13
同い年のはずなのにどこか大人びていて、いつも優しくて、困ってる時はさりげなく手を貸してくれる。
誰かに褒められると、ちょっとだけ目を逸らして照れる。
形の整った切れ長の瞳は、まるで感情を抑え込んでいるようだけど、それでも笑った時は目の奥がふわっと柔らかくなる。
何かを深く考える時の癖や、ジッとこっちを見つめてくる視線に、ドキッとすることもあった。
考えれば考える程、胸の奥がざわざわしてくる。
(……これくらいにしておこう)
これ以上考えたら、余計に照れくさくなってしまいそうだった。
さっきは、ひとりで話すのが恥ずかしかったけど、今は逆に、誰かがそばにいたら、こんなふうに名前なんて呼べなかったと思う。
静かな部屋。自分だけの時間。
私は小さく息を吸って、そっと口を開く。
「……カナタ」
自分の声が思っていたよりも小さくて、少し震えていた。
でもその名前を口にした途端、ふわっと顔が熱くなるのを感じた。頬から耳の奥まで、じわじわと火照っていく。
——何でだろう? ただ名前を呼んだだけなのに。
ドキドキと胸が鳴って、指先までも落ち着かない。
静けさの中で、私はただじっと、カナタの声が聞こえてくるのを待っていた。
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一分くらいジッと待ってみたけど、カナタの声は一向に聞こえてこなかった。
静かな部屋の中に、自分の鼓動だけが響いてくる。
(やっぱり、まだ忙しいのかも……)
そう思って、私はそっと菊理の魔法石をタップした。
トン、トンと指先が触れると、ふわりと灯っていた淡い光が、静かに揺れて、そのままゆっくりと落ちていった。
——はぁ。
大きく息を吐いて、そのままベッドに背中から倒れ込む。腕を大きく広げて、天井を見上げる。
カナタが出てくれなかったのは、ちょっとだけ残念。だけど、同時にホッとした気持ちもあって、胸の中がくるくると渦を巻く。
(……何これ、変なの)
カナタのことを思い浮かべた時に感じた、あの胸のドキドキがまだ残っていて、その余韻に包まれるように、私は目を閉じた。
心地いい微睡みと、静かな午後の光に包まれて、私はそのまま、ウトウトと夢の中へ落ちていった。
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——カチャッ、キーッ。
鍵の回る音と、ドアがゆっくりと開く音で、ぼんやりと意識が浮かび上がってくる。
目蓋を持ち上げると、薄らと部屋の天井が見えて、遠くから元気な声が聞こえた。
「じゃあ、また後でねーっ!」
ドアの向こうで誰かに手を振っているらしい声は、間違いなく詩乃ちゃんのものだった。
(……あれ、私、寝ちゃってた?)
ぼんやりと体を起こして、レースカーテン越しに差し込む光を見やる。空はほんのり茜色が混ざっていて、夕暮れが近いんだって分かった。
どのくらい寝ていたんだろう。ほんのちょっとのつもりだったのに、すっかり時間が経っていた。
そんな私に気付いた詩乃ちゃんが、扉を閉めながらこっちへ向かってニコニコと笑いかけてくる。
「ちょっと寮の中を探検してきちゃったっ! 莉愛ちゃんは……寝てた?」
……やっぱり、寝起きはすぐバレるみたい。目を擦りながら、ぼーっとした感覚を誤魔化してみる。
「……うん……寝ちゃってたみたい……今何時かな?」
そう尋ねると、詩乃ちゃんは壁に備え付けで掛けてあった時計を見て、パッと目を丸くした。
「今はねぇ……わっ、もう十六時だって! 結構、探索してたんだなぁ〜」
(ってことは、私、一時間ちょっと寝てたんだ……)
朝からずっと新しいこと続きだったから、いい感じに頭も体も休まった気がする。ちょうどいいお昼寝と、時間潰しになったかもしれない。
私はベッドに座りながら、詩乃ちゃんの顔を見上げた。
「探索、楽しかった?」
問いかけると、詩乃ちゃんはパッと顔を明るくして、声のトーンが上がった。
「うんっ、楽しかったよー! 大浴場がね、すっごく広そうだったの! 中にはまだ入れなかったんだけどね……夜、一緒に行こうねっ!」
ニコニコと楽しそうに話す詩乃ちゃんの笑顔に、私も自然と頷いていた。
きっと今日の夜も、楽しい時間になりそうだ。
「そうそう、ここの階のね——」
詩乃ちゃんは自分のベッドに座ると、今日仲良くなった子たちの話をしてくれた。
すごく話が合う子、笑い出すと止まらないくらい明るい子。話すよりも聞いてくれるのが得意な子。
どの子の話も、詩乃ちゃんの表情から楽しさが伝わってくる。
それを聞いているうちに、何だか私もその輪の中にいるような気がしてきて…少しだけ、勇気が湧いた。
「莉愛ちゃんも、きっと仲良くなれるよっ! 莉愛ちゃんと話してみたいって言ってた子、いたもんっ!」
「えっ、そうなんだっ……嬉しいな……」
思わず溢れた笑顔と一緒に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
自分と“話してみたい”って思ってくれる子がいる——そのたった一言が、こんなにも心を軽くしてくれるんだなって思った。
またしばらく、詩乃ちゃんとお喋りしていると、時間はもうすぐ十七時。空の色もすっかり茜色で、魔械灯がひとつひとつ灯り始まる頃。
胸元に下げている菊理から、キラキラと澄んだ音が響いてきた。向かいにいた詩乃ちゃんも自分の菊理を覗き込んでいるから、詩乃ちゃんの方も鳴ってるみたい。
「んっ、楓先輩だねっ! また何か連絡かな?」
「そうだね、もしかして……新入生が全員、寮に到着したとか?」
「わっ! そうかもねっ!」
顔を見合わせた私たちは、同時に菊理の魔法石を軽くタップした。
トン、トン、とした次の瞬間、昼にも聞こえた、あの明るい声が耳に届いた。
[もしもーし! 女子寮、責任者の楓です! さっきね、新入生のみんなの寮が決まったみたいなので、これから顔合わせと歓迎会の準備をしますっ。新入生は十八時に、大広間へ来てくださーいっ!]
声が終わると同時に、菊理の魔法石は静かに光を落として、またいつもの姿に戻っていった。
「わぁーっ、もうすぐ始まるんだねっ!」
詩乃ちゃんは目をキラキラさせて、鏡の前へ行った。私は胸の奥が少しだけ、そわそわと高鳴った。
詩乃ちゃんは鏡の前で髪を整えながら、ワクワクした表情で話しかけてきた。
「ねぇ莉愛ちゃん、歓迎会ってどんな感じなんだろうね? 先輩たちの出し物とかあるのかな〜!」
「えっとぉ、何か……弥生寮の伝統行事? の見せ物があるみたいだよ」
私は、部屋に案内される時にもらったプリントを見てみた。弥生寮には、毎年の創環祭って言う学園行事でやる演劇があるらしい。
(演劇かぁ……)
観るのは好き。ステージの上で物語が動いていくあの感じも、舞台照明の煌めきも。でも、演じる側になるなんて、考えただけで顔が熱くなってしまう。
(多分、私には無理だなぁ……)
そう思いながらも、どこかで少しだけ、その舞台を楽しみにしている自分がいた。演じるのは無理でも、誰かの精一杯を見られるのは、きっと、素敵なことだ。
「楽しみだねっ。さっき一緒に回った子たちも、その時紹介するねっ!」
詩乃ちゃんの声は、弾むように軽やかだった。
「……うんっ!」
私の胸の中に、ポッと温かい火が灯った。
不安よりも、楽しみの方が少しだけ大きくなった気がした。
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