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知らない君を、ひとつずつ

 夕食の時間。


 食堂はにぎやかで、

 今日一日の余韻がまだあちこちに残っていた。


 席を探している生徒たち。

 食器の触れ合う小さな音。

 食後の楽しそうな会話の声。


 その全部が、

 “学園の夜”って感じがした。


 私たちは四人席に落ち着いて、

 それぞれ夕食を口に運ぶ。


「20組はどんな感じ?」


 スープをひと口飲んでから聞くと、

 芽依ちゃんは肩をすくめて笑った。


「いい感じだよっ。……同じクラスの弥生寮の子、みんな男子だったのはちょっと残念かも」


「そっかぁ、仲良くなれるといいねっ」


 詩乃ちゃんがすぐに笑う。


「うんっ。まぁ、そのうち慣れるでしょ」


 さらっと言ってから、

 芽依ちゃんは少しだけ頬をゆるめた。


「でもやっぱり、女子も欲しかったな〜」


 くすっと笑う。


 そのとき、詩乃ちゃんが

 ぱっと顔を上げた。


「あっ、そうだっ! 芽依ちゃんが優ちゃんと知り合いなの、びっくりしたよっ!」


「あー、あれね」


 芽依ちゃんが少し懐かしそうに笑う。


「初等部が一緒だったの。でもクラスは違ってて」


「その頃から、優ちゃんはすごかったんだよっ」


「すごい?」


 首を傾げると、

 芽依ちゃんはうんうんと頷いた。


「自分を持ってるっていうか……カッコよかったの」


「へぇ……」


「四年生のとき、いきなりお化粧して登校してきてさ」


「えっ!?」


 私と詩乃ちゃんの声が揃う。


「先生もみんなもびっくりしてたよ」


 芽依ちゃんはくすっと笑った。


「男子は揶揄ってたけど——」


「けど?」


「体育でコテンパンにしてた」


「わぁ……」


 思わず吹き出してしまう。


「優ちゃんらしいね」


「ねっ!」


 詩乃ちゃんもすぐに頷いた。


 そのときだった。


「………何の話してんの」


 不意に、

 頭上から低い声が落ちてきた。


 私と詩乃ちゃんは同時に顔を上げる。


 そこに立っていたのは、

 見覚えがあるような、

 でも知らない男子だった。


 深みのある色黒の肌。


 光を受けて紫色に煌めく銀髪。


 ゆるく気だるげな立ち方なのに、

 妙に目を引く。


 知らない人、のはずなのに——


 なぜか少しだけ、

 見覚えがある。


 私がぽかんとしていると、

 芽依ちゃんが「あっ」と声を上げた。


「優ちゃん。今からご飯?」


「いや、もう食べ終わった」


 男子は片手を軽く上げて、

 気だるげに答える。


「……で、俺の名前が聞こえたから見てみたら、なんか盛り上がってるから気になって来てみた」


 一拍。


 私と詩乃ちゃんは、

 同時に固まった。


 そして——


「「えっ!? 優ちゃん!?」」


 声が綺麗に重なった。


 芽依ちゃんが吹き出す。


 その隣で、

 “男子”も肩を震わせて笑った。


「いい反応だねぇ、優ちゃん」


「ああ。……この姿では初めまして、かな」


 そう言って笑うその人は、

 間違いなく“優ちゃん”だった。


「え、え、えっ……」


 言葉が追いつかない。


 教室で見る優ちゃんは、

 華やかで、凛としていて、

 少しだけ近寄りがたいくらい綺麗だった。


 でも今、目の前にいるのは——


 肩の力が抜けていて、

 ずっと自然で、

 どこかラフな“男の人”だった。


「こんなに変わるものなんだぁ……」


 思わず呟くと、

 芽依ちゃんが楽しそうに笑う。


「でしょ?」


「座れば? ここ空いてるよっ」


「じゃ、飲み物持ってくる」


 優ちゃんは、

 軽く手を挙げてカウンターへ向かった。


 その後ろ姿を見送りながら、

 私と詩乃ちゃんはしばらく言葉を失っていた。


◇ ◇ ◇


 優ちゃんがカップを持って戻ってくる。


 芽依ちゃんの隣に腰を下ろした。


 ——男の姿のまま。


 その自然さが、

 逆に不思議だった。


「……すごく印象変わるんだね」


 詩乃ちゃんも何度も頷く。


「教室だと、もっとこう……キラキラしてる感じなのに」


「そうだな。普段はこんな感じ」


 優ちゃんは頬杖をついた。


「ああいう感じ、好きなだけだよ」


 さらりと答えて、ふっと笑う。


 その笑い方だけで、

 ちゃんと“優ちゃん”だと分かった。


「えっ、じゃあお出かけのときはどっちなの?」


 詩乃ちゃんが身を乗り出す。


「そのときはしないかな。ほとんど学校だけ」


「「へぇ〜」」


 私と詩乃ちゃんの声が揃う。


 顔を見合わせて、

 なんだかおかしくなって笑った。


 同じ人なのに、

 見えるものがこんなに違うなんて。


 学園に来てから、

 “知らなかったこと”ばっかり増えていく。


 でも不思議と、

 それが怖いとは思わなかった。


 むしろ少しだけ、

 嬉しいと思った。


「そういえば、みんなは委員会、何にしたの?」


 芽依ちゃんがそう言って、

 自然と話題を戻した。


「詩乃ちゃんは、技術管理委員会だっけ?」


「そー! 頑張ってみるねっ!」


 詩乃ちゃんが両手をぎゅっと握る。


「莉愛ちゃんは、環境整備委員会だっけ?」


「うんっ、そうだよ」


「私、交流委員会にしたよ!」


「あ、俺も」


「だと思ったっ!」


 芽依ちゃんと優ちゃんが

 ぱちんと手を合わせる。


 その息ぴったりな感じに、

 思わず笑ってしまう。


(玲央くん、残念。違う委員会だよ)


「それで、芽依はやっぱり部活は……美容芸術部?」


 優ちゃんがカップの縁を指先でなぞる。


「うんっ、絶対っ! メイクをいっぱい勉強したいっ!」


 芽依ちゃんの目が、

 きらきらと輝いた。


 その顔を見ているだけで、

 こっちまで少し嬉しくなる。


「優ちゃんは?」


「ん〜……ダンス部かなぁ」


「えっ、ダンスできるのっ!?」


 詩乃ちゃんが目を丸くする。


「ダンスというか……優ちゃんは、体動かすことなら大体なんでもできるんだよね」


 芽依ちゃんが苦笑まじりに言う。


「小四のドッジボールなんて、今でも思い出して笑っちゃうよ」


 優ちゃんが小さく吹き出した。


「完膚なきまでに、全員当ててやったな」


「相手が復活したら、速攻でまた当てちゃうんだもん! 私、ずっと外野で笑ってたよっ!」


 私たちも思わず吹き出した。


 そのとき、詩乃ちゃんが

 思い出したように身を乗り出す。


「そうだ、優ちゃん! カフェどうだったのっ?」


 その瞬間、

 優ちゃんの瞳がぱっと輝いた。


「そぉっ! お茶したのよっ! もう、素敵だったわぁ……」


 両手を合わせて、

 頬に寄せる。


 そこにはよく見る“優ちゃん”がいた。


「エスにもなってもらえたし、これで晴れて——」


 胸に手を当てて、

 うっとりと微笑む。


「あたしは瑛梨香お姉様のアプレンティスよ」


「よかったねっ!」


 その嬉しそうな顔に、

 つられて笑ってしまう。


「……ところで、アプレンティスになると、何か特別にできることってあるの?」


 私がそう聞くと、

 優ちゃんは少しだけ考え込んだ。


「そうだな……」


 顎に指を添え、

 視線を上に向ける。


「アプレンティスだからこそ会いに行ける、とか。上級生しか使えない部屋に入れたり、資料を読めたりとか」


「あとは、上級生と下級生を繋ぐ橋渡しになる、かな」


「なるほど……」


 詩乃ちゃんが感心したように頷く。


「確かに、上級生の教室とか行くの緊張するもんね。行ける理由があるのは心強いかもっ!」


 先輩たちの世界は、

 まだ少し遠い。


 でも、

 こうして繋がっていく道があるのなら——


 きっとその距離も、

 少しずつ変わっていくんだと思う。


◇ ◇ ◇


 気づけば、食器はすっかり片づいていた。


 私たちのグラスも、

 優ちゃんのカップも空になっている。


 楽しい時間は、

 本当にあっという間だ。


「そろそろ戻らなきゃね」


 芽依ちゃんが伸びをして、

 少し名残惜しそうに言う。


「そうだな。明日から本格的に授業も始まるし」


 優ちゃんも、穏やかに笑った。


 私たちはトレーを返却口へ運び、

 食堂を後にする。


 エレベーターホールで、

 優ちゃんが振り返って軽く手を振った。


「じゃ、また明日」


「うん、またね!」


 私たちも揃って手を振り返す。


 優ちゃんを見送ってから、

 私たちもエレベーターに乗り込んだ。


 壁の影猫ちゃんたちが

 私たちを迎えてくれる。


 詩乃ちゃんが指を差し出し笑って、

 芽依ちゃんもつられて笑った。


 そのまま部屋へ戻り、

 荷物を置いて、

 大浴場へ行く準備をする。


 ふと、

 手が止まった。


 今日のことが、

 胸の中に静かによみがえる。


 初めて見る景色。


 笑い合った時間。


 知らなかった一面。


 少しずつ、

 繋がっていく距離。


 どれもまだ“特別”なのに、

 きっとこれから、

 少しずつ当たり前になっていく。


 そう思うと、

 胸の奥が少しだけ熱くなった。


 窓を開ける。


 夜の空気が、

 静かに流れ込んできた。


 見上げた空には、

 いくつもの星が瞬いている。


 まだ言葉にできない何かが、

 少しずつ、

 この場所にはある気がしていた。


 すぐそばにいるのに、

 まだ見えないものがあることも。


 それでも、

 少しずつ知っていけたらいいと思った。


(……明日から、楽しみだな)


 そう思えたことが、

 少しだけ嬉しかった。


 胸の奥に、

 小さな期待を抱えたまま。


 私は、そっと窓を閉めた。



第一章 そばで、希う。


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