君が笑った昼休み——交友
「ねぇ、ダメ? もっと話聞きたいんだけど!」
『…………』
どう答えていいのか
わからないみたいだった。
(……ここは、口出ししない方がいいよね)
私は「大丈夫だよ」って気持ちを込めて、
そっと微笑む。
カナタが一瞬だけこちらを見て、
目元がほんのりゆるんだ。
『……僕の食事は流動食だから。……一緒に食事って感じはしないと思うけど』
「いいのいいのっ! 喋りたいだけだから! あ、もしかして見られるの嫌?」
『いや……別に』
「じゃあ決まりなっ! 一緒に食おうぜ〜!」
「莉愛ちゃんも来る?」
勢いのまま、私まで巻き込まれる。
カナタが質問攻めにされる未来が浮かんで、
思わず苦笑してしまう。
「……じゃあ、そうしよっかな」
◇ ◇ ◇
初めて使う鏡に戸惑っている人たちを
玲央くんはそっと掻き分けていく。
その後ろをついて行く私とカナタ。
そして食堂を思い浮かべて
鏡へ飛び込む。
次の瞬間、視界が開けた。
そこは、さっき案内で見た食堂前の廊下。
(……できた)
思っていたより、ずっと簡単だった。
『大丈夫?』
気づけば、すぐそばにカナタがいた。
「うんっ。えへへ、成功だね」
カナタの目元が、
少しだけ柔らかくなる。
それだけで、なんだか嬉しくなる。
「へぇ〜便利だなぁ」
玲央くんは鏡の縁をなぞりながら頷いた。
鏡や状況を確認するように
辺りを見回している。
食堂は、人で溢れていた。
ざわめきと、料理の匂い。
少しだけ現実感が遠のく。
(おいしそ〜)
オムライスを受け取った子が横を通る。
(やっぱり洋食かなぁ)
「俺、麻婆豆腐〜♪」
「カナタはなに飲む?」
カナタは一瞬だけ目を細める。
『……眠いからアイスコーヒー』
「眠れなかったの?」
『ん〜……そうみたい』
声が、ほんの少しだけ重い。
目元も、
よく見るとちょっと赤い。
(……そっか)
知らない人との同室。
きっと、それだけでも疲れる。
ほんの少し胸がきゅっと締めつけられた。
「……今日は、ちゃんと眠れるといいね」
囁くように言葉を置いた。
おまじないのように、
カナタへそっと贈る。
カナタは、
少しだけ目を見開いて――
ふっと、笑った。
◇ ◇ ◇
出来上がった料理をトレーに乗せ、
席につく。
玲央くんが私たちの向かいに腰を下ろす。
テーブルの上には、
湯気を立てる麻婆豆腐と、
とろとろの卵のオムライス。
『「「いただきます」」』
静かな声が三つ重なって、
食堂に柔らかく溶けていった。
カナタは流動食のパックをチョーカーへ接続する。
かちり、と小さな音。
その一連の動作を、
玲央くんが目を輝かせて見ていた。
「すげー……てか、それで足りんの?」
『とりあえずね』
「うぉ、喋れるんだ!? 便利〜!」
あまりにも素直で、
嫌味が一切ない。
(……不思議だな)
同じ“質問”でも、
玲央くんのは、痛くない。
「何が入ってんの?」
『必要な栄養と……最近はプロテインも入ってるみたい』
「いいなぁ! ムキムキじゃん!」
思わず、笑ってしまう。
カナタが、
きょとんとした顔でこっちを見る。
「朝も質問攻めされてたね。……大丈夫? 無理してない?」
『大丈夫だよ。ありがとう』
玲央くんがはっとした顔をして、
みるみる肩を落としていった。
「……俺のアホ〜……」
俯きながら自分を貶める玲央くん。
「どうしたの? 大丈夫?」
「莉愛ちゃんには、芽依ちゃんに俺の印象聞いて欲しかったのに……」
「すっごいナチュラルにこっちに誘っちゃってんじゃん……」
「あ〜」
私は宙を見上げる。
(そんな話をしたなぁ)
「寮で聞くよっ」
「お願いします……」
『……芽依ちゃん?』
カナタは首を傾げて私を見る。
(朝、紹介したんだけどな)
つい苦笑いしてしまった。
「朝、連環の塔で会った、隣のクラスの……」
「あ〜」
カナタは宙を見上げた。
……同じ動き。
「あ、カナタも芽依ちゃん知ってんの?」
口に含んだ麻婆豆腐を飲み込んで、
問いかける。
『今日初めましてだけど』
カナタは空になったパックを外し、
手際よく畳んだ。
アイスコーヒーに専用のストローを入れて、
チョーカーに挿す。
「……協力者は、多い方がいいよな」
玲央くんはひとつ息をついた。
「カナタ、俺は芽依ちゃんと仲良くなりたい。協力してくれ」
カナタは目を見開く。
『……はぁ。……なるほど』
少し間を置いて、肩をすくめた。
『……協力って、何をすればいいの? まだ何も知らないけど』
足を組み、グラスを軽く揺らす。
「まぁ、特別なことはなくてさ」
皿の麻婆豆腐をかき集め、
そのまま口に放り込む。
「タイミング来たら……うまーく繋いでほしい」
ごくん、と飲み込んで笑った。
『……何となく分かったよ』
頬杖をつきながら、
アイスコーヒーをこくっと飲み込む。
二人の温度差に、
思わず小さく吹き出す。
『……そんな瞬間が来るかは分からないけど、来たら玲央を呼べばいいんだね?』
「自然になっ!」
『努力します』
(もうこの距離?)
いつの間にか呼び捨てになっている二人に、
少し驚く。
(そういえば)
最後の一口を飲み込み、
紙ナプキンで口を拭く。
「ねぇねぇ、カナタ」
『ん、なに?』
ストローを外しながら、
私に柔らかい視線を向けた。
「私と利玖って、どこが似てると思う?」
『似てるところ……』
カナタは頬杖をついて、
考えるように視線を逸らす。
『……人をよく見てるところかな』
「人を、見る?」
『利玖は観察って感じで――』
カナタは私を見た。
『莉愛は寄り添う感じ。似てるけど、少し違う』
胸の奥が、ふっとゆるむ。
「あ〜、それ分かるわ」
玲央くんも頬杖をつく。
「利玖先輩と昨日初めて会ったけど、よく見てるなって思ったもん」
「へぇ……」
『……あと、二人ともお人好し』
少しだけ、伏せ目。
『困ってる人、放っておけないでしょ』
一拍。
『莉愛は……すぐ信じちゃうし』
チョーカー越しに、ふっと笑う気配。
責めるでもなくて、
ただ、知ってるって言われたみたいで。
胸が、少しだけ温かくなる。
「へぇ、莉愛ちゃんすぐ信じちゃうんだ?」
「あの……一旦信じてみようかなって……」
玲央くんが頬杖を外し、
真顔で私を見る。
「莉愛ちゃん」
「は、はい……」
「実は俺……留年してて、莉愛ちゃんより年上なんだ」
思わず目を見開く。
(あっ、だから)
「……だから、そんなに大人っぽいんだね」
一瞬。
玲央くんが吹き出した。
「莉愛ちゃんっ、違うって! 信じないで!!」
「えっ!? あれっ?!」
私の隣では、
カナタが俯いて肩を震わせていた。
(……カナタが、笑ってる!?)
そのことの方が、
胸を強く揺らした。
驚いたまま、見つめる。
カナタは目元を押さえながら、
『ごめん……ちょっと待って……』
機械混じりの声が、
笑いで揺れていた。
初めて見るその姿に、
目が離せなくなる。
「ひぃ〜っ、腹いてぇ……!」
(はっ! そうだった)
ぱっと玲央くんに向く。
「ご、ごめん! バカにしてるんじゃなくて!」
今、笑われてるのは私だ。
「だ、だって玲央くん、妙に大人びてるんだもんっ」
軽く睨むと、
「いやでもさ、信じるってすげぇよ」
玲央くんは肩をすくめた。
「俺、できねーもん」
「えー、そんなことないよっ。詩乃ちゃんとか絶対信じるよ!」
『確かに……』
落ち着いたカナタも小さく頷く。
「詩乃ちゃん?」
「友達だよ。初等部から一緒で」
ふと思いつく。
「……あっ、芽依ちゃんとも仲いいよ」
「マジっ!?」
「優ちゃんの方が詳しいかも。元々知り合いみたいだし」
「すげー! やっぱ莉愛ちゃんのそばにいると得だわ!」
身を乗り出して笑う。
『……そろそろ戻ろうか』
カナタが周りを見回す。
気づけば食堂は、人で溢れていた。
「そーだな。戻るかっ!」
玲央くんが手を合わせる。
私も小さく手を合わせて立ち上がる。
カナタの分も
まとめてトレーへ乗せる。
『ありがとう、待つよ』
「大丈夫っ」
トレーを返却して、廊下へ出る。
人の流れに混ざりながら、
私はふと右隣を見た。
カナタはいつもと同じように
静かに歩いている。
だけど――
さっきより、
ほんの少しだけ
空気が柔らかい気がした。
(……気のせいかな)
でも、確かに見た。
あの、笑っている顔を。
胸の奥に、
小さな灯りみたいなものが残っている。
(また、見たいな)
そう思ったそのとき――
「莉愛ーっ、カナターっ!」
弾むような声が、
廊下の向こうから響いた。
私は思わず顔を上げる。
カナタと顔を見合わせてから、
ふたりで振り向く。
「あっ――」
そこにいたのは、
利玖と、瑛梨香先輩。
そして――
その隣に立つ、見知らぬ男子生徒。
長い髪をひとつに結び、
どこか静かな空気をまとっている。
(……誰だろう)
読んでいただきありがとうございます。
今回のポイントはひとつです。
カナタが、笑った。
それだけのことなんですが、
それだけじゃない変化が起きています。




