。


 そして最後は、選択授業『紫』——“霊魂論(れいこんろん)入門(にゅうもん)”。


 霊的な存在の分類とか、その対処方法、死者との対話についても書かれていた。ただ……利玖が言うには、霊的存在を感知できないことの方が多くて、ほぼ暗記でいくしかないって言ってた。


 初等部とは違う授業は、やっぱりこの選択授業だけみたい。


(あとは算数が数学って呼び方に変わるんだっけ?)


 そんなことを考えていたら、教室の扉が開いて、日向先生が入ってきた。ちょうど四時間目の始まりを告げるチャイムが鳴ったみたい。


「それでは、教科書の説明をしていきます。説明された教科書に、各自名前を書いていってください」


 先生が言うと、教室のあちこちからサインペンを取り出す音がして、紙の擦れる音や机を叩く小さな音が混じり合った。


「字、間違えたー!」


「うわっ、インク出ない!」


 何て声も飛んできて、真面目に書いている子もいれば、小声で雑談しながらゆっくり書いている子もいて教室はざわざわと落ち着かない。


 教科書の説明が一冊終わるごとにざわつき、また次の説明が始まるとそのざわめきが少し落ち着く。そんなことを何度も繰り返していくうちに、教科書の裏にはどれも自分の名前が書かれていった。


 そして先生が最後の教科書の説明を終え、それに名前を書き込んだ時には、もうそろそろ四時間目が終わりそうな時間だった。


(なかなか骨の折れる作業だったな)


 机の上に積んだ教科書を揃えてひと息ついた時、日向先生が再び口を開いた。


「次に鏡の使い方ですが……実はとても簡単です。鏡に入る前に魔械(マギア)義肢を鳴らし、自分が行く場所を強く思い浮かべるだけです。もしそれが難しい場合は、鏡ごとに番号が振ってありますから、その番号を記録しておけば確実です。どちらを選ぶかは、みなさんのやりやすい方法で構いません」


 その説明に、教室のあちこちから小さなざわめきが広がった。


「へぇー」


「もっと複雑かと思った」


 そんな声が上がり、みんな意外そうに顔を見合わせている。緊張していた子も、少しホッとしたように肩を緩めていた。


「では、教科書は名前を書き終えたら各自のロッカーにしまっておいてください。この後は昼休みです。食堂で昼食をとってください」


 先生がそう言うと教室の空気が一気に軽くなる。ペンのキャップを閉める音や椅子を引く音があちこちで響き、さっきまでの堅苦しい空気が嘘のように昼休みへの期待でざわつき始めた。


「ねぇねぇ、芽依ちゃんと昼、一緒に食べるの?」


 後ろの席から、玲央くんが身を乗り出すようにして小声で聞いてきた。私は振り向いて答えた。


「うーん……約束はしてないから、どうだろうね」


 私がそう答えると、玲央くんはすかさず言葉を続ける。


「もし一緒だったらさ、俺のこと……印象をちょっとだけ聞いといてよ」


 期待を抑えきれないように、縋るようにそれでもどこか楽しげに、玲央くんは私にお願いをしてきた。


「あぁ。うんっ、いいよ。さりげなく聞いてみるね」


「ありがとっ!」


 私がそう言って笑い返すと、玲央くんは少し照れ臭そうに口元を上げてニッと笑った。


「五時間目は、委員会と部活の説明を体育館で行います。それまでに必要なことを済ませて、教室に戻っておくようにしてください」


 キーン、コーン、カーン、コーン——


 ちょうだその言葉の終わりを待っていたかのように、 四時間目の終了を告げるチャイムが教室いっぱいに響き渡った。静かだった空気が一気に緩み、昼休みの到来を喜ぶ息遣いがあちこちから控えめに漏れはじめる。


「それでは、これで終わります。……初めての食堂では、あまりはしゃぎ過ぎないようにしてくださいね」


 日向先生が少し茶目っ気のある笑みを浮かべて告げると、教室に小さな笑い声が広がった。


 私は教科書をロッカーへ運ぶために立ち上がった。すると、背後から呑気な声が飛んできた。


「芽依ちゃんに会えるかな〜」


 玲央くんだ。振り返ると玲央くんも同じように教科書を抱えて立ち上がり、私の後を付いて来るつもりらしい。


「そんなに都合よく偶然は重ならないよっ」


 クスッと笑いながら腕いっぱいに教科書を抱え、玲央くんと一緒に廊下へ出る。


 廊下の壁際には、縦五列、横十列にずらりと並んだロッカーがあった。合計で五十個。私は自分の番号“48”が書かれた、端の上から三段目のロッカーを探し当てて扉を開く。すると——


『莉愛』


 耳に馴染んだ、機械が混じる声がした。教室から姿を現したのは、カナタだった。


(あ、そうか。この辺りのロッカーだとカナタたちの席の近くなんだ)


 そう思った瞬間、両腕にあった重さがふっと軽くなる。


『大丈夫? 手伝うよ』


「あっ、ありがとう。ちょっと重いなって思ってたの」


 カナタが教科書の一部を持ってくれたお陰で、私は丁寧にロッカーに本を収められた。


 しまい終わったので場所を譲るように一歩下がると、視線の先で、カナタと玲央くんがばったり顔を合わせていた。


「ん? あっ、カナタ。玲央くんだよ。私の後ろの席なの。……玲央くん、こっちは同じ常盤町から来たカナタ。初等部も一緒だったの」


 私がふたりをそれぞれ紹介すると、玲央くんの目がパッと輝く。


「マジで!? うわっ、話してみたかったんだよ! へぇ、そのマスクで魔法使うの!? 声、カッケェっ!」


 玲央くんの弾けるような声に、廊下の空気がパッと明るくなった。思わぬ勢いに押されたのか、カナタの目元がほんの少し驚いた色を帯びる。


 気付けば廊下には小さな人集りができていて、みんな横目でチラチラ私たちを伺っていた。


「えっ、やっぱり四肢は全部本物なの?」


『うん』


「へぇ、見た目もカッケェなっ! あっ、声変わりとかあるの?」


 カナタが小さく首を傾げた、その間を埋めるように私は答える。


「あっ、うん。少し低くなってる気がする」


『えっ、本当?』


「うんっ、気持ちね!」


 初等部の頃と比べれば、やっぱり少し低くなっている。声帯を基にしてチョーカーから声色が出ているって、リョク様が言っていたのを思い出した。


「へぇ! ご飯はここから食べるの?」


 玲央くんが遠慮もなくカナタのチョーカーを覗き込む。


『っ、うん』


 カナタは答えながらも、どこか戸惑った様子だった。今までこんなに嫌な感じせず、無邪気に興味を向けられたことがなかったんだと思う。その姿が何だか面白くて、でも同時に少し嬉しくて、私は思わず小さく笑った。


「えーっ! ねぇねぇ、昼一緒に食べようよっ!」


『えっ!?』


 不意を突かれたカナタの声は、これまで聞いたことのないくらい素直に驚いた響いていた。カナタの意外な反応に、私は思わず笑ってしまった。



ここまで読んでくださりありがとうございます。もし少しでも面白いと思っていただけたら、感想や評価で応援していただけると嬉しいです。

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