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15

 会場中のテーブルに、淡い光が走った。


 まるで目に見えない魔法のヴェールが、ふわりと剥がれていくように。何もなかったはずのテーブルの上に、色取りどりの料理が次々と姿を現していく。


 湯気の立つスープや、宝石みたいに光っているお寿司、ジュレで包まれた前菜たち、ハーブの香る肉料理、香ばしい匂いの漂う焼きたてのパン、カラフルなフルーツタルトに、繊細に盛りつけられたスイーツ。


 それぞれのテーブルが、一気にごちそうの舞台に変わったようだった。


 一瞬の静けさの後、ざわり、と感嘆の波が広がっていく。驚きと喜びに満ちた声がホールのあちこちで弾けるように響き、新入生たちの表情がぱっと花開いた。


「嘘っ……! すごい……」


「わぁっ、ケーキまである〜!」


「全部、本物……だよな!?」


 まるで、魔法が生んだ夢の世界に、迷い込んだようなひと時。その賑わいと高揚に、私たちの心は優しく、そしてしっかりと包まれていた。


 そんな新入生たちを見て、京香副寮長がふわりと微笑んだ。そして両手を胸の前でそっと合わせると、柔らかい声で言った。


「それでは、みなさん……いただきましょうっ」


 その一言で、会場がパッと明るくなった気がした。 拍手のように笑顔が弾けて、あちこちで「いただきます!」の声が重なっていく。


 芽依ちゃんと詩乃ちゃんは、テーブルに並んだ色取り取りの料理を見て目をキラキラさせながら「どれから食べる!?」何て迷ってしまうほど。


「このミニトマトが乗ったサラダ取ってくるねっ!」


「じゃあ私は、このパイ包みのお肉いってみるっ!」


 芽依ちゃんと詩乃ちゃんがワクワクしながら料理を取りに行って、私もそっと後ろに着いて行った。


 お皿を手に取ると、香ばしい匂いや甘い香りがふわっと広がって、お腹の音が鳴りそうになる。


 料理の一つ一つが丁寧に盛りつけられていて、食べるのがもったいないくらい綺麗だった。


「ねえ見て見て、このスープ、星型のパスタが入ってるの!」


「わっ、可愛い~!」


 そんな小さな発見に、キャッキャとはしゃぐ私たちの声が、パーティ会場のあちこちから聞こえてくる笑い声や会話と混じって、会場を温かくて賑やかな空気で包んでいた。


 みんなが集まったテーブルで、初めて顔を合わせた子たちとも「これ美味しいねっ」「そっちの料理も気になる!」何て会話が弾んで、自然と笑顔が溢れてくる。

 そんな楽しい時間がしばらく続いた後。会場の照明が、ゆっくりと落ちた。


 会場が薄暗くなる。さっきまでの明るく賑やかな空気が、ふっと静まり返った。


 その中で、翔寮長の声が、ホール全体にゆったりと響き渡った。


「それではこれから——天律学園の文化祭、“創環祭”で上演される、弥生寮の伝統行事『演劇』を、今日は特別にショートミュージカルの形でお届けします」


 ザワッとした空気が流れて、スポットライトがステージに当たり、私たちは自然とそっちの方へと視線を向けた。


 音楽が静かに流れ出す。ピアノの旋律。少し寂しげで、どこか懐かしい。


 そこに現れたのは、ひとりの少女だった。


(あの人って……京香副寮長……?)


 練習用のバレエレオタードとバレエスカートに身を包み、静かにバーに向かって立つ。何度も同じ動きを繰り返すけど、どこかぎこちない。ジャンプの高さも、ターンの角度も、ほんの少し理想に届かないようで、悔しそうな顔をする少女。


 見ていて、胸が締めつけられるような、そんな練習風景。


 その時、少女の動きがふと止まって、怯えと戸惑いの混じった目で辺りを見回す。空気のような、でも確かにそこに「誰か」がいる。でも、少女が振り向いても、そこには誰もいない。


 誰もいないはずの空間に手を差し出すと、見えない誰かがそっと腰を支えてくれる。その手に導かれるまま、少女はもう一度、踊り始める。


 すると、舞台上の空気が変わる。

 

 目には見えない何かが、彼女の動きに寄り添っていく。次第に、少女のターンは美しく、ジャンプはしなやかになっていく。


(凄い、一人で踊っているはずなのに、二人で踊っているみたい……!)


 そして、音楽が高まった瞬間——


 そこは豪華なステージに変わり、少女の衣装がまばゆい光の中で変わった。


 頭には美しいティアラ、衣装は、薄青いロマンティックチュチュ。ふわりと舞うスカートが月の光を受けたように煌めく。


 そしてもうひとつ現れたのは、透明だった相手の姿。顔は伏せ気味でよく見えないが、彼は静かに少女の手を取り、美しい衣装を纏った青年へと変わる。


 そこからの数分は、まるで夢のようだった。


 言葉はひとつもないのに、ふたりの呼吸が重なっているのが伝わってくる。


 支え、導き、時に見つめ合いながら——


 ふたりはただ、ひたすらに踊っていた。


 観客席は静かだった。誰も声を出さない。ただ、見守る。


 私は自然と、両手を胸の前に組み、息を飲んで見つめていた。


 音楽がクライマックス。


 ふたりの踊りも終わり、そしてラストポーズ。


 その時、スポットライトがふっと落ちる。


 そしてまたライトが点灯すると、少女はまた練習着に戻っていた。音楽も初めのピアノに戻っていて、舞台もレッスン室の風景に戻っていた。


 少女は、少しだけ不思議そうに辺りを見渡した。


 そこにいたはずの青年の姿は、もうどこにもない。


 それでも——


 少女は静かに立ち上がり、誰もいないその場所へ向かって、バレリーナがやる優雅なお辞儀した。


 まるで、そこにまだ誰かがいるかのように。


 感謝の意を込めて……


 光がゆっくり落ち、音楽も静かに消えていった。


 ——カタン。


 誰かが手を滑らせてグラスを倒したような小さな音で、場の魔法が解ける。


 それまで息を潜めるように見入っていた新入生たちの間から、ぽつ、ぽつと拍手が起こる。それはすぐに大きな音の波になってホール中に広がった。


 莉愛も、その流れに自然と手を合わせていた。


 胸の奥がポッと温かくなる。物語の余韻がまだ心に残っていて、拍手のひとつひとつに、何かを伝えたくなるような気持ちが込もっていた。


 ふと隣を見れば、詩乃ちゃんも芽依ちゃんも目をキラキラさせながら拍手を続けている。


 会場全体の明かりが戻る。さっきまで静まり返っていたホールが、再び賑わいを取り戻し始めた。


 だけど、誰もすぐには元の空気には戻れないみたいだった。感動が胸に残ったままで、誰もが少しずつ言葉を探していた。


「すっごかったね……! 衣装チェンジとか、場面が変わる演出とか……もう全部!」


 詩乃ちゃんが、興奮をそのまま言葉にするみたいに早口で話すと、芽依ちゃんもコクコクと頷く。


「うんうんっ、セリフは一切なかったのに、聞こえたもんっ! 何て言うか…“言葉じゃない何か”がっ!」


 芽依ちゃんも、興奮が収まらないみたいで捲し立てるように話す。


「……うん、観てるだけで胸いっぱいだった……」


 あの豪華なステージ。キラキラの光に包まれて、素敵な衣装をまとったふたりの姿は、まるで夢みたいだった。


 あれは、ふたりの未来の姿?それとも、ふたりが思い描いた妄想の世界だったのかな。


 ———分からない。


 でも、ひとつ思ったのは……芽依ちゃんが言ってたこと。


 “言葉じゃない何か”で繋がってたって。


 その通りだって、私も思った。

 

 セリフはないのに、ちゃんと気持ちが伝わってくるような、不思議な瞬間。


 きっとあれは、心と心で会話していたんだ。


 そんな気がして、胸の奥がふわっと温かくなった。


 私は自然と笑みが溢れていた。気付けば周りのテーブルでも、同じように目を輝かせながら話す新入生たちの姿が見える。


 さっきまで静まり返っていた大広間には、また活気が戻っている。だけど、それは演劇が始まる前のざわめきとは少し違った。


 どこか優しくて、ほんのり温かい余韻をまとっている。


 明かりは戻っても、まだ心の中には演劇の光が残っているみたいだった。

 演劇の余韻も少しずつ落ち着き始めて、またテーブルの周りに柔らかな談笑の声が戻ってきた頃だった。


 ふと見回すと、さっきステージで紹介されていた先輩たちが、それぞれ新入生のテーブルを回って挨拶をしているのが見えた。


 私たちの元へ来てくれたのは、男子寮の責任者、京司先輩だった。


 優しくも凛とした雰囲気で、姿勢よくこちらへと近付いて来る。


「こんばんは。楽しんでる?」


 落ち着いた声と微笑み。京司先輩の問いかけに、詩乃ちゃんがぱっと顔を輝かせて答える。


「あっ、はいっ! さっきの演劇、すっごく感動しましたっ!」


 目をキラキラと輝かせるその表情に、京司先輩も少し嬉しそうに頷いた。


「それはよかった。あれは毎年の恒例なんだ。歓迎会のショートミュージカルで新入生の反応を見て、その年の創環祭で本公演をやるか決めるっていうのが、弥生寮の流れでね。今年の反応なら……うん、きっといけると思う」


 京司先輩はどこか満足げに微笑んでいた。


 その表情を見ていたら、私の胸の奥で、ひとつの疑問がふっと浮かんできた。


 思い切って口を開く。


この物語に触れてくださり、ありがとうございます。

もし少しでも心に残る瞬間がありましたら、ブックマークやレビューで、この世界を広げるお手伝いをいただけると嬉しいです。

あなたの一押しが、物語を未来へと運びます。

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