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04

(……カナタは、どのクラスになったのかな?)


 僅かに見えた如月寮を思い浮かべながら、私は詩乃ちゃんと並んで洗面台に立っていた。


 歯ブラシを口に入れると、ミントの香りが広がって、口の中はあっという間に泡でいっぱいになる。


 鏡越しにチラリと詩乃ちゃんと目が合い、ふたりでクスリと笑った。泡を丁寧に吐き出し、冷たい水で口を濯ぐ。


 使い終わった歯ブラシをそれぞれのコップに戻して、棚へそっとしまう。


 小さな仕草ひとつまでが、新しい生活の始まりを感じさせて、胸がまた少し高鳴った。


 部屋に戻り壁掛けの時計を見ると、時間は七時半を指していた。


「芽依ちゃんたちも、もう準備できたかなっ?」

 

 詩乃ちゃんが期待に目を輝かせる。


 確かに、そろそろ食堂から戻ってきてもおかしくない時間だ。


「準備して、フリースペースに行ってみる? 会えたら一緒に行けるかも」


「それいいねっ! 行こっ!」


 ワクワクした様子で詩乃ちゃんは学生鞄を手に取り、鏡の前で髪の毛をパタパタと整える。


 その姿を見ながら、私も自分の菊理を首から下げて、学生鞄を手に持つ。


 ドアを開け、しっかりと鍵をかけてから、私たちはエレベーターホールにあるフリースペースのソファに腰を下ろした。


 ちらほらと、この階の生徒たちが学生鞄を抱えてエレベーターへ乗り込んで行く。


 その様子を横目に、私たちはお喋りをしながら芽依ちゃんたちを待っていた。


 しばらく待つと——


 エレベーターの到着音と共にドアが開き、そこに芽依ちゃんたちの姿が現れた。


「あっ! よかったぁ。待っててくれたの?」


 芽依ちゃんがパッと顔を明るくする。


「うんっ、一緒に行こっ!」


「すぐ行くっ!」


 そう言うなり、詩乃ちゃんたちは慌ただしく部屋へと駆けていった。その背中を見送りながら、私は思わず笑みを溢す。


 胸の奥に、登校前の期待と少しの緊張が混ざり合っていくのを感じながら、私は再び時計に目をやった。


 制服を整えていると、廊下の奥からパタパタと軽い足音が近付いてきた。


 顔を向けると、息を弾ませた芽依ちゃんたちが、学生鞄を抱えて戻ってくるところだった。


「おまたせーっ!」


「それじゃあ、行こっか!」


 エレベーターのボタンを押して、扉が開くのを待つと、「キンッ」と軽やかな音が鳴って、再びドアが開いた。


 初めての登校に、胸の奥に小さな高鳴りを抱えながら、一緒にエレベーターへ乗り込んだ。


 エレベーターの中、鞄を抱えたまま、誰からともなく声が上がった。


「登校初日って、何をするんだろうねっ?」


「うーん……自己紹介とか?」


 芽依ちゃんが首を傾げる。


「プリントには『案内』って書いてあったよね。校内案内かな?」


「確かに……この学園って広いし、一日がかりかもね」


 想像するだけでちょっと大変そうだけど、不思議と胸が高鳴る。


 「大変そうだね」何て顔を見合わせて笑い合うと、エレベーターの空気は一気に明るくなった。


 緊張も不安も、みんなと一緒なら平気。そんな気持ちが自然と湧き上がってくる。


 一階へ到着のアナウンスと共にドアが開く。


 私たちは軽い足取りでエレベーターを降り、寮の玄関へと向かった。


 大きな扉を押し開けると、春の温かな空気と眩しい日差しがふわりと体を包み込む。


 玄関前から弥生寮の門へ続く道の両脇には、小さな庭園のように花々が咲き誇っていた。


 色取りどりの花弁が朝の光に照らされて煌めき、まるで「いってらっしゃい」と微笑んでいるみたい。


 少し遠くに、部屋の窓からも見えていたバスロータリーが広がっていた。


 ぐるりと円を描くように並んだバスたちが、朝の光を受けて鈍く輝いている。


 丁度その時、先頭の一台が低いエンジン音を響かせて動き出し、ロータリーをゆっくりと離れて行った。


「次のバスはあれかな?」


 芽依ちゃんが指差した先に、レトロな雰囲気のバスが控えている。きっと次に動くのは、あのバスだろう。


 その周りには、すでに多くの生徒たちが集まっていた。芽依ちゃんと「座れるかなぁ」何て話しながら歩いていると———。


『……莉愛』


 突然、自分の名前を呼ぶ声がした。


 機械の音が少し混じった、でもちゃんと優しい声。


 ハッとして振り向くと、少し離れた後ろをカナタが静かに歩いてきていた。


 一瞬だけ、本当に時間が止まったみたいに感じる。


(……カナタ!)


 思いがけず会えた嬉しさで足が止まって、自然と顔が綻ぶ。カナタが目の前まで来て、私は声をかけた。


「カナタ、おはよっ!」


『おはよう』


 やっとカナタと、ちゃんと目を合わせて話せた。


 それだけで胸の奥が温かくなった。


「ふふっ、やっと会えた」


『そうだね』


 カナタは小さく答えながら、目元をふわりと緩めて笑った。


 その何気ない笑顔に、胸がまた一段と高鳴る。


 芽依ちゃんたちを紹介しようと振り向いたけど、すでに詩乃ちゃんと盛り上がっていて、声をかけるタイミングを逃した。


(……また今度でいいか)


 そう思って、私は再びカナタへ向き直った。


「ねぇねぇ、カナタっ。カナタは、何組だった?」


 問いかけると、カナタは静かに鞄から一枚の紙を取り出し、そっと差し出してきた。


 見覚えのある、クラス発表の紙。


「……見ていいの?」


 コクリと、カナタが頷く。


 私は緊張で手が少し震えるのを感じながら、その紙を丁寧に開いた。


 《カナタ——一年 (よい)一九組 出席番号六番》


 その瞬間、胸の奥が一気に熱くなり、頬が自然と綻んだ。

 

 同じクラス。言葉にならない喜びが、心いっぱいに広がっていくのを感じた。


「同じクラスだっ!」


 思わず声が弾んで、私はぴょんぴょんと小さく跳ねてしまった。


 カナタと同じクラスになれた。その喜びが胸いっぱいに広がって、体中が軽やかに弾むようだった。


 そんな私のはしゃぐ様子を見て、カナタの目元が優しく和らいだ。チョーカー越しに、微かに笑うような息遣いが聞こえてくる。


 それだけで、胸の奥がさらに温かくなった。


 すると詩乃ちゃんが、次に発車するバスへ乗り込むのが見えた。


「じゃあ、一緒に行こっ」


『うん』


 私はカナタに紙を返して、並んでバスへ向かう。


 車内にはまだ空席がちらほらとあり、前の方では芽依ちゃんたちが詩乃ちゃんを囲んで、声を(ひそ)めながらも楽しそうに盛り上がっていた。


 私とカナタは、少し落ち着けそうな一番後ろの席を選んだ。腰を下ろしたカナタが、自然に体をずらして私の分のスペースを空けてくれる。


 私は小さく「ありがとう」と呟きながら、その隣に座った。


 バスの窓から差し込む朝の光が、カナタの横顔を柔らかく照らしていた。


「そう言えば———」


 私とカナタが他愛もない話をしていると、次第にバスは生徒でいっぱいになっていった。


 その中を、詩乃ちゃんが人をかき分けるようにして、やっとの思いで私たちのところまで辿り着いた。


「り、莉愛ちゃん……助けて……。あ、カナタくん、おはよ……」


『おはよう』


 酷くげっそりした様子の詩乃ちゃんが、カナタに挨拶すると私の隣に腰を下ろした。


「し、詩乃ちゃん、大丈夫?」


 思わず心配の声が出るほど、顔色まで疲れて見える。


「う、うん……。えっと……中央都市の子って、すごいんだね……」


 弱々しい笑みを浮かべる詩乃ちゃんに、私は苦笑いしながら頷いた。


「それは私も昨日、お風呂で思ったよ」


 芽依ちゃんたちは中央都市から来た子たち。とにかく、元気のレベルが違う。会話の速さもノリの良さも、常盤町にいた頃とはまるで別世界みたい。


(やっぱり、都心の子たちは進んでるんだなぁ……)


 思えば常盤町では、私とカナタと二人でいても、誰からも特に何かを言われたことはなかった。


「てっきり、詩乃ちゃんも一緒に盛り上がってたのかと思ったよ」


「いや……私はずっと、質問攻めにあってたよ……」


「ん、質問攻め?」


「その……『やっぱり彼氏なんじゃないのー』とか」


 その言葉に、胸がドキッと跳ねた。

 思わず隣をそっと見ると、カナタは窓の外に視線を向けている。


(……よかった。聞いてなかったみたい)


 胸をなで下ろしながら息をつく。


 詩乃ちゃんはげっそりした顔のまま、無理に笑顔を作ってカナタへ話しかけた。


「ねぇ、カナタくんはクラスどこだったの?」


 その瞬間、私の背筋がピンと伸びる。


 気付けば、カナタの代わりに勢いよく口を開いていた。


「カナタね、私たちと同じクラスだったよっ!」


 声が少し弾んでしまうのを、自分でも止められなかった。


 それを聞いた詩乃ちゃんは、げっそりした顔からいつもの笑顔になった。


「えっ! ほんとっ? わぁ、楽しくなるねっ!」


「うんっ!」


 私はカナタの方を向くと、私の視線に気付いたカナタが私を見て首を傾げる。


 その動きが何だか面白くて、私は思わずふふっと笑ってしまった。


 すると詩乃ちゃんが続けて——


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

もし少しでも心に残る瞬間がありましたら、ブックマークやレビューで、この世界を広げるお手伝いをいただけると嬉しいです。

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