隣に並ぶ名前——特別実習
「皆さん、静かにっ。これから双輪試走演習の説明を始めますよ!」
昼休みが終わって、五時間目が始まった。
入学してから、もう一ヶ月。
教室の席にも、
いつも一緒にいる顔ぶれにも、
すっかり慣れてきた。
最初は何もかも新しくて緊張していたのに、
今ではそれが
当たり前みたいに思えてしまう。
お腹はいっぱい。
窓から差し込む日差しは
ぽかぽかと暖かくて、
教室の空気まで眠たく感じる。
うとうとしかけていた意識を、
日向先生の声がすくい上げた。
先生は教卓に立ち、
魔械機器へ視線を走らせる。
ざわついていたクラスメイトたちも、
その一声で自然と口を閉じた。
次の瞬間――
教室前方の大きなスクリーンに、
映像が映し出された。
「おお……」
誰かが、小さく声を漏らす。
映っていたのは、
歴代の双輪試走演習の様子だった。
一人は、
魔械の機体に跨って
コースを駆ける。
もう一人は、
別室から義肢を通して魔法を飛ばし、
障害物を壊し、道を切り開いていく。
スピードと魔法が噛み合うたび、
教室のあちこちで息を呑む気配が広がった。
(すごい……)
ただ速いだけじゃない。
ただ魔法が強いだけでもない。
ふたりの呼吸が合って、
初めて成り立つ演習なんだと、
映像だけで伝わってくる。
その画面の中に、
見慣れた顔が映った。
――利玖だ。
思わず、背筋が伸びる。
利玖はバイクみたいな魔械機に跨り、
迷いなくコースを駆け抜けていた。
義肢と機体がぴたりと噛み合っていて、
まるで身体ごと機体と一体化しているみたいだった。
義腕がハンドルを握るたび、
微かな光が機体の蔓模様を走る。
真剣なのに、
どこか楽しそうな横顔。
(わぁ……)
やっぱり利玖はすごい。
そして、
その相方として映っていたのは、
瑛梨香先輩だった。
別室の装置に義足を乗せ、
手元のノートに視線を落としながら、
迷いなく魔法を繰り出していく。
義足の接続部が淡く光るたび、
離れたコース上で魔法が展開される。
障害物が弾け、
壁が開き、
進路が切り拓かれる。
利玖が走る先を、
瑛梨香先輩が迷いなく支えていた。
(……きれい)
少しだけ、不思議な感覚だった。
今の高等部の代表みたいな先輩たちも、
中等部一年生の頃はまだ今より幼くて、
どこかあどけなさが残っている。
なのに、
画面の中では
もうちゃんと“先輩”だった。
映像が終わると、
スクリーンが暗転する。
教室に、
少しだけ名残惜しい空気が残った。
前に立つ日向先生が、
ひとつ咳払いをする。
「さて、ここからは……皆さんが挑む双輪試走演習について説明します」
その一言で、
教室の空気が少し引き締まった。
「演習は、二人一組で行います。一人は操縦者。魔械で組み上げた機体を義肢を通して操作し、コースを走り抜ける役目です」
操縦者。
その言葉だけで、
さっきの利玖の背中が頭に浮かぶ。
風を切るみたいに走っていて、
すごくかっこよかった。
「そしてもう一人は操導者。別室の装置を介して、遠隔から魔法を使い、障害物の突破や防御を担当します」
今度は、
瑛梨香先輩の姿が浮かんだ。
走る人と、支える人。
役割は違うのに、
どちらが欠けても成り立たない。
左腕の義手を、
そっと撫でる。
金属の継ぎ目はひんやりしているのに、
その奥には確かに自分の魔力が流れている。
――これで、誰かと走るんだ。
「使う機体は、すべて自作です」
一瞬、教室が静まり返った。
「……え?」
誰かの、間の抜けた声。
それをきっかけに、
あちこちでざわざわと小声が広がっていく。
「自作って……あのバイクみたいなの?」
「いや無理だろ」
「絶対難しいじゃん……」
驚きというより、
途方に暮れたみたいな空気だった。
(自作……!?)
バイクみたいなあれを、
自分たちで……?
驚く私たちに、
日向先生は少しだけ笑う。
「もちろん、完全に一からではありません。先輩や先生の力を借りながら、自分たちに合った形に仕上げてもらいます」
その言葉に、
教室のあちこちでほっと息が漏れた。
「準備期間はおよそ一か月。工房や資料室の使い方、誰に相談するか――」
「その積み重ねが結果に繋がります」
一か月。
長いようで、
きっと短い。
なんだか急に現実味が増して、
胸の奥がそわっとした。
そして先生は、
少しだけ声の調子を変えた。
「そして、ペアは――皆さんの魔力相性で決まります」
その瞬間。
教室の空気が、ぴたりと変わった。
「えっ」
今度は、さっきみたいな困惑じゃない。
あちこちで、
誰かが誰かを見る気配が走る。
「自由じゃないの……?」
「え、誰と組むんだろ」
「マジで相性だけで決まる感じ?」
ざわめきは小さいのに、
教室の温度だけが少し上がった気がした。
魔力相性。
入学式の日に測った、
あの数値。
相手との相性が、
この演習では何より優先される。
その“誰か”と自分が結びつくんだと思った瞬間――
心臓が、とくんと大きく鳴った。
期待。
不安。
ほんの少しの好奇心。
いろんな気持ちが混ざり合って、
胸の奥がじんわり熱を帯びていく。
「それでは、これからペアと役割を発表します。スクリーンに映し出しますので、自分の名前を探してください」
日向先生の澄んだ声が教室に響く。
同時に、義足の金属が澄んだ音を立てた。
次の瞬間――
教室前方のスクリーンが、
ふわりと白く光をまとった。
淡い揺らぎの中に、
文字がひとつ、またひとつと浮かび上がる。
光の粒が、
宙にキラキラと舞った。
(わぁっ……)
思わず、目を奪われる。
名前が映し出されていくたび、
胸の奥がじわじわと熱を帯びていった。
心臓の音が、
少しずつ速くなる。
そして――
(……あったっ!)
操導者の列に、
私の名前があった。
そのすぐ隣。
操縦者の列に並んでいたのは――
詩乃ちゃんの名前だった。
胸の奥が、
じわりと温かくなる。
(詩乃ちゃんとペア……!)
隣にある名前が、
こんなにも安心をくれるなんて思わなかった。
詩乃ちゃんは、
目をきらきらさせながら私を見ていた。
小さく、でも力いっぱいに手を振ってくれる。
その様子がなんだかおかしくて、
思わずふっと笑ってしまう。
私も小さく手を振り返した。
(よかった……)
ほっとしながら、
もう一度スクリーンに目を向ける。
「……おっ、あった」
後ろから玲央くんの声がした。
思わず振り向く。
「えっ、本当っ?」
「ほら、上から三番目」
玲央くんが指差した先には、
操導者の列に玲央くん、
操縦者の列に優ちゃんの名前が並んでいた。
(そっか……優ちゃんは玲央くんなんだ)
胸の奥に、
ふっと納得みたいなものが落ちる。
そして、残るは――
(……カナタ)
私はもう一度、
スクリーンを見上げた。
名前の列を、
上から順に辿っていく。
ひとつずつ。
ひとつずつ。
光の粒が、
視界の端で揺れていた。
そして、
見つけた。
列の少し上の方に、カナタの名前。
その隣に並んでいたのは――
(……あ)
拓斗の名前だった。
胸の奥が、ざわりと波立つ。
今の拓斗が、
初等部の頃みたいに
カナタに何かするとは思わない。
カナタだって、
拓斗を避けたりはしない。
ちゃんと話しているのも、
もう知っている。
だから、
おかしい組み合わせじゃない。
そう思いながら、
思わずカナタの方を見る。
カナタは、
スクリーンを見上げたままだった。
目がほんの僅かに見開かれている。
でも――
それだけじゃなかった。
瞬きもしない。
(……え)
遠くて、
表情まではよくわからない。
それなのに――
今、カナタがいつもと違うことだけは、
はっきりわかった。
その横顔が、
ひどく遠く見えた。
読んでいただきありがとうございます。
第二章「繋いで、希う」が始まりました。
この章では、
“誰と繋がるのか”だけでなく、
“どう繋がっていくのか”を描いていきます。
近づく距離。
そして、少しずつ生まれる違和感。
それぞれの関係が、
ここから動き始めます。
引き続き、よろしくお願いします。




