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黄の頁、戸惑う君へ——学校案内

 教科書の山の中で、

 ひとつだけやけに分厚い本が目に入った。


 “術理言語学(じゅつりげんごがく)”。


 選択授業『黄』の教科書だ。


 呪文の成り立ちや魔法陣の解析。


 今はほとんど使われない

 “古代魔法”まで扱う教科らしい。


「うわ、難しそうだなぁ」


 後ろから玲央くんが、

 私の手元を覗き込んできた。


「今の魔法って、魔械(マギア)義肢を鳴らして感覚で発動してるんだよな」


「そうだね」


 今はもう、杖も呪文も必要ない。


 義肢を鳴らして、

 心を重ねるように魔法を発動する。


 それが“今”の魔法だ。


「この分厚さでも大変そうなのに……昔の人はもっとたくさんの本を読んで勉強してたんだろうね」


「そうだろうなぁ」


(……すごいなぁ)


 ページをめくるだけで、

 頭がくらくらしそうなのに。


「でも、知識があればどんな魔法にも応用できるんだよね」


「そうなるな。治癒魔法も自然魔法もいけるし……黄の賢者は、古代魔法ばっか使うらしいぞ」


「えっ」


 思わず目を瞬いた。


「そうなんだ? 黄の賢者って……頭いいっていうか、すごい人だよね」


「すごいっていうか、もう別枠だろ」


 玲央くんが肩をすくめる。


「知識量もだけど、考え方がやばいって聞く。話してる内容、周りが半分も理解できないこともあるらしいし」


「そんなに……?」


「経済とか人工魔法石とか、あの人が動かしてること多いらしいぞ。政治家より影響力あるって話」


「へぇ……」


 そこまでいくと、

 “賢い”って言葉だけじゃ足りない気がした。


(どんな人なんだろう)


 ただ頭がいいだけじゃない。


 もっと、ずっと遠いところを

 見ている人なのかもしれない。


 そんなことを考えていたときだった。


 教室の扉が開いて、

 日向先生が入ってくる。


 いつの間にか、

 チャイムが鳴っていたらしい。


「それでは、教科書の説明をしていきます。説明された教科書に、各自名前を書いていってください」


 教室のあちこちで、

 一斉にペン先の走る音が鳴った。


「次に鏡の使い方ですが……実は、とても簡単です」


 先生が教卓の前で続ける。


「鏡に入る前に魔械(マギア)義肢を鳴らし、自分が行く場所を強く思い浮かべるだけです。……ちゃんと思い浮かべないと、鏡にぶつかりますから気をつけてくださいね」


 その説明に、

 教室のあちこちから小さな笑いが起こった。


「では、この後は昼休みです。食堂で昼食をとってください」


 その一言で、

 さっきまでの堅い空気がふっとほどける。


 教室の中が、

 一気に昼休みの空気へ変わった。


「芽依ちゃんと昼、一緒に食べるの?」


 後ろの席から、

 玲央くんが身を乗り出して小声で聞いてくる。


 私は振り向いて答えた。


「うーん……約束はしてないから、どうだろうね」


「もし一緒だったらさ」


 玲央くんが、

 ちょっとだけ真面目な顔になる。


「俺の印象、聞いといてよ」


 その言い方が、

 必死なのにどこか楽しそうで、

 思わず笑ってしまう。


「あぁ。うんっ、いいよ。聞いてみるね」


「ありがとっ!」


 玲央くんが、ぱっと顔を明るくした。


「五時間目は、委員会と部活の説明を体育館で行います」


 日向先生が最後の説明をする。


「それまでに必要なことを済ませて、教室に戻っておくようにしてください」


 キーン、コーン、カーン、コーン――


 四時間目の終了を告げるチャイムが響き渡る。


「それでは、これで終わります。……初めての食堂では、あまりはしゃぎすぎないようにしてくださいね」


 先生が少し茶目っ気のある笑みを浮かべる。


 教室に、くすっとした笑いが広がった。


 私は教科書をロッカーへ運ぶために立ち上がる。


「芽依ちゃんに会えるかな〜」


 振り返ると、

 玲央くんも同じように教科書を抱えて、

 当然みたいに私の後ろをついてきていた。


「そんなに都合よく偶然は重ならないよっ」


 くすっと笑いながら、二人で廊下へ出る。


 壁には、ずらりとロッカーが並んでいた。


 自分のロッカーを開けて、

 分厚い教科書を抱え直した。


 そのとき――


『莉愛』


 耳に馴染んだ、機械混じりの声。


 カナタだ。


 振り向くより先に、

 両腕にあった重さがふっと軽くなった。


『大丈夫? 手伝うよ』


「あっ、ありがとう。ちょっと重いなって思ってたの」


 カナタが自然に何冊か受け取ってくれる。


 そのお陰で、

 教科書を丁寧にロッカーへ収めることができた。


「助かったぁ……ありがとう」


 そう言って振り向くと――


 カナタと玲央くんが、

 顔を合わせていた。


「あっ、カナタ。玲央くんだよ。私の後ろの席なの」


 私は手を差し出しながら続ける。


「玲央くん、こっちはカナタ。同じ常盤町から来たの。初等部も一緒だったんだよ」


 紹介が終わった瞬間――


「マジで!? うわっ、話してみたかったんだよ!」


 玲央くんの声がぱっと弾けた。


「えっ、そのマスクで魔法使うの!?」


「声、カッケェっ!」


 廊下の空気が、一気に明るくなる。


 カナタが、

 ほんの僅かに目を見開いた。


 たぶん、

 こんな勢いで距離を詰められるのは慣れていない。


「えっ、やっぱり四肢は全部本物なの?」


『……うん』


「メシはここから食うの?」


 玲央くんが、

 興味津々でカナタのチョーカーを覗き込む。


『っ、うん』


 一瞬だけ、カナタがたじろいだ。


 その姿がなんだか新鮮で、

 私は思わず小さく笑ってしまう。


「ねぇ、昼一緒に食おうよっ!」


『えっ!?』


 カナタの動きが、ぴたりと止まった。


 ほんの一瞬、

 時間まで止まったみたいに見えた。


 目が見開かれている。


 でも、それ以上は何も動かない。


 声も出ないし、

 頷きもしない。


 ただ、玲央くんを見たまま固まっていた。


(……すごく、困ってる)


 静かなままなのに、

 どうしていいかわからないのが伝わってくる。


 こんなふうに誰かにぐいっと距離を詰められて、

 戸惑っているカナタを見るのは初めてだった。


 だけど――


 それが、少しだけ新鮮で、

 胸の奥がくすぐったくなる。


 私は小さく、笑ってしまった。


読んでいただきありがとうございます。


分からないことに触れることも、

分からない人に触れることも、

少しだけ勇気がいる。


でもその一歩で、

見える景色は確かに変わっていく。


そんな回でした。

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