12
食堂での楽しい時間が、あっという間に過ぎていった。
(この後はどうしようかな……)
「この後、どうしよっか〜」
私が思ったことと同じことを詩乃ちゃんも考えていたみたいで、思わず小さく笑うと、詩乃ちゃんが不思議そうに首を傾けて私を見つめた。
「ねっ、どうしよっか。片付けも大体終わっちゃったしね」
「うん……あ、でも、同じ階の子とも、もっと話してみたいなっ!」
キラキラした目でそう言う詩乃ちゃんは、さっきのエレベーターを待っている時も、色んな子たちと楽しそうにお喋りしていた。
私はというと、その様子を隣で見ていた側。賑やかな空気は好きだけど、自分から飛び込むのはちょっと勇気がいる。
でも詩乃ちゃんは、私をひとりぼっちにしないように周りの子と話してくれるから、何だかとても心地よくて——
(部屋の階のフリースペースとかに行けば、またさっきの子たちと会えるかもしれない)
そんな期待が、胸の中にふわっと膨らんでいく。
「エレベーターホールの、フリースペースに行ってみよっか?」
「うんっ!」
私の言葉に詩乃ちゃんは即答して、楽しそうに頷いた。
ふたりで手を合わせて、食事を終える合図をしたら、使ったお皿やカトラリーをトレーにまとめる。紙ナプキンも捨てやすいようにまとめて、返却口へと向かった。
「「ご馳走様でしたー!」」
元気よく声を揃えて挨拶すると、奥から返ってきたのは、温かくて優しい声。
「はーい! ありがとね〜!」
如何にも“食堂のおばちゃん”と親しまれていそうな可愛らしいおばちゃんが、ニコニコしながら返事をしてくれた。
この食堂、きっと沢山の思い出ができる場所になる。
そんな予感がして、私はもう一度、詩乃ちゃんと顔を見合わせて、食堂を後にした。
食堂を出て、エレベーターホールへと戻ると、さっき案内してくれた先輩がいた。
「あっ、ご飯食べ終わった? どうだった、美味しかったかなっ?」
優しく笑顔で声をかけてもらって、緊張の糸が柔らかくほぐれていくのを感じた。
「はいっ! 美味しかったです♪」
詩乃ちゃんがエレベーターのボタンを押して答える。
「すごいですね……ホテルのレストランみたいでした……」
私がそう言うと、先輩は「ふふっ」と小さく笑った。きっと、同じような感想を何度も聞いているんだろうな。
「まだ歓迎会まで時間があるから、ゆっくりしててねっ。ロビーは新入生を迎える子たちでいっぱいだから、そっちは行かないようにね!」
「はーいっ!」
——キンッ
エレベーターが到着した音がした。中からは、多分新入生であろう子たちが、食堂を目指してエレベーターを降りて行った。
エレベーターからは、初めての食堂にワクワクしてる新入生たちが、次々と降りてきた。
友達と顔を合わせて声を弾ませて話している子や、ちょっと緊張しながらも、目がキラキラしている子もいた。
(さっきの私たちみたい)
初めてのことばっかりでドキドキするけど、それ以上に楽しみな気持ちが溢れてて——。
きっと、こういう瞬間のことを、後から「懐かしいなぁ」って思い出すのかもしれない。
降りてくる子たちを見送って、エレベーターが空っぽになったのを確認する。誰もいないのを確かめてから、私たちはエレベーターに乗り込んだ。
十九階のボタンを押すと、すぐに優しいアナウンスが流れて、静かにドアが閉まっていく。
エレベーターの壁に描かれている猫たちは、みんな微睡むように丸くなって、お昼寝の真っ最中だった。
その穏やかな姿に、私と詩乃ちゃんは顔を見合わせて笑い合った。
(起こしちゃったら、悪いもんね)
静かな箱の中で、眠っている猫たちをそっと見守りながら、エレベーターは音もなく上へと登って行った。
《キンッ、——十九階です》
目的の階に着いたことを知らせるアナウンスがして、エレベーターの扉がゆっくりと開いた。
すると、エレベーター前のフリースペースのソファには、さっき食堂へ行く時に出会った子たちが座っていて、楽しそうにお喋りをしていた。
「あっ!」
誰かが私たちに気付いて、嬉しそうに手を振ってくれる。それに気付いた詩乃ちゃんも、パッと笑顔になって手を振り返した。
そんな詩乃ちゃんに、私はそっと着いて行く。
「ねぇ、食堂すごかったねっ!」
「ねっ、凄かったよねぇ! 何食べたの?」
そんな声があちこちから飛んできて、詩乃ちゃんは自然に、するりと輪の中へ入っていった。
笑い合う声、温かな雰囲気。初めて会ったばかりとは思えない程、みんなの距離が近くて、楽しそうで。
(すごいなぁ…)
ちょっと羨ましくなるくらい、詩乃ちゃんの人懐っこさが、ちゃんとその場の空気を明るくしていた。
私はその背中を見つめながら、そっと詩乃ちゃんの後を追った。
詩乃ちゃんはあっという間に輪の中心にいて、ソファの座って身振り手振りを交えながら、さっきの食堂の話や部屋のことを楽しそうに話していた。
しばらく他愛のない話が続いて、話題が一段落した頃、また一人フリースペースへやって来た。
「あっ、他の寮の友達と話し終わったの?」
「終わったよ〜。これ凄いねぇ!」
そう言ってやって来た子は、首から下げている菊理を撫でる。
「私たちもさっきやってみたんだっ! 凄いよねっ、感動しちゃった!」
詩乃ちゃんが身を乗り出して、目を輝かせながら話す。
「ふふっ、そうだねっ。詩乃ちゃんのビックリした声が、菊理とお風呂場の両方から聞こえてたよ」
「えーっ!? そうなのっ!?」
慌てたように頬を押さえる詩乃ちゃんに、周りの子たちも釣られるように笑った。
(そっか、他の寮の子とも話せるんだ……)
みんなの楽しそうなお喋りを聞きながら、ふとカナタのことを思い出した。
明日になれば、きっと会えるって思ってた。でも、もしクラスも違ってたら、廊下ですれ違うことすら、難しくなるかもしれない。
(もう、荷物の片付けとか終わったのかな……)
(今、連絡したら迷惑かな……)
迷って、考えて、それでもなぜか、胸の奥がふわっと熱くなった。
理由なんてはっきりしないけど……どうしても、今、連絡したくなった。
私はお喋りの輪の中にいる詩乃ちゃんに、そっと近付いて耳元で小さく囁く。
「詩乃ちゃん、私、ちょっと先に部屋に戻ってるね」
詩乃ちゃんはすぐに私の顔を見て、いつものように明るく頷いた。
「うんっ、分かった!」
私は詩乃ちゃんに手を振り返して、少し静かになったフロアを歩きながら、自分の部屋へと戻った。
さすがに一回通っただけじゃ、自分の部屋の場所なんてちゃんと覚えられてなくて、私は鍵に書かれた数字をもう一度しっかり確認した。
(えっと、1942…だよね)
廊下に並ぶドアのプレートをひとつひとつ見ながら歩いていく。
(1939…1940…1941……あ、あった)
やっと見つけた、自分の部屋。ちょっとホッとする。
私は鍵を取り出して、ドアの鍵穴に差し込むと、少し緊張しながら回してみる。
「カチャッ」っていう音と一緒に、扉が開いた。
さっきまでいたばっかりの部屋だけど、何だか少しだけ懐かしく感じるのが不思議だった。
(もう、私と詩乃ちゃんの部屋になったってことなのかな?)
少し嬉しくなって、静かに部屋のドアを閉めて鍵をかけた。
私は首から下げていた菊理を、そっと外して手の平に乗せた。
ベッドの端に腰を下ろして、カナタに聞きたいことを頭に浮かべてみた。
どこの寮になったのかな。
菊理はどんな色になったのかな。
何人部屋なのかな。
でも——あんまり質問攻めにするのも、ちょっと迷惑かもしれない。
(うーん……やっぱり、いつもみたいに話そう)
そう思って、小さく深呼吸した。
それから私は、菊理の魔法石を、トン、トン、と優しく二回タップする。
そして、静かに目を閉じて、カナタのことを心に思い浮かべた。
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