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整いすぎた旋律——操導練習

 一時間ほど視覚魔法の練習を続けた私たちは、

 すっかり疲れ切っていた。


(さすがに……やりすぎたかも)


 頭の奥がじんじんと痛む。


 視界も僅かに揺れていて、

 足元がおぼつかない。


 私はその場で立ち止まり、

 ふたりの様子を見た。


 拓斗は両手で目元を覆っている。


 明らかに、私よりきつそうだった。


 晶くんは呼吸を整えながら、

 すぐに拓斗へ声をかける。


「拓斗、大丈夫? 視覚魔法、苦手な方だった?」


「あぁ……うん、苦手……」


 かすれた声。


 無理をしているのがわかる。


 その様子を見て、

 晶くんは少しだけ目を細めた。


「すごい真剣にやってたよね」


 柔らかい声で続ける。


「真面目だなって思ったし……正直、すごく頼りになるよ」


 その言葉に、

 拓斗がゆっくり手を下ろした。


「……そうか」


 短い返事。


 でもどこか、

 落ち着かない響きがある。


 晶くんは間を空けずに言葉を重ねる。


「横で見てるとさ、ちゃんとやってくれるって安心できるし……俺も頑張ろうって思える」


 さらりとした言い方。


 でも、どこか“整っている”。


 用意された言葉みたいに、

 きれいに。


 拓斗は何も返さなかった。


 そのまま晶くんの視線が、

 私へ移る。


「莉愛ちゃんもさ、手つきがすごく綺麗だよね」


「えっ……」


 不意を突かれて、

 思わず顔を上げる。


「だからかな。魔法も、見てて気持ちいいくらい整ってる」


 柔らかく、優しい声。


 さらに続く。


「それに気配りもすごいよね。俺が余計なことしないように、先に動いてくれるし」


「…………」


「こうして一緒にいるとさ、安心して笑っていられるんだよ」


 優しい言葉が、重なる。


 ひとつひとつは、嬉しいはずなのに。


 ――でも。


 胸の奥に、

 小さな引っかかりが残る。


(……カナタが言ってたのは、このことかな?)


 拓斗を見る。


 同じだった。


 同じように、

 どこか噛み合っていない空気。


「そろそろ交代の時間だね」


 晶くんが軽く言う。


「二人ともこの状態だし、今日は切り上げて創駆の方に合流しない?」


 自然な提案。


 ちょうどいいタイミング。


「あ……それがいいかも……」


 迷わず頷く。


「……俺も」


 拓斗も短く同意した。


「じゃあ、片付けは俺がやるよ」


「いや、私たちも――」


 一歩足を進めた瞬間。


 足元がぐらりと揺れた。


(っ、転ぶ――)


 目を閉じた。


 でも。


 衝撃は来なかった。


 代わりに、

 温かい感触。


 恐る恐る目を開けると――


 すぐ目の前に、晶くんの顔。


 しっかりと抱き止められていた。


「大丈夫っ?」


 耳元で響く声に、

 心臓が跳ねる。


「あ……ありがとう……」


 距離が近い。


 顔が熱くなる。


「だから言ったでしょ。無理しないで」


 優しく諭す声。


 逃げ場がないくらい、

 真っ直ぐな優しさ。


 結局、

 私たちは壁際に座り込むことになった。


 視線の先では、

 晶くんがひとりで片づけを進めている。


 動きは無駄がなくて、

 呼吸も乱れていない。


「……晶くん、なんであんなに平気なんだろ」


「……それな」


 拓斗も小さく呟く。


 私たちは動けないのに、

 晶くんだけが軽やかに動いている。


 それなのに――


 なぜか、安心しきれなかった。


 しばらくして、

 なんとか歩ける程度まで回復した。


「どう? もう大丈夫?」


 晶くんが振り向く。


 変わらない笑顔。


 でも、それが少しだけ遠く感じる。


「私は平気……拓斗は?」


「……行ける」


 立ち上がった瞬間、

 拓斗がふらついた。


「っ、無理しちゃダメだよ」


 咄嗟に腕を支えると、

 拓斗の頬がほんの少し赤くなる。


 だけど、

 それより先に晶くんが言った。


「……拓斗、俺の肩に掴まりなよ」


「莉愛ちゃんも、さっきまでふらついてたし。二人とも倒れたら危ないでしょ」


「……悪い」


 拓斗は観念したように、

 晶くんの肩に手を置いた。


「はい、莉愛ちゃんはこっち」


「へっ?」


 晶くんは当然みたいに、

 左の義手を差し出してくる。


「わ、私はもう大丈夫だよっ!」


 慌てて断ると、

 晶くんは揺るがない笑みのまま言った。


「……いや、まだ視線がふらふらしてる。今は拓斗も支えてるし――」


 少しだけ声を落として、

 諭すみたいに続ける。


「俺のために、手、繋いでよ」


 その言葉に、心臓が強く跳ねた。


 私のため、じゃなくて。


 “俺のために”。


 そう言われると、

 断る理由が見つからなくなる。


「……じゃあ、失礼します」


 晶くんの義手にそっと右手を重ねる。


(……温かい)


 冷たいと思っていた義手が、

 思いのほか馴染む温度で少しだけ驚いた。


 私たちは三人並んで、

 魔械(マギア)訓練館を出る。


 晶くんは、私たちに合わせるように

 ゆっくり歩いてくれる。


「莉愛ちゃんと俺、義肢の位置が同じだからさ。話しやすくて助かったよ」


 また、自然に感謝が落ちてきた。


 でも。


(……まただ)


 同じ感覚。


 優しいのに、どこか作られている。


「晶くん」


「ん?」


「……そんなに気を遣わなくていいよ」


 気づけば、口にしていた。


「少なくとも、私には」


 一瞬。


 晶くんの表情が止まる。


「……俺にもいらん」


 拓斗が低く言った。


「やめてくれ」


 静かだけど、はっきりした拒絶。


(やっぱり、拓斗も感じてたんだ)


 しばらく、

 沈黙が落ちた。


「……俺の言葉、気に入らなかった?」


 晶くんの声が、少しだけ揺れる。


「そうじゃなくて……」


 言葉を探す。


「本心で話してないなって、なんとなくわかるよ」


 静かに、そう言った。


 晶くんは、何も言わなかった。


「……全部が嘘じゃないのは分かる」


 拓斗が続ける。


「でも、整えすぎなんだよ」


 間を置く。


「計算じゃないんだから、そのままでいいだろ」


 私は少し考えてから、言った。


「……手、あったかかったよ」


「え?」


「義手、温めてくれてたでしょ」


 晶くんの視線が揺れる。


「そういうの、ちゃんとわかるから」


 思い切ってそう言うと、

 晶くんは少しだけ間を置いて、

 ふっと笑う。


 今までの笑顔とは少し違う、

 力の抜けた笑い方だった。


「……カナタにも、似たようなこと言われたなぁ。そんなに変だった?」


「少なくとも、俺は気味が悪かった」


 拓斗が即答する。


 その直球さに、

 晶くんの口元が僅かに引きつった。


「優しいのに……なんかちょっと違う感じっていうか……」


 うまく言えない。


 でも。


「……ピアノの調律がずれてるみたいな感じ」


 拓斗が言った。


 私は思わず顔を上げる。


「音は合ってる。でも、全部ほんの少しずつ調律がずれてる」


「だから、和音が濁って聞こえる」


 その言葉が、ぴたりとはまった。


「拓斗すごいね。音楽家さんみたい」


 思わずそう言うと、

 拓斗は一瞬だけ小さく笑った。


「一応、そういう家柄だからな」


「あ、そうだった」


 拓斗が少しだけ笑った。


 普段の無骨な態度の奥にあるものが、

 今だけ少し見えた気がして、

 胸の奥がじんわりと温かくなる。


「……素敵な演奏をするお二人だよね」


 ふいに、

 晶くんが懐かしそうに言った。


「えっ、晶くん、拓斗のお父さんとお母さんの演奏、聴いたことあるの?」


「うん。誕生日の時にね。ピアノとバイオリンのデュオで演奏してくれたんだ」


 そのときの晶くんの横顔は、

 今まで見てきた

 “安心させるための笑顔”じゃなかった。


 思い出をそのまま抱えているみたいな。


(……あ)


 胸の奥がやわらぐ。


「いいなぁ、それっ」


 思わず声が弾む。


 晶くんが、少し照れたように笑った。


 その笑顔は――


 さっきまでのものとは、違っていた。


読んでいただきありがとうございます。


晶という人物の本質が、

少しだけ見え始めた回でした。


“人を喜ばせること”を前提にした言葉と、

そこにあるほんの僅かなズレ。


そのズレがどう影響していくのか、

今後の関係と合わせて

見ていただけたら嬉しいです。

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