距離がほどける、宵の列——刻名
「えっと……莉愛さん、だよね?」
「……はい」
思わず背筋が伸びる。
玲央くんは、
少しだけほっとしたように息をついた。
「あの……さっきの子って、友達?」
「さっきの子……?」
「その……今、ここに来てた、藍色のボブの子」
「あぁ……」
私は一度、教室の扉の方を見る。
(芽依ちゃんのことだ)
「うん、友達だよ。同じ寮の子なの」
「そっか……」
玲央くんは、
ほんの少しだけ頬を赤くした。
それから周りを気にするように視線を動かして、
少しだけ顔を近づけてくる。
私も耳を寄せた。
「その子と……仲良くなりたいんだけど……」
「色々、教えてくれない?」
思わず、胸が跳ねる。
「……その“仲良く”って……そういう……?」
私が恐る恐る聞くと、
玲央くんは握り拳で口元を隠し、
耳まで赤くして小さく頷いた。
「……うん」
その反応があまりにもわかりやすくて、
胸の奥がくすぐったくなる。
(まさか、恋愛相談されるなんて……!)
でも嫌じゃなかった。
不思議と嬉しい。
「……ふふっ」
「えっ、な、何?」
「ううん。なんか、ちょっと可愛いなって思って」
「えっ!? いや、今のはナシっしょ!」
「ごめん、ごめんっ」
笑いながら言うと、
玲央くんは困ったように頭を掻いた。
「……で、どう?」
「教えてくれる?」
私は少し考えてから、
小さく頷いた。
「いいよ」
「本当っ!?」
「うん。でも、私も仲良くなったばっかりだから……ちょっとずつね」
「全然いいっ!」
玲央くんの顔が一気に明るくなる。
わかりやすい人だ。
「ありがとう。マジで助かる……」
「そんなに?」
「そんなに」
真顔で返されて、
逆に少し驚いてしまう。
玲央くんは、
照れ隠しみたいに前髪を指先でかき上げた。
その仕草で、
長めの毛先がふわりと外に流れる。
そこでふと、
私はある印象に気づいた。
「……なんだか、ライオンみたいだね」
「えっ」
玲央くんが固まる。
私は自分の言葉に気づいて慌てた。
「あっ、あの、変な意味じゃなくて……!」
「え、どういう意味!?」
「その……髪型とか、雰囲気が……」
しどろもどろに言う私を見て、
玲央くんは一瞬ぽかんとした後、
ふっと吹き出した。
「何それっ」
「えっと、なんかこう……たてがみのような……」
私が言い切れずにいると、
玲央くんは肩を揺らして笑った。
「初めて言われたわ、そんなの」
その笑い方が思ったより柔らかくて、
少しだけ意外だった。
最初はもっと、
気の強い人なのかなと思っていたけど。
こうして話してみると、
案外話しやすいのかもしれない。
そこで、ふと思う。
さっき芽依ちゃんと優ちゃんが
メイクの話をしていたことを。
「……玲央くんって、お化粧とかする?」
「えっ、化粧?」
玲央くんは目を丸くした。
「したことないなぁ」
「そうなんだ」
「何で?」
「なんとなく、似合いそうだなって思って」
「えっ」
玲央くんが今度こそ完全に固まる。
「……俺?」
「うん」
私は素直に頷いた。
「なんか、顔立ちがはっきりしてるから」
「えっ、えっ、それって褒めてる……?」
「うん、褒めてるよ」
玲央くんは、
一瞬だけ言葉を失ったみたいに私を見る。
それから照れ隠しみたいに視線を逸らした。
「……莉愛さんって、急にすごいこと言うよね」
「そうかな?」
「そうだよ」
その声が少しだけ弱くて、
また少し笑ってしまう。
「芽依ちゃん、お化粧が好きみたいで、練習してるんだよ」
「えっ、そうなの!?」
玲央くんが勢いよく身を乗り出した。
その反応があまりにも素直で、
私は口元を押さえた。
「てか、あの子……芽依ちゃんって言うんだ」
「うん」
「名前まで可愛い……」
玲央くんがぼそっと呟く。
私はとうとう吹き出してしまった。
「ふふっ」
「笑わないでよ」
「ごめん」
でも、
こうして誰かが誰かを好きになる瞬間って、
なんだか少し可愛い。
それを近くで見ていると、
胸の奥がほんのり温かくなった。
そこで、
ふと玲央くんの羽織に目が留まる。
漆黒の中に走る、
見覚えのある色味。
「……玲央くんって、睦月寮?」
「そうだよ」
やっぱり、と思った。
この羽織の色には見覚えがある。
利玖と同じ色だ。
「私のお兄ちゃんが睦月寮なんだ」
「えっ」
「利玖って言うんだけど、知ってるかな?」
その瞬間、
玲央くんの目がぱっと見開かれた。
「えっ、利玖先輩!?」
「うん」
「もちろん知ってるよ! 生徒会の人でしょ?」
「そうそう」
「えっ、マジか……」
玲央くんは、
改めて私の顔をじっと見つめてきた。
「……言われてみれば、ちょっと似てるかも」
「ほんと?」
「うーん……でも、顔はそんなでもないかも」
「だよね」
私が笑うと、
玲央くんは少しだけ目を細めた。
「でも、笑い方は似てる」
「えっ」
「笑った時の目が、利玖先輩そっくり」
思いがけない言葉に、
少しだけ胸がくすぐったくなる。
「へぇ……初めて言われたかも」
「うん、なんか納得した」
そう言われると、
少しだけ嬉しい。
利玖と似てるって、
昔はそんなに思わなかったけど。
誰かにそう言ってもらえると、
ちょっと不思議で、
ちょっと温かい気持ちになる。
キーン、コーン、カーン、コーン――
教室にチャイムが響いた。
同時に、
教室の空気がぴんと少しだけ張り詰める。
日向先生が、
ちょうどそのタイミングで教室に入ってきた。
「皆さん、速やかに廊下へ出て、出席番号順に並んでください」
静かな声なのに、
不思議とよく通る。
「私語は慎んで。それと――前の人から離れないように」
(出席番号順かぁ)
みんなが一斉に席を立ち始める。
立ち上がると――
「なぁ」
玲央くんが、
また少しだけ顔を寄せてきた。
「どうやって芽依ちゃんと仲良くなったの?」
“私語は慎んで”と言われたばかりだからか、
かなり小さな声だった。
その必死さに、
思わず肩が揺れる。
「寮が一緒で、芽依ちゃんの方から話しかけてくれたの」
「なるほど……」
玲央くんは真剣な顔で頷いた。
「じゃあ莉愛ちゃんと一緒にいたら、芽依ちゃんと知り合うチャンス増えるってことか」
いつの間にか私のことも“ちゃん”呼びになっている。
「それだけじゃ、上手くいかないよっ」
私が小声で返すと、
玲央くんは少しだけ笑った。
「いやいや〜」
その顔がさっきよりも柔らかくて、
ちょっとだけ安心する。
私たちはそのまま教室を出て、
廊下に並んだ。
すると、
ちょうど隣の20組の扉から
芽依ちゃんたちが出てきた。
芽依ちゃんが私を見つけて、
ぱっと笑顔になる。
そして大きく手を振ってくれた。
私も思わず手を振り返す。
そのすぐ横で――
玲央くんが、
小さく私の肩をつついた。
「……ほら」
「偶然だよ〜」
「いや、これ運命じゃない?」
「違うと思う」
小声でそんなやり取りをして、
思わず笑ってしまう。
すると玲央くんも、
どこか楽しそうに目を細めた。
そのとき、
前方から日向先生の声が響いた。
「では、刻名『宵』のクラス。移動します」
列が、
ゆっくりと前へ動き出す。
私も一歩、足を踏み出した。
廊下に並ぶたくさんの生徒たち。
まだ知らない場所へ向かうざわめき。
胸の奥に少しだけ灯る期待。
新しい一日が、
また少しずつ動き出していくみたいだった。
読んでいただきありがとうございます。
玲央くんが動き出して、
少しずつ人間関係の輪が広がってきました。
距離がほどける瞬間って、
やっぱりいいものですね。
次は学園案内です。




