守ると決めた距離——特別実習
「気を付けっ、礼っ」
「「「さようなら」」」
最後の号令が終わった瞬間、
教室の空気がほどけた。
椅子の音。
鞄のファスナー。
重なっていく声。
――放課後だ。
私は立ち上がりながら、
自然とカナタの方を見た。
みんなも、立ち上がる。
「ごめんっ、急用できたから先帰ってて〜」
後ろでは玲央くんが菊理に向かって話していた。
「大丈夫だった?」
菊理を服の中にしまう。
「ん? 大丈夫だよ。同じ寮だし」
あっけらかんと笑う。
その気軽さに、
少しだけほっとする。
私たちはそのまま、
みんなのいる方へ向かった。
自然と合流して、
そのまま廊下へ流れ出る。
――そのとき。
「玲央ーっ、またなーっ!」
廊下の向こうから声が飛んできた。
玲央くんの友達らしい数人が、
手を振っている。
「おうっ!」
玲央くんも軽く手を上げて返す。
何気ないやり取り。
――なのに。
その中に混じる、
いくつかの視線。
ほんの一瞬だけ、
こちらへ流れてくる。
そして――止まる。
カナタの、魔械面に。
好奇心。
探るような目。
そして、ごく薄い拒絶。
ほんの一瞬なのに、
胸の奥が、すっと冷える。
視線を辿るより先に、
私はカナタを見ていた。
カナタは、気づいている。
でも――何も言わない。
ただ、そっと視線を外す。
それが、余計に痛かった。
(気づいてほしくない)
そう思った瞬間にはもう、
私はカナタの袖を引いていた。
小さく。
でも、確かに。
カナタが振り向く。
「……行こっ」
できるだけ、いつも通りに。
カナタは一瞬だけ目を丸くして――
それから、ふっと目を細めた。
『……うん』
その短い返事に、
胸の奥が少しだけほどける。
並んで歩き出す。
それだけで、
さっきの視線が少し遠くなる気がした。
◇ ◇ ◇
鏡を抜けた先の別館は、
放課後の熱で満ちていた。
カフェスペースはほとんど埋まり、
白いカップと笑い声が溢れている。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
香ばしいコーヒーと、
甘い紅茶の香り。
さっきまでの教室とは、
まるで別の場所みたいだった。
どうにか席を確保して、
私たちはカウンターに並ぶ。
メニューは想像以上に多くて、
ページを捲るたびに迷ってしまう。
(……どうしよう)
結局、ロイヤルミルクティーにした。
隣ではメニュー表を前に
詩乃ちゃんが目を回していた。
「す、すごい……いっぱいある……」
そう言いながら、
お花が乗ったドリンクを指差している。
「それ、飲み物?」
「た、たぶんっ!」
もう不安そうだった。
優ちゃんは迷いなくルイボスティー。
拓斗と玲央くんはコーラ。
そしてカナタは――アイスコーヒー。
(またコーヒー……)
昨日のことを思い出して、
受け取りを待つ間にそっと袖を引く。
「ねぇねぇ、カナタ」
『ん、なに?』
「昨日、ちゃんと眠れた?」
少しだけ声が慎重になる。
でもカナタは、
柔らかく目元をゆるめた。
『……うん、眠れたよ。ありがとう』
「そっか」
それだけで、充分だった。
ほっとする。
◇ ◇ ◇
飲み物を受け取って戻ろうとしたとき――
「莉愛〜」
声が飛んできた。
振り向くと、
利玖が手を振っている。
そのままこちらへ歩いてくる。
「席取っといたから。来いよ」
そう言うと、
私のトレーをひょいと持ち上げた。
「あっ――」
そのままくるりと背を向けて歩き出す。
相変わらずだ。
勝手で、強引で、
でも迷いがない。
「あ〜、待って〜!」
慌てて追いかける。
人混みを縫って進むその背中は、
自然と道を作っていくみたいだった。
◇ ◇ ◇
辿り着いたのは、テラス席だった。
午後の光が、
白いテーブルに柔らかく落ちている。
そこだけ空気が違った。
静かで、整っていて、
どこか大人びている。
そして――
視線が集まる。
さっきとは違う意味の、視線。
自然と背筋が伸びる。
利玖は気にした様子もなく、
空いている席へ歩いていく。
「莉愛は操縦者? 操導者?」
「えっと、操導者!」
「ん」
トレーを置かれる。
気づけば席が分かれていた。
操縦者は、利玖たちの方へ。
操導者は、瑛梨香先輩の方へ。
その席には、見知らぬ女子生徒もいた。
「操縦者は俺の方。操導者は瑛梨香の方な」
そう言うと、
利玖はコーヒーカップが置かれた席に腰を下ろした。
私たちは、
それぞれの役割に分かれる。
一瞬だけ、カナタと視線が合う。
ほんの一瞬。
そして私は、
目の前の“先輩たち”へと向き直った。
読んでいただきありがとうございます。
「守る」ということは、
必ずしも前に出ることだけじゃなくて、
そっと隣にいることや、
何も言わずに手を引くことでもあるのだと思います。
今回の距離は、
そんな“ささやかな選択”でした。
ここから、先輩たちとの会話を通して、
さらに関係が動いていきます。
引き続き、見守っていただけたら嬉しいです。




